52話・あなたをわたしは許さない
「いい加減にして! わたしはおもちゃじゃないってのっ」
「マリカ。怒ってる? そんな顔も素敵だ」
頬を真っ赤に腫らしながらも、ぼおっと見惚れてくるヘリオスにムカつく。
「あなたね、一体なんなの? 十一年前にわたしを勝手にこの世界に召喚しておきながら、わたしが気に入らないとナイルに押し付けたくせに、今度は年頃の女になって食指が動いたからナイルに寄こせですって?」
「なにを言ってるのだ。マリカ。十一年前って何の話だ?」
「もう忘れたの? わたしにとっては人生を変えられた出来事だったのに」
ヘリオスは助けを求めるように、ベルナンを見たが彼は自分でお考え下さい。と、冷たくあしらわれた。
「十一年前…十一年前というと我がナイルとけんか別れした年か。あの時、異世界から女を呼び出して楽しもうとしたら、やけに貧相なガキが現れてその事でお前とけんかしたんだったよな。我は興味がないからお前に連れ帰れと言ったけどそういえばあの時のガキはどうした? ナイル?」
急に興味が湧いたように思い出したヘリオスに、わたしは噛み付いてやりたい衝動に駆られたのを押し殺した。
「きみの目の前にいるよ」
ナイルはわざと強調してみせたが、本人はきょろきょろと辺りを見回した。
「どこに? そのような者は見当たらないが。おそらく今も貧乏くさい容姿をしてるに違いない。ああ。分かった。この城の使用人でもしてるのか?」
ハンスとハインツは気が付いたようで残念な目をヘリオスに向けていた。ベルナンは行方を見守ることにしたようで、今後の展開を面白そうに期待して見ている。
「悪うございましたね。貧相なガキで。そのガキならあなたの目の前にいましてよ。このブラバルトの公女としてね」
「なっ。なあにぃ…! まさかマリカがあの時の?」
ヘリオスが目を丸くして指さして来る。またこいつ指さして来たわ。いつになったら分かるのよ。この馬鹿国王が…
「そうよ。あの時のガキよ。分かったらいい加減諦めるのね。あの時、あなたはわたしのことを放棄したのだから、ナイルには何も言えないはずでしょ?」
「嘘だ。あのガキがこのマリカ? 信じたくない…」
「わたしはあの時から、あなたが気に食わなかった。勝手にこの世界に呼び出したくせにわたしをいらないと放り出した身勝手さを憎んだ。そんなあなたがわたしを愛してるとか言い出した時には、可笑しくて笑いそうになったわ。あなたがいらないと放りだした貧相なガキをね、愛してるだなんて。なんて可笑しいの?」
「マリカ…」
自分で言っていてなんだか泣けてきそうで、わたしはキッと目を瞑り目尻に込み上げて来るものをやり過ごそうとした。その頭に優しく触れた手がわたしを腕の中に導く。
「まりか。もういい」
おいで。ナイルは十一年前と同じようにわたしを自分の衣服の中に包み込み、わたしはその温もりに甘えた。背中を撫でて来る手が陽だまりのような温かさを伝えて来る。
あの日から彼の腕の中はわたしの安心出来る場所だ。わたしにとって彼は空に輝く太陽のように優しく温かい存在で、わたしがこの世界で生きて行く為になくてはならない人だ。わたしは彼を見続けて成長してきた。向日葵の花のように。そんなわたしがもし彼を失うようなことがあれば、わたしの世界は崩壊してしまうだろう。そこにわたしの存在の意味は持たないから。
「お願い。わたしからナイルを取り上げないで」
わたしは誰に言うとでもなく懇願していた。誰もが言葉もなく立ちつくしていたなかベルナンが動きを見せた。
「さあ。帰りますよ。陛下。王妃さまがお待ちですから」
これで諦めがついたでしょう。と、ショックにうな垂れていた主を急かして退出しようとする。それをナイルが止めた。
「ベルナン。ちょっと待て」
「何でしょうか? ナイルセルリアンさま」
ナイルの声音には相手の動きを止める威圧のようなものが感じられた。ベルナンはそれに抗えなかったように足を止めドアの前で振り返った。




