31話・あなたのお傍に参ります
「ちょっと。なにを…」
ヘリオスは百連練磨の男だった。狙った女性は外さないと噂で聞いていた。彼の手慣れた女性の扱いにわたしは青ざめた。
「なにをって。ベットの上に男と女がいればすることは決まっているだろう。そなたの入浴を目撃してしまった時からそなたが気になって仕方ないのだ。そなたが欲しいのだ」
ベツトの上に転がされたわたしの上にヘリオスが乗りあげて来た。
「いや。離して。助けてナイルっ」
わたしが救いを求めた相手の名にヘリオスが顔を顰めた。わたしのガウンを脱がせようとしていた彼の手が止まった。
「我とナイルと何が違う?」
「あなたとナイルは全然違う。同じじゃない」
傷付いた様な声音にわたしは塩を塗り込んだ。
「マリカ。そなたはもう我のものだ。他の男を想うなど許さぬ」
ヘリオスが憤りを露わにし、わたしを押し倒した。強引に分け入ろうとする彼の激しさに慄きわたしは悲鳴を上げた。
「きゃあああああああああああ!」
「姉さまっ」
途端、部屋に数名の者たちが踏みこんで来た。アイギスが侍女たちを引きつれてやってきたのだ。
「姉さま。姉さまぁ!」
「アイギス」
わたしは駆けこんで来たアイギスに強く抱きしめられた。ヘリオスはベットから降り無粋な来訪者たちに鋭い視線を向けていた。
「誰の許しがあって入って来た?」
「陛下。ここはぼくの城です。姉さまへの無体は許しません。姉さまはまだ喪に服している身です。どうかその気持ちを尊重して差し上げて下さい」
アイギスはわたしを背に庇いヘリオスと対峙していた。まだ成人には手が届かない弟の背はわたしを庇う為に盾となってくれていた。
「興がそがれた。今宵は諦めるとしよう。だが喪が明けた後は覚悟しておけ」
苛々と言い捨ててヘリオスが退出し、わたしは両手で体を抱きしめた。
「姉さま。大丈夫ですか?」
「アイギス。助けに来てくれてありがとう」
わたしはアイギスが助けに来てくれた事に感謝した。
「彼女たちが知らせに来てくれたのですよ。姉さまから遠ざけられたと」
アイギスと一緒に姿を見せた侍女たち三名はわたしの側付きの者たちだった。彼女達はそれぞれ謝罪した。
「マリカさま。お側を離れて申しわけありませんでした。突然、ヘリオスさまが訪れになってお人払いを命じられたのですが不安を覚えてアイギスさまにご報告にあがったのです」
「申し訳ありませんでした。いかなる理由であろうとお側を離れるべきではありませんでした」
「マリカさま。すいませんでした。お叱りはどのようなことでもお受け致します。もう二度とこのようなことは致しませんので」
彼女たちの必死に謝罪する姿にわたしは安堵した。
「…良かった」
「マリカさま?」
信頼していた侍女たちがヘリオスを部屋に手引きしたのではないと分かり、わたしはほっとした。彼女達は逆に自分達が遠ざけられたことに不審を感じてアイギスを呼びに行ってくれた。そのおかげで助かった…
「マリカさま。御安心下さい。わたしたちが側におりますから」
「みんなありがとう」
「姉さま。今晩はぼくも一緒にいましょうか?」
「ありがとう。アイギス。あなたはもうお部屋に戻って。わたしはもう大丈夫よ。ヘリオス陛下も今晩はもう訪れないと思うから平気」
「姉さま」
「お休みなさい。アイギス。でも助けに来てくれてありがとう。嬉しかったわ。あなたも頼もしくなったわね」
わたしはそう言って明るく彼を部屋から送りだした。侍女たちも隣室に控えている。いつもの光景に戻ったのにわたしの気持ちは晴れなかった。
いつしか寝台の蝋燭の明かりは全て消え、部屋の中には月明かりが煌々と射している。あんなことがあったこともありベットには眠る気になれなくて、わたしはドレッサーの引き出しに入れてあったガラスの小瓶を取り出した。
おそらく生前のナイルから贈られて来たと思われる小さな小包の中に入っていたものだ。ナイルから届いたその小瓶をわたしはドレッサーの引き出しにしまっておいた。その小瓶は毎日進退極まったことが起きると手に取り今飲むべき状況にあるかどうか悩んで夜を過ごして来た。
(もういい加減飲んでも良い状況にあるんじゃないの?)
あの手紙には万が一のことを考えて。とあった。ナイルがわたしの側にいられなくなった時にわたしの身になにか危険が迫ったらこの薬を飲むようにと託してくれた薬だ。
(もう飲んでもいいよね? ナイル)
青白い月明かりに照らされた小瓶が、この場に居ない者に代わって頷くようにきらりと輝く。
わたしはナイルのいない世界に未練はなかった。この世界に召喚されてから彼がどれだけわたしのなかで大きい存在となっていたのか知れた。彼がいない日々は時間が過ぎるのが長く感じられ、視界に映るものすべてが色を失って輝きが失せて行くように思われて毎日がつまらなかった。深い喪失感に襲われて早くナイルの側に逝きたいと願っていた。
心残りはアイギスを残してゆくことだけど、さっきの頼もしい態度を見ていたら彼ならこの先も一人になってもちゃんとやっていけるだろうと思った。それにローズライトの採掘権が欲しいヘリオスは、アイギスを邪険にすることは出来ないはずだとその時、わたしは考えていた。
(ごめんね。アイギス。許してね。もうそろそろわたしナイルの側に逝きたいの。ナイル。あなたのお傍に参ります)
わたしは小瓶に手を伸ばした。小瓶の栓を抜いてその中身をわたしは迷いなく飲み干した。なんだか喉に炎を流しこんだ様な熱さが通り抜けたと思ったら、体にどくんと衝撃が走り気がつけば視界が真っ暗になっていた。
おそらくこのまま死ぬのだろう。天に召されたらナイルに会える。その思いだけが今のわたしを突き動かしていた。ところが自分の身体に起こった刺激はそれだけだった。痛くもなく身体に何も変化がないような気がする。
(わたし‥まだ生きてる?)
なんだか腑に落ちない気持ちでいると顔に布がかかっているのに気が付いた。それを押しのけて抜け出せばガチャリと音がしてドアが開いた。




