34話・持ちかけられた取り引き
「あの。ベルナン。本気ですか?」
「私では相手に不足ですか?」
「不足も何もあなた確か女嫌いでしたよね? あの晩それにわたしを殺そうとしてたじゃないですか?」
ベルナンは女嫌いで有名だ。彼は男色として陰で有名であるし、どうしてその彼がわたしと結婚したいと言い出したのか分からなかった。
「ああ。あの夜のことですか。参ったな。あれはそんな深い意味はありませんでしたよ。あれは策略を廻らしてた時であなたを死んだことにすれば、うちの残念な王さまもあなたを諦めて下さるかと考えてただけです。あなたを死んだことにして私のもとに匿う気でいましたから」
「ベルナンがそんな風に考えてたとは思いませんでした。じゃあ、わたしとの結婚は偽装という意味ですか? それでもあなたがわたしを望む理由がわかりません」
「偽装ではありませんよ」
「はあ?」
ベルナンはわたしの反応を可笑しそうに見て言った。
「あなたをわたしのものにしたいからです。あなたにはローズライト以上の価値がある。私は十一年前からあなたに興味を持っていたのですよ」
十一年前と聞いて、わたしは顔を強張らせた。まさか…
「なぜならあなたは、異世界から召喚された第一号の御方だから」
「あなた知ってたの?」
「はい。あの場にはヘリオスさまとナイルセルリアンさましかいなかったとお思いですか? 私はあの日、ヘリオスさまのお供をしておりましたからヘリオスさまに人払いを命じられてもなにを仕出かすか心配で見張っていたのですよ」
なんかベルナンって苦労性? 気がつけば何かとヘリオスを見張ってるよね? わたしの視線を受けてベルナンは苦笑した。
「そしたらあなたが召喚されて、あの馬鹿王はナイルセルリアンさまにあなたを押し付けてるし首をしめたくなったくらいです。異世界からやってきた者を保護せずに邪険にするなど大バカ者ですよ」
まあ。そうですね。その大馬鹿者にあなたはまだ仕えてるのだからご苦労が忍ばれますね。はい。
「私はあの日からこっそりあなた方を見守り続けました。雨の日も風の日も、影に命じで事細かくあなた方について報告させていましたよ」
影って間諜さんよね? ご苦労様です。ため息をついたわたしにベルナンは衝撃告白をしてくれた。
「あ。それと私は男色ではありません。貴族の子女たちは猛者ぞろいですからね。彼女達からの攻撃を避ける為にあえて男色と噂を流していました。本来は女好きです。私の好みは煩いのですよ。そしてそれに見事にハマったのは…」
赤毛の苦労性眼鏡男はそこでちょっと言葉を切り、眼鏡の付け根の辺りを人差し指と中指でくいっと押し上げながらわたしを直視して言ってくれた。
「あなたです」
「ひぃい…」
鋭さを帯びた緑色の瞳がわたしの胸を突き刺すように見る。とんでもない告白を聞いた気がする。わたしは仰け反った。
嘘ですよね。からかってるんですよね? 男色だから大丈夫だと思ってたのに。
「ど。どうして? わたしを?」
「それはもちろんあなたが可愛いからですよ。十一年前、この世に現われたあなたはうさぎのぬいぐるみを抱きしめて天使のように愛らしく、一目で私は心を奪われました。しかし、あなたはナイルさまに連れて行かれ私はその場に残された兎のぬいぐるみを手に入れる事であなたを抱きしめたい衝動を堪えて来ました。この十一年、なんどあなたの側にいるナイルセルリアンさまを絞殺したい想いにかられたことでしょう。でもようやくあなたさまを手に入れる機会に恵まれました。自国の神に感謝致します」
「え。あのうさちゃん。あなたが持っていたの?」
わたしはどうりでこちらの世界に召喚された時に持っていたはずのウサギのぬいぐるみがないわけだと納得した。あの後、わたしは無くしたウサギのぬいぐるみを必死にナイルと探したが見つからなかったのだ。呼び出された場所に落としていたとは。盲点だった。
「あとであなたの兎さんに会わせて差し上げますよ」
お礼を言うべきだろうか? しかし、そのぬいぐるみをわたしの代わりに大事にしてきたっていうのはちょっと…
ここにも変態さんがいた。こんなのもう嫌だ。どうしてわたしの周りには変な男性しか集まって来ないんだろう?
