25話・結婚しようよ
「…りか。まりか」
「ナイル」
わたしを呼ぶ声に応じて意識を持ちあげたわたしは、ナイルに抱きしめられていた。
「ああ。まりか。良かった。気が付いてくれて。ごめんね。悪ふざけが過ぎたよ。あれは冗談だよ。ほらもう手錠はないから」
ナイルが左手首を持ち上げてみせる。手錠がないのを確認してわたしは溜息をついた。
「ごめん。やりすぎた。驚いたよね?」
「本当に手錠生活始めるのかと思って、驚いちゃったわ。ナイルが変態になってしまったのかと思った」
わたしの言葉にぼくは変態か…と、なんでかナイルが凹んでたけどわたしが倒れたことで反省してるようだ。
「きみがあんなことをいうからつい、懲らしめたくなってしまったんだよ。でもぼくが悪かった。ごめん。ぼくの言葉が足りなかったようだ」
ナイルはわたしの髪を指で優しく梳き始めた。懐かしい指だ。子供の頃に梳いてくれた指通りと変わらない優しい手。
「まりか。きみはぼくのことをどう思ってるの? ぼくはこの世の動物に雄と雌があって愛し合って子をなすようにきみとそうなりたいと願ってるんだけど、きみはその対象としてぼくを見てくれてはいなかったのかな? 父親のように思ってるとか? それともぼくの他に好きな人がいる?」
ナイルはわたしが彼の求婚を断ったのは、他に好きな男性がいると思っていたらしい。わたしは首を振った。
「他に好きな人なんていないわ。わたしが好きなのは…ナイルだもの」
やっぱり駄目だ。ナイルを拒むなんてわたしには出来ない。優しい指に髪を梳かれてもつれた心まで解されていく。
「ならどうして?」
ぼくの求婚を断ったの?と、聞かれ、わたしは自信がなかったのだと応えた。
「ナイルからは、一度も私への気持ちを聞いたことなかったから」
「ぼくはいつも手紙できみのことを好きだと伝えていたはずなのにな。ぼくの気持ちが信じられない?」
「だって別れた時、わたしは幼すぎたしきっとナイルは保護者のような気分でわたしに言ってるものだと思っていたの」
「ひどいなぁ。出会った時からきみは可愛かったし、さっきも言ったけど叔父上から送られて来るきみの絵姿はどんどん美しく成長して行ってこの十年間ぼくはきみに魅せられていたというのに。今だってきみを前にしてこんなにドキドキしてるよ」
これが証拠だよ。と、ナイルはわたしを抱き寄せると自分の左胸にわたしの頭を押し当てた。
「恋焦がれるきみを前にしてぼくの心臓がバクバクいってるのが分かる? こんなに激しくきみを好きだと伝えてる」
どきどきどきどきどきどきどきどき…
ナイルの鼓動がわたしには心地良く感じられた。目を閉じれば十年前の馬車の旅が思い出された。当時六歳のわたしはこうして何度ナイルの胸の中で目を閉じたことだろう。
「懐かしい」
と、呟けばナイルが早くも十年過ぎてしまったね。と、言い、彼の心臓に頬をあてたままのわたしの頭を撫でた。
「これからは一緒だよ。共に泣いて、共に笑って、共に一生を暮らしてゆこう。まりか。ぼくと結婚して下さい。どうかぼくの妻になって」
「嬉しい。ナイル。わたしをあなたのお嫁さんにして」
今度は素直にナイルの気持ちを受け入れることが出来た。ナイルは嬉しそうにほほ笑んだ。
「ぼくが還俗したらすぐに結婚しよう。まりか」
わたしは生まれてきて一番、心の底から幸せを感じていた。その晩、わたしたちはミランダ伯の開いた舞踏会で婚約発表をし皆に祝福された。そして半年後にわたしはナイルの妻となった。




