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ごめんね、ダーリン~ボツ1公女と訳あり求婚者たち~  作者: 朝比奈 呈
子猫のわたし
33/61

33話・狡猾宰相さまから求婚されました

「ヒメ…」

 ハインツは落胆していた。目の前で愛猫が奪われた事にショックが隠せない。

「ハインツちゃん。元気出しなさいよ。きっと黒ちゃん、賢いからすぐに帰って来るわよ」

 事情は知らないものの、彼の落ち込みぶりからきっとヒメに逃げられたのだと思ってる宿のおかみさんが慰めの言葉をかけるがハインツの耳には届いていない。夕食の野菜煮込みのシチューに手もつけずに彼はテーブルに肘をついてうな垂れていた。そこへ冷静な声が落ちて来る。

「あの馬車はパルシュ国王側近のベルナン宰相のものですよ」

 顔を上げれば澄んだ空のような青い瞳と目が合った。

「あんた…」

「今日はあなたにお願いがあってきました」 

 数日前に自分を訪ねて来たリアン司教がそこにいた。

「何の用だ? ヒメは渡さないぞ」

「それはあの子が決める事。それよりもあなたにはブラバルト公子の決闘裁判の代理騎士を頼みたい」

「はあ? 俺はただの旅人だが?」

「隠しても無駄です。流離りゅうり剣王けんおうハインリヒ。これはお願いではい。あなたにプーリア教皇より命が下ったのですよ」

「おい。他の者もここにいるのに」

 ハインツはぎょっとした顔で反応した。

「大丈夫。他のものはみな部屋に引き払いましたよ。それに誰かが陰から伺っていたとしてもここには私が結界を張りましたから話の内容は誰にも分かりません」

 ハインツがショックにうな垂れてる間に、食堂に集っていたものたちはリアンが言うように部屋に引き払っていたようだ。

「あんた何者だ?」

「私は神の(しもべ)です。それ以上でもそれ以下でもありません」

 リアンはハインツを睥睨した。腕に自信のあるハインツでもその一睨みに気圧(けおさ)れる力を感じる。リアンは懐から書状を差し出した。

「プーリア教皇からあなたに下された命です。心して賜るように」

「はいはい。分かりましたよ。司教さま」

「はい。は、一回ですよ。それ以上は無駄です」

 ハインツはやれやれと、リアンから書状を受け取った。

「確実に素早く仕留めてやろうじゃないか」

 その目には、猛禽の鋭い輝きが宿っていた。




「ここはどこ?」

「私の私邸です。御安心下さい。ここの存在はヘリオスさまはご存じないですから。あなたさまにはしばらくこちらで暮らして頂こうと思っております」

 ベルナンに連れて来られたところは、おそらくブラバルト大公国内の商家と思われる大きな館。館の前には川が流れていてその川に船を浮かべ、荷を乗せて来た使用人達が忙しく蔵へと荷物を運んでいた。ここはベルナンが買い取った紅茶の問屋でここから川を通して各地域から茶葉が届けられるらしい。

 普通、攫った人を隠しておく様な場所なら郊外のひっそりとした人目のない場所が最適と思えるのにどうして人目がある場所を? と、思うわたしにその方が紛れ込んでいて分かりにくいからです。と、言った。つまりわたしを捜すハインツたちの目くらまし効果を狙ってのことらしい。それをわたしに告げることからして見つからないことにずい分と自信を持ってる様だ。

 夕刻が近付くとベルナンはわたしを檻から出した。日が沈むとわたしにかけられた魔法が切れることも調べ済みなのだろう。そのおかげで檻を突き破って元の姿に戻ることは無かったけど、この男は今後わたしをどのようにするつもりだろう。と、いうことが気にかかっていた。

「まずはお食事でも如何ですか?」

 と、ベルナンにこの館の食堂に連れてこられて長テーブルを挟んで向かい合うと、給仕の使用人達が食事を運び込んで来た。

 所狭しとお皿に盛られた海鮮料理や、お肉料理が目の前に次々と運び込まれる。こんなに沢山、二人じゃ食べきれないのにもったいない。などと思っていると、わたしの言いたいことをベルナンは察したようだ。

「別に全部食べなくていいんですよ。余ったら給仕の者たちに下げ渡しますから」

 と、それが当然のように言う。

「じゃあ、初めから少しだけ小皿に取り分けてもらうか少量だけ頂けませんか。見てるだけでお腹いっぱいになりますから」

 スワンヘルデ城でも自分が食べる分量だけお皿に盛ってもらっていた。あとで使用人たちも食すならその方がいい。いくら主でも他人が食べ散らかしたのをもらうなんて使用人でも気を悪くするだろう。

「なるほど。あなたさまは面白い御方だ。使用人のことまで気遣われるとは」

 そうかなぁ? 養父やナイルは雇用主として使用人たちをいつも気遣ってたからそれが当たり前だと思ってたけど、案外、使用人にまで気をつかう人の方が珍しいのかな。と、ベルナンの言葉で思う。

「ねぇ。ベルナン。わたしをどうするつもりなの?」

 気にかけてることを問えば、彼の眼鏡の奥の緑色の瞳がきらりと輝いた気がした。

「この場でいうことではないと思っていたのですが、仕方ないですね。あなたさまに言われてしまったのなら…」

 少し逡巡したような様子を見せて、ベルナンは頬を緩ませた。

「私と結婚していただけませんか? マリカさま」

 はあ? わたしと結婚? わたしは啞然とした。パルシュ国王の側近にして狡猾なこの赤毛男が何を言い出すのかと驚いた。


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