54話・嫉妬深い教皇さま
「マリカ。きみは異世界人なのか?」
ハインツが呆けた顔をして聞いて来る。わたしはハインツとハンスには自分が異世界から来た者だと、話をしてなかったことに気がついた。
「話を聞いていて大体分かったと思うけど、十一年前、わたしはこの世界に召喚された者なの。その時わたしは六歳だった」
「私が呼び出したのだよ。召喚事態うまくいくとは思わなかった。それがなんの偶然か、神の意図によるものなのか、まりかをこの世界へと呼び込んでしまった」
「なんと。そんなことが可能なのですか?」
ナイルの懺悔に、ハンスが問いかけて来る。
「非常に稀なことなのだそうだ。博識のある先の教皇さまにお伺いしたら、異世界人がこの世界にやってくるのは、三百年に一度あるかないかだと言われた。初めはまりかを元の世界に戻すことは出来ないかと、色々と文献を紐といてみたり、彼女を救う何か方法がないかと教皇さまのもとへ通ったけど何も得られず、十年も過ぎてしまった。
そのうちに私を慕ってくれているまりかがいじらしく思われて、愛おしく思えるようになって来たんだ。彼女が元の世界に帰ることが出来ないのなら、私が彼女の支えになろうと決めたんだよ」
「だからなのですね。お二人とも絆が深いように思われます」
ハンスは納得したように頷いた。ハインツは悔しそうな顔をして、はあ。と、ため息を漏らした。
「どうやら俺がここにいる必要はなさそうだな」
非常に残念そうなハインツを見てわたしは昨晩、彼が食事の時に言っていた事を思い出した。
「ねぇ。ハインツ。そうだわ。あなた昨晩、わたしに一緒にヴェルツベルグに行かないかとか、この国に自分が来てもいいとか言ってたけどあれってどういう意味? ブラバルドに就職したいということかしら?」
「あ。いやあ。あれは忘れてくれ。マリカ」
「なぜ?」
「その。まあ。いろいろと勘違いしてたというか。その…」
わたしの発言になぜか、ハインツは慌てた。そこにナイルが口を出す。
「まりか。現役十二聖騎士団は、当代の教皇が引退するまで勝手に除隊は出来ないんですよ。彼の場合、ヴァルツベルグ皇国の第二王子という身分もあるので、国許をあけるわけにもいかず派遣という形でヴァルツベルグに駐在してるようなものですが」
ナイルがちらりとハインツを見る。
「それに私もまだまだ彼には、私の傍で活躍してもらいたいと考えてるのでブラバルト公国のぜひとも警備兵になりたいと志願されても困りますよ」
良く考えてみれば、ハインツはプーリア教皇さま付きの神騎士なのだから安易にブラバルトに来れるわけないわよね? どうしてあの時、彼があんなことを言い出したかは分からないけど。わたしが早とちりしてしまったらしい。わたしは取りあえず謝っておくことにした。
「そうよね。ナイルにとって大事な神騎士だものね。ら? ごめんなさいね。ハインツ。変なことを言ってしまって」
「いやあ。いいんだ。きみに誤解させてしまった俺も悪いんだし、あの、その…教皇さま。大丈夫です。何があってもブラバルトには近付きませんから」
どうしたのかしら? ハインツったら顔真っ青だけど。対するナイルは蔓延の笑みを浮かべている。
「分かってくれたのなら嬉しいですよ。ハインツ」
この時、わたしはハインツが、ナイルから手出し無用と釘を刺されていたとは気がつかなかった。




