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53話・無事に問題解決

「陛下。お待ちを」

 その時ベルナンはうっかりヘリオスの襟首を掴んでしまい、ヘリオスは首がしまりそうになってベルナンの手を振り払おうとあがいている。

「そのままヘリオスを押さえていてくれ」

 ベルナンがヘリオスの襟首を掴んでいるのを良いことに、ナイルはヘリオスの前に進み出た。

「うわあ。なにをする? ナイル。うぐっぐ…」

 喚くヘリオスの顎を抑えたナイルは、彼の口の中に懐から取り出した薬瓶の中身を降り注ぐと口を塞いで顔を横に振った。勢いにのってごくりとヘリオスが口内に含んだものを嚥下したのを確認して手を放した。

「これはお仕置きだ。まりかを泣かせた罰だ。これで少しはまりかの気持ちも思い知れ。しばらくは猫の姿で過ごすんだな。幸いパルシュには優秀な宰相がいて良かったな。王妃のお腹の子が育つ間、猫になって惰眠でも貪っていろ。煮え湯を飲まされて来たお前には、これぐらいでは私の腹の虫はおさまらないが、これ以上、酷いことをしてまりかに嫌われたくないからな」

 ナイルが恨み事を言う間にヘリオスの姿が縮み、あっという間に銀の長い毛をした猫へと変わった。目は紫色で綺麗な猫だ。

「おお。陛下がお猫さまに。なんと毛並みの美しい猫でしょう。これは素晴らしい芸術作品です」

 ベルナンが感激し猫になったヘリオスをぎゅうぎゅう抱きしめている。

「半年はこれは猫の姿のままだ。あとはお前が好きなように国をしきればいい」

「ありがとうございます。ナイルセルリアンさま。感謝致します」

 これできっとヘリオスもベルナンにパパちゅっちゅっ攻撃されちゃうだろうな。ちょっと同情しかけたけど猫になっても態度がでかそうな所は変わらないらしい。ヘリオスは忌々しそうにわたしを睨みつけて来た。可愛くない。やっぱり少しは痛い目みるといいわ。

 銀毛の猫になったヘリオスは、ぎゃあ、ぎゃあ、初めのうちは鳴き騒いでいたがしばらくして大人しくなった。大人しくしてれば、まあ、それなりに可愛く見えなくないこともないかな。鳴き疲れたのかベルナンの手の中でへたり込んでいた。

「じゃあ、私はこれにて失礼致します。ナイルセルリアンさまお騒がせ致しました」

 浮かれだって帰ろうとしたベルナンの背に、ナイルが感情を抑えた声音を投げかけた。

「もう二度と、きみもまりかの周辺をうろつかないように。私はココトール大国の王とは懇意の仲だから、パルシュ国をうっかり差し出しかねないからね。それときみがブラバルト公国内に持っている紅茶問屋だけど、密輸の疑いがかけられている。近々審査が入る予定だ。覚悟しておいてくれ」

「分かりました。私もプーリア教皇を敵に回すほど、愚かではないつもりです。マリカさま。あのうさちゃんのぬいぐるみは如何しますか? もし、宜しければお別れに頂きたいのですが?」

「お好きにどうぞ」

 振り返ったベルナンがにこやかに言う。わたしがこの世界に来た時に抱えていた、あの赤ずきんを被ったふくよかなうさぎちゃんのぬいぐるみが欲しいとベルナンは言っていた。もうぬいぐるみ遊びをして遊ぶ年齢でもないし、ベルナンがあのぬいぐるみに執着する理由は分からないが、わたしにとっては不要だし彼にあげても構わないと思っていたのになぜかナイルが良い顔をしなかった。

「うさぎのぬいぐるみってきみが十一年前にこっちに来た時、どこかに失くしてしまったと、探しまわしていたあのぬいぐるみかい?」

「そうよ。もうわたしには必要ないし、ベルナンが欲しいなら…」

「だめだ。ベルナンのもとに置いていたら、何に悪用されるか分かったもんじゃない。返してもらおう。ベルナン。まりかの物は全て返せ」

 ナイルが不機嫌に言えば、ベルナンが口角を上げて言う。 

「おやまあ。ナイルセルリアンさまは嫉妬深いのですね」

「悪用って? 何するの?」

 わたしはナイルの言葉が気になった。あのへなっとしたぬいぐるみをどうするというのだろう? せいぜいあの猫になったヘリオスの遊び道具にしか、使い道ないと思うんだけど。

「お前の事だから、あのぬいぐるみに残っていた、幼児の時のまりかの残り香を嗅いで悶えることぐらいしそうだからな」

 そんな馬鹿な。いくらベルナンでもそこまで変態とは思えないけど? ナイル心配しすぎじゃない? と、思ったわたしの耳に、感嘆の声が届いた。

「よくお分かりになりましたね。さすがはナイルセルリアンさま。その通りですよ。マリカさまはあの頃から、ミルクのような甘い香りをさせてましたからね。あのぬいぐるみを抱いて寝ると、あの頃のマリカさまが思い出されて…」

「いやあ。やっぱり返して。ベルナン」

 ベルナンがあのぬいぐるみを抱いて、ふがふがしてるのが容易に想像出来てわたしは絶句した。ベルナンは幼児好きだったんだ。彼の性癖を見た気がして気持ち悪くなってきた。

「どうしても駄目ですか?」

 返したくなさそうなベルナンに、ナイルとわたしは即答した。

「駄目だ」

「駄目よ」

 必ず返せよ。と、ナイルに念押しされ、ベルナンはしぶしぶ了承した。あなたさまに睨まれてまでマリカさまにはちょっかい出しませんよ。と、ベルナンはその場から逃げ出すように退出した。猫のヘリオスをこわきに抱えて。

 ナイルの脅しが効いたらしい。問屋が閉鎖された場合の損失や、ココトール大国が攻め入ってくることにでもなれば、パルシュ国はあっという間に征服されてしまうことだろう。

 よく考えて見れば、ベルナンにとって別にわたしは、異世界から来たと言うだけで特に何が出来るわけでもないし、彼の利益になるようなものはありそうにないからっていうのもあるのかもしれないが。とりあえず厄介な問題が解決してホッとした。


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