60話・追いかけてきました
「マリカお義姉さま。お久しぶりです。いつこちらに?」
そこにリリアンナ姫がやって来た。髪の色がサーモンピンク色で瞳が葡萄酒色した小柄で可憐な容姿をした愛らしい少女だ。その少女にお義姉さまだなんて言われたらくすぐったい気がする。
「たった今だよ。義兄上が構ってくれないから家出してきたらしいよ。もうじきプーリア大聖堂で成婚式が行われるというのに。姉さまって人は」
「うふふ。お義姉さまったら、ナイルセルリアンさまと喧嘩でもなさいました?」
愚痴るアイギスにリリアンナはほほ笑みを返しながら、わたしを見る。
「喧嘩じゃないけど…」
「お義姉さまはなにかご不満がおありなのですね?」
「何が不満なんですか? 義兄上のような御方に思われていて?」
新婚さんに言える様な内容でないのでわたしが口ごもると、アイギスはどうせ下らない理由でしょうと決めつける。
「思われてないもの。ナイルはわたしのことなんてどうでもいいのよ。自分のメンツの方が大事なんだわ」
「それは違いますよ。茉莉花」
あれ? 聞き覚えのある声が背後からした。
「義兄上。お久しぶりです」
「ようこそナイルセルリアンさま」
「久しぶりだね。二人とも。元気そうで何よりだよ」
執務室の戸口にわたしの愛する旦那さまが、お供に魔導師のハンスを連れて姿を見せていた。
「どうして?」
驚くわたしにナイルが歩み寄って来る。ガタール国の王族の結婚式に招かれていて三週間は帰って来ないと聞いていたから、彼が直接スワンヘルデ城に現われるなんて思ってもみなかった。
「私の可愛い奥さまが逃げ込むとしたらここだと思ってね。ガタールできみが宮殿から抜け出したと聞いたらいてもたってもいられなくて、ガタールからすぐ飛んできたんだよ」
飛んで来たってまさか魔法陣で時空超えて来たの? 探るような目を彼の背後に控えているハンスに向ければ頷かれた。
「無茶しないで。ガタールの方はいいの?」
いくらわたしの事が心配だからと言って公務を途中で投げ出してくるなんて。と、いう目を向ければナイルは苦笑した。
「挙式には参加したから大丈夫。後は残して来たハインツがどうにか上手くおさめてくれるだろう」
「え? ハインツを置いて来たの?」
「大丈夫だよ。彼の他にも神騎士は残してきたから。彼らは教皇さまは具合が悪くなったから急に帰国されたとかなんとか理由をつけて誤魔化してくれるはずさ」
「ナイルったら」
ハインツはアイギスの決闘裁判以降、ナイルがなにかと彼をあてにして尻拭いをさせたり損な役回りを演じさせている気がしてならない。彼に同情を覚えてると、ナイルはアイギスに話しかけてる所だった。
「アイギス。悪かったね。突然お邪魔して。茉莉花は連れて帰るよ」
「いえ。姉さまの我がままが過ぎて申しわけありません」
はあ。わたしはアイギスを凝視した。ちょっとアイギスそれはないでしょ。わたしが仕出かしたことをアイギスが代わりに謝るなんて。アイギスがわたしの保護者みたいじゃない? アイギスは大公になってから自覚が芽生えて来てりっぱになったのはいいけどわたしの立場がないじゃない?
「まあ。ナイルセルリアンさま。いまお越しになられたばかりですのにもうお帰りですか? もう少しゆっくりなされてもいいのに?」
リリアンナが残念そうに言うのに、ナイルはにっこりとほほ笑んだ。
「済まないね。リリアンナ。これからわたし達には語りあわなくてはならないことが沢山あるからこれで失礼するよ」
「そうですか。またお出で下さいね。姉さま。今度は滞在していって下さいね」
「ありがとう。リリアンナ。じゃあ、アイギスまたね。ちょっと。ナイルっ」
わたしは問答無用でナイルに抱えあげられて執務室を出た。
きゃあ。お姫さま抱っこですわ。お義兄さま素敵。と、リリアンナが羨ましげな目線を送ったのを横でアイギスが複雑な顔で見ていたとは知らずに、わたし達は執務室を退出した。




