49話・まりかは私のものです
「ヘリオス。ここで何をしている?」
室内にナイルの冷たい声が響く。ヘリオスはわたしのベットの辺りをうろついていた。
「やだ。忍びこんで来たの? 国許に帰ったんじゃないの?」
ヘリオスはわたしよりも、わたしと一緒にいる男が気になったようでナイルに目を止めると震え上がった。
「お前…ナイルか? どうしてここに? 死んだはずじゃ…」
「幸いにも生きてるよ。兄上。誰かさんの思惑で危うく殺されるところだったけどね」
その言葉でわたしは、ヘリオスがナイルの命を狙っていたのだと知る。
「兄弟なのにどうして?」
「お前がいるから我は認められないんだ。国も人もみな我のうわべだけを見ておべっかを言う。皆の心のなかでは誰もがお前の方が優秀だと認め、お前が世継ぎだったら良かったのにと願っている。我はお前がいる限り真の王として認められることはない」
ヘリオスはナイルを睨んでいた。それに対してナイルは哀れんだ眼差しを送っていた。
「そんな目で見るな。お前は世の中を悟りきった様な顔をして我を見下してるんだ。お前と我の一体何が違うというんだ? 外見に違いはないだろうに。なにが違う?」
非難するヘリオスの目は怒りで燃えていた。でもわたしは彼に同情すら覚えなかった。拳をぎゅっと握りしめていた。
「…だから排除しようとしたと言うの? 実の血を分けた兄弟を? ナイルを殺そうとしたの?」
「ナイルは我にとって、政敵ともいえる存在だ。いつか自分を追い落とし王の座につくかも知れぬ。そんな相手を前にして高いびきで寝れるわけがない」
「ずい分と疑り深いのね。いつナイルがあなたの王座を狙ったというの? ナイルはあなたの王座なんか興味ない」
「そいつはそう思ってなくとも周囲の者が放っておかない。きっと反勢力の旗印となるときが来る。そうなる前に潰しておく必要があった」
腐っても王なのだろう。反勢力の動きを気にしていたとは。でもだからといってナイルの命を奪おうとしたことは、わたしにとって許せるものではなかった。
「我が欲するものをナイルはなんでも持っている。人徳も名声も人々の期待も。そしてマリカ。お前も」
「まりかは私の妻だ。横恋慕はやめて欲しい」
それまで黙ってヘリオスの言い分を聞いていたナイルが、口をはさんだ。
「一体この部屋に何をしにきた? ヘリオス」
「マリカは我の許婚だ。我がいつその許婚のもとへ通おうと勝手だ。死んだことにされているお前には関係ないことだ。マリカは喪があけたなら、我と結婚することになってるんだからな」
「それは無理だ。ヘリオス。きみとまりかとの婚姻は認められない」
「マリカは約束したんだ。アイギスの後見人を我が務める代わりに我の妻になると。もう決まってる事だ。お前が口出すことじゃない」
「認められないと言ってるんだヘリオス。きみは異教者だろう。まりかはロマ教信者だ。結婚するなら改宗しないことには無理だ。それにきみにはココトール大国から迎えた王妃がいるだろう。ロマ教は一夫一妻を唱えている。きみはすでに教義に反しているから認められない。それにココトールから迎え入れた正妃と離婚ともなれば、かの国は黙っていないだろうね。正妃の兄上がココトールの王らしいけど、溺愛している妹が離縁して返されたなら好戦的な王の事だ。パルシュまで攻め入ってくるだろう。その覚悟はきみにはあるのか?」
ヘリオスはその場で膝をついた。
「じゃあ、我とお前が入れ替わればいいんだ。お前と我とは瞳の色が違うくらいだ。代わってくれよ。お前なら魔力で目くらましくらいの事は出来るだろう。なあ。ナイル」
「ヘリオス」
ナイルと同じ顔をしていながらだらしない男が膝立ちでナイルにしがみついて来る。ヘリオスの情けない態度にわたしは我慢ならなくなった。
「ヘリオス。あなたにはプライドっていうものがないの? ナイルと入れ替わるですって? 冗談じゃないわ」
わたしはナイルの腰にしがみついているヘリオスの肩をどん。と、押した。ナイルにいつまでもしがみ付いてないでよ。離れなさいよ。ナイルの優しさに甘えないでよ。怒りがこみ上げて来て後退りするヘリオスの前に、腰に手をあてて歩を進めた。壁際に彼を追い込む形となる。
「マリカ?」
「あなたね。甘えてんじゃないわよ。あなたは自分のことしか考えられない甘ちゃんね。十一年前から何一つ変わってない。双子だからって入れ替わる? ナイルをあなたの都合に合わせて振りまわすんじゃないわ」
「どうして我にいつもお前は冷たいんだ。もう少し優しく労わってくれてもいいじゃないか?」
ヘリオスが弱々しく言って来る。わたしは皮肉な物言いをした。
「あなたが他人に優しくないからよ。自分に優しくしてもらいたかったらまずは自分から他人に優しくするのね。だから皆あなたにこころを動かさないのよ。それをナイルのせいにしないで。みっともない。それで国王さまだなんて、ちゃんちゃら可笑しくて笑っちゃうわよ」
「マリカ。それでもいい。我を見捨てないでくれ。どうしようもないくらいお前のことが好きなんだ。マリカぁ」
「止めて。放して」
わたしに今度はヘリオスがしがみ付いて来た。大格差があってわたしはふら付きそうになる。それを庇いながらナイルがヘリオスを引き離した。




