30話・忍びよる危険な罠
わたしの入浴中、人影が浴室の窓の外に現れる様になった。気持ち悪くて侍女を見張りに窓の傍に立てるようにしたらそのようなことは無くなったが、今度は下着や衣服の一部が盗まれる様になった。
不安を覚えてると警備の為にとか言いだして今までスワンヘルデ城のことはベルナンに任せにして来たヘリオスが、ちょくちょくやって来るようになったのだ。
これは非常に厄介なことになって来た。と、思い寝れない日々が続いたらそれを聞きつけたヘリオスが城に泊まり込むようになり滞在が続いた。ますます悪循環である。それは大きなストレスとなってわたしを苛んだ。
そんなある日の晩、わたしの寝室のドアがとうとう叩かれた。いよいよ来た。これは完全無視でしょ。と、知らんぷりしていたが一向にノックの音が鳴りやまない。
(もお。しつこい!)
わたしは苛々として寝巻きに急いでガウンを羽織り応対した。そこには思った通り銀髪の無駄に美系な男がナイトガウン姿で立っていた。
「こんな時間になんのご用ですか? ヘリオスさま」
「ご機嫌は如何かな? マリカ嬢」
「あなたが来なかったらご機嫌でしたわ」
ヘリオスには苦い過去しかないわたしは不機嫌そのままに出迎えた。
「そんな口を聞いても良いのかな? マリカ。そなたたち姉弟の行く末は我が握っているのだよ」
ヘリオスが部屋に入って来ようとするのをわたしは戸口から動かず制した。この寝室は応接室の隣にある。廊下には警備兵がいるし彼がここまで入室するには侍女の手引きがないと入りにくい場所だ。ヘリオスがここまで入って来れた理由に思い当たってわたしはぞっとした。付き合いの長い彼女たちは、わたしがヘリオスを嫌っていることを知っている。それなのに彼が入ってこれたなんて誰かが手引きしたことになってしまう。
「それで脅してるおつもりですか? あの夜のように叩いて差し上げましょうか?」
「頼むよ。気合いのいいのを一つ。そなたに叩かれて我はビビビと感じたのだ。そなたは我の運命の女性だ」
心の動揺を押し隠して平静に告げたわたしに彼は思わぬことを言い出した。なにがどうしてそうなった? マゾなんでしょうか? この御方は?
呆れた目を向けたわたしに恍惚とした表情で、ヘリオスが言った。
「今まで我に手をあげた女性はいなかった。あれから我はそなたのことが忘れられなかった」
「あの。ヘリオスさま。もう夜も遅いですから、ご用なら明日また出直して頂けますか?」
ふざけたことを言ってないで部屋に帰って早く寝たらどう?と、言うわたしに紫色の目をした彼は苦笑した。
「そなたはいつもそうやって我の気持ちをじらしたがる。そこがまた堪らない。我の気持ちは分かっているのだろう? マリカ」
「ナイルが執着していた女だからあなたはわたしに関心を持っただけでしょう? でもナイルはもう… だからもうこんなのやめてくれない? もういいでしょう? あなたが当てつける相手はもういないんだから。わたしにちょっかいを出すのはもう止めて…」
もうふざけないで、と、わたしは言いたかった。このナイルとそっくりな男は意趣返しでわたしに言い寄ってくるだけだ。愛する男性と同じ顔をしている男を見ているのが辛い。
「そう怒るな。マリカ。そなたを苛立たせたいわけじゃない。そなたを怒らせるつもりはなかった」
「だったらこの部屋から…」
出て行ってよ。と、言いかけたわたしを彼は強く抱きしめて来た。しんみりとした口調で言って来る。
「そろそろ一年になるな。ナイルが失踪してから…」
その言葉にわたしは身じろいだ。
「陛下。離して」
「ここのところ食事をまともにとってないそうだな? しばらく会わないうちにやつれたな。余計なことを考えてないか? ナイルの側に逝くつもりか?」
「陛下」
なぜあなたがわたしのことを心配する? 十一年前はチンクシャ扱いしたくせに。今さらなんなの。
「出てって下さい。人を呼びます」
「夜も寝れてないようだな? 目の下にくまが出来ている」
あの人と同じ顔が気遣っていた。その顔で心配してるふりなんかしないで。
「そなたはまるで親と離れたひな鳥のようだ。慕う親鳥がいなくて恋しがっている。親鳥がそんなに恋しいのなら今宵は我の胸を貸してやろう」
「止めて下さい。結構です」
「なぜそなたは我を拒む? 我に言い寄られて悪い気はしないだろうに? 今どきの貴族の女どもが結婚相手に探してるなかで最良物件だぞ。顔良し、財力あり、家柄良し、そしてここがお得なジジババ抜きで国一番の最高権力付きだぞ」
即断したわたしを不愉快そうにヘリオスは見返す。わたしは溜息をついた。
「わたしは他の貴族の御令嬢方とは違いますから。あなたさまのお顔も、財力も、パルシュ国王にも、お舅さまもお姑さまも、あなたさまの性格にも一切興味ありませんから。どうぞお引き取りを」
「なんだかそこまで言われると清々しいな。さすがはマリカ。他の女どもとは違う。我に媚びない姿勢が好きだぞ」
ヘリオスがとんちんかんなことを言い出す。会話が噛みあってないものを感じてドッと疲れる。
「まあ。兎に角だ。我を部屋に入れてくれないか? 戸口で問答していてもらちが明かないと思うのだが」
「絶対いやです。お帰り下さい」
「冷たいな。マリカ」
彼をこの先一歩でも中に入れるつもりのないわたしは腕組みをして立ち塞がった。
「寝れないんだろう? 我が朝まで付き合ってやる」
「結構です」
「ずい分と警戒されたものだな。そなたの喪があけたらゆくゆくは夫婦となる間柄なのに。一年後はそなたが嫌でも我とは夫婦になるのだぞ?」
「その時はその時です。今は関係ありませんから」
「傲慢だな。この唇は厄介だ」
だから塞いでしまおう。と、耳元で囁きが聞こえた時にはいきなり唇を奪われていた。わたしは混乱した。
「ん……」
ヘリオスの胸を叩いて離して欲しいと懇願するが、彼はどこ吹く風でわたしの唇を堪能する様に啄ばんでゆく。何もかも味わい尽くすようなしつこい吸引から解放された時には膝から崩れ落ちそうになった。それを抱えあげられ気がつけばわたしはベットまで運ばれていた。