ヘリオス、ハインツ、ベルナン。と、変態ぞろい。みな見た目は良いのに、中身がお粗末で残念でならない。
「でも残念ですよ。あなたに魔法がかかっているせいであなたのその着ているドレスを脱がすことは出来ないし、本当の意味で私はあなたを手には入れられないのですから」
嘆くベルナンを見てわたしは逃げ延びた。と、安堵の息をもらした。この厄介な魔法のおかげでわたしは自分の身は守れているのだ。服が肌から離れないことには彼が望む展開には進めない。と、自分の貞操の危機を脱したわたしは、気にかかることに付いて訊ねてみた。
「そういえばなぜアイギスがわたしを殺したことになってるのですか? わたしは生きてるのに」
あなたはわたしが子猫の姿に変わって失踪したのを知っていたはずなのに、どうしてアイギスを容疑者としてヘリオスに告発させるような真似をしたのですか? と、聞けば彼は事もなく言った。
「あなたが猫になって逃げたと言えるわけないじゃないですか。そんなことを言えば、私が頭がどうかしたとしか思われませんよ」
真相は隠蔽したんですか。呆れた目を向けたわたしに彼は言い訳をした。
「ヘリオス陛下にはあなたは失踪した。と、だけ告げました。おそらく何者かの手引きによってスワンヘルデ城を抜け出したとね。そこへタイミング悪く城の外に何者かが仕掛けた罠が転がっていてそれに血の跡が付いていた事で、陛下は勘違いされた」
罠と聞いてわたしは自分が猫に変身した時、城の外に出て小動物を捕える為の罠に引っかかったことを思い出した。あの罠のことだろうか?
「その罠に血が付いていた事から、陛下はきっとあなたは怪我を負いどこかに捕らわれているに違いないと騒ぎだして一番疑わしいのは公子だと言い出したのですよ」
「どうして?」
「お馬鹿な国王の頭の中は理解不能ですが、おそらく嫉妬でしょうね。あなたを我がものにする為に赴いた部屋に公子が駆けこんで来てあなたを助けた。それがナイルセルリアンさまの姿と被ったのかもしれません。あの御方はあなたとは別の意味でナイルセルリアンさまの存在を意識せざるなかったですから」
ナイルをヘリオスが意識していたということに何かひっかかるものを感じながらも、わたしはそれにしても酷いじゃないかと、ベルナンに当たった。
「迷惑です。決闘裁判だなんて。アイギスは無実なのに。どうにか止めさせることは出来ないのですか?」
あなたの力で止めることも可能でしょ? と、言えば、分かってますよ。と、彼は応えた。
「すでに手は打ってあります。ようするにアイギス公子が無実を勝ち取れば良いのです。御安心下さい。マリカさま」
「本当に大丈夫ですか? ヘリオス陛下は聖騎士たちにアイギス公子の代理騎士にならないように命じたと聞きますが?」
わたしは噂で聞きかじったことを訊ねた。
「彼らは寄付の金額次第で雇用主につくと世間一般では思われがちですが、建前上、忠誠を誓っているのは自国の王でも聖という名が示す通り心を捧げているのは神です。その立場に近い御方に命じられたのなら逆らえないでしょう」
「プーリア教皇さま?」
「そうです。聖騎士はみなロマ教徒ですからね」
各国にある聖騎士団はみなロマ教徒で発祥の地はプーリア教皇国だ。彼らは修道士が剣を極めた者たちで他の騎士とは異なり、神の意思のもとに剣をふるう事を許され決闘裁判の折に活躍していた。決闘裁判とはその名の通り決闘で判決を決めるもので、容疑者や被疑者に成り代わり代理騎士として神の名の下に決闘して勝利して無実を勝ち取るものである。
この世界の裁判としてはもっともポピューラな裁判で、異世界から来たわたしには裁判というと法廷で法をもとに罪人の罪を裁くのが当たり前と思っていただけに、この世界では決闘裁判が当たり前に行われていると知った時には大変驚いたものだった。
「もしかして今回の裁判にプーリア教皇さまがお口添え下さったのはあなたが?」
「アイギス公子に何かあってあなたを悲しませたくありませんから」
もうすでに起きてるけどね。と、言いたいのを押さえてわたしはベルナンを見た。
「でもどうしてそこまでわたしを?」
「あなたを好きになったからです。これでは答えになりませんか? とにかく公子のことは御安心下さい。悪い様には致しません。その代わり…」
わたしはまた彼が言いかけた言葉を切ったことで、何を言われるかとそわそわする。これは心情的にあまりよくない傾向な気がする。
「公子が助かったら、私と結婚して下さいますね?」
新緑色の瞳はわたしが肯定するまで離れることはなかった。わたしは肯定せざる得ない状況に追い込まれていた。




