57話・ブラバルト大公の企み
叔父はナイルの力に狂喜したのだ。異世界からの住人を呼び出してしまえるほどの魔力がナイルにあることを知り、自分が心酔しているロマ教のプーリア教皇に教えてしまった。
教皇は自分の後継に当然ナイルを求め、そうなると茉莉花と添い遂げる事が出来なくなるとナイルは焦った。
(このままでは茉莉花は誰かのものになってしまう)
茉莉花は社交界では奥ゆかしい淑女として注目されていると聞き、大勢の男性の目を釘つけにしてることを知った。
そんな時、叔父の方から連絡があった。教皇の座に着く前に一目茉莉花に会わせてくれると言うものだった。茉莉花とナイルが互いに思い慕ってることに気が付いた叔父が自分の発言によりナイルを教皇の座へと近付け、その事によって茉莉花との仲を引き裂いてしまった事への償いの意味もあるのかと思っていたが彼には思惑があったのだと、後で知ることになった。
そのことを知らずにナイルは教皇と取引をしていた。後継となる約束を交わした時に、代替わりするまでの間でいいから茉莉花と夫婦になりたいと。前教皇は想いあう女性がいたが添いあう事は出来ずに別れた経緯があったので、ナイルの気持ちに共感してくれて表向きナイルを還俗させて茉莉花との婚姻を許してくれた。
例え一時でも茉莉花を妻に出来るならそれでも構わないと思っていた。でも実際に茉莉花と暮らしていくうちに、彼女への想いは日増しに募り離れがたくなってきた。
パルシュ国に結婚の報告に行った帰りに、ヘリオスの手の者に命を狙われたが幸いプーリア教皇が密かに送ってくれていた神騎士たちの活躍で、ナイルの命は助かった。だがそのまま茉莉花の待つユーリッシュに帰る事は出来なかった。教皇の命でプーリア教皇国へ連れ戻されたからだ。
寝台の上で教皇はナイルの訪れを待っていた。彼はナイルの願いをかなえる為に自分の命を削って長らえていたのだ。ナイルが一日でも長く愛する妻のもとに居られるようにと願って。その姿を目撃したナイルは、尊敬していた教皇が残り少ない自らの命を引き延ばすようにしてナイルの訪れを待っていたと知ってしまっては自分の望みを突き通すことは出来なかった。還俗を諦めざる得なかった。
両親の愛を知らないナイルにとって教皇は父親代わりの存在でもあった。初めて会った時からいつもナイルのことを気にかけてくれていて、教皇としての仕事の合間に彼がいる修道院へと足を運びナイルに色々なことを教え学ばせてくれた。そんな人を見捨てることなどナイルには出来なかった。
茉莉花のことを心に留めながらも、前教皇からの魔力の引き継ぎを行った。
「どうだったね。少しでも愛する者の傍にいれてきみは良かったかね?」
人払いを命じた部屋で教皇の手を握りしめたナイルに、教皇はほほ笑むと彼の頬を力ない手で撫でた。
「きみの幸せを願ってるよ… ナイルセルリアン。我が愛しい息子よ」
と、言い残して神の傍へと召されていった。教皇は最期までナイルのことを案じていた。自分の身体がぼろぼろになるまでナイルの願いを聞き届けようとしてくれた。その一言でナイルは理解した。
老いてはいたが、前教皇はナイルと似た鼻筋の通った顔立ちをしていた。ナイルをよく気遣ってくれたのは同じ聖職者としての立場からだけではなく、そこにはそれ以上の想いがあったからなのだと。
「教皇…!」
表立って父と呼べない相手の死を看取ってナイルは涙した。男泣きに泣いた。聖職者は一般的に婚姻は許されていない。母は狂信的なロマ教信者だった。前パルシュ国王が自分に関心を持てなかったのは当然だったのだ。自分は恋敵の息子だったのだから。
ヘリオスは銀髪に紫色の瞳。
自分は銀髪に青い瞳。
パルシュ前国王は金髪に紫の瞳、前王妃は銀髪に緑かかった青い瞳をしていた。誰もが双子の赤子を見て誕生に湧いた時に、国王はナイルの瞳を見て疑いをもったのだろう。真相は分からないが、前教皇が今わの際に残した言葉には、懺悔のようなものが感じられた。
その後、教皇の座についた自分に会いに来た叔父は言った。茉莉花のことは諦めるようにと。茉莉花を母親と同じ目に合わせるな。と、忠告されたのだ。その言葉をかけられた時に、ナイルのなかの心の均衡が崩れた。
いまわの際の教皇の姿と亡くなった母を思いだし、彼らの事は禁忌とされたことに不甲斐ない想いを抱く。教皇は聖職者だったが一人の女性を愛し続けた。それはいけないことなのか? 善と悪で考えるならば、悪なのか? 糾弾されるべきことか?
初めて叔父に対して不信が芽生えた。
「マリカはゆくゆくアイギスの嫁に迎えようと思っていた。今は姉と弟として接しているが、ふたりは気心も知れているし、何よりアイギスがマリカに惚れているらしいんでね。だから心配はいらないよ。マリカは我々が責任もって一生面倒みるから。きみは教皇としてこの世界の為に尽くして欲しい。きみも本望だろう。実の父親の後を引き継げるのだから」
叔父は皮肉に笑って立ち上がった。
「私はね、姉上が許せなかった。パルシュ国王のもとに嫁ぎながら、教皇のことを忘れられなくて密会してたからね。その結果、王と教皇の子供を産み落として、何食わぬ顔できみを育ててきた。寝とられたパルシュ国王の心情はいかばかりだったか。でもきみは優秀過ぎた。このままいけばパルシュ国王の座も手に入れかねない。教皇としてこのまま大人しく台座に座っていてくれるのなら、マリカには手を出さないよ」
叔父はナイルを脅して来た。
「まさかあの日、私を襲うようにヘリオスを唆したのは叔父上だったのですか?」
「だと言ったらどうするね? 茉莉花の命はきみの行動次第だよ」
ナイルがもし茉莉花に接触をはかって来たのなら、彼女の命はないと言ってブラバルト大公は姿を消した。
(このままでは茉莉花が…)
追い詰められたナイルは、ある者に接触することにし後日、ブラバルト大公は、パルシュ国王との謁見の場で突然侵入してきた女性に刺される事となった。




