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19話・猫かぶりも疲れます

「あの…ヘリオスさま。ライデル侯爵がご令嬢と共にご挨拶したいとおっしゃっておられるのですが?」

 ミランダ伯爵の隣に恰幅のよい白髪頭の壮年の男が控え、その娘と思われる金髪の細身の令嬢がヘリオスに熱っぽい視線を送ったかと思うといきなり彼の腕に自分の手を回した。

「ヘリオスさま。お約束したでしょう。先ほどからお待ちしておりましたのよ。一曲踊って頂けません?」

 彼女の態度は一国の王に対して非常に馴れ馴れしく見咎めるものだったが、ヘリオスがなんとも思ってない所からしてただならぬ仲だと思われた。

 わたしが扇子の内側で「しっ、しっ、早くお行き。行っておしまい」などと呟いてるとは思っていないだろうヘリオスは、彼女をまあ。まあ。と、宥めてからわたし達に向き直った。

「仕方ない。それではマリカ嬢がこの場に慣れた頃にでもお誘いしよう。では叔父上。また後ほど」

「済まないね」

 全然すまなそうに思ってない養父が、ヘリオスが彼の取り巻きと思われるライデル侯爵親子に連れられてゆく背に声かける。ヘリオスはわたしに視線を残しながら金髪娘に腕を取られて広間の方へと足を運んで行った。

 広間の中央ではワルツが演奏されていて、紳士淑女のみなさんがクルクルと回って踊りの花を咲かせているところだ。そこへヘリオス達も加わって歓声が起こる。遠目に彼らを見送って養父は溜息を漏らした。

「悪かったね。マリカ。まさかあれが来てるとは思わなくて」

「いいのよ。お養父さま。きっとあの人は勝手に来たんでしょう? ミランダ伯爵さまもお気の毒ね」

「あれもそう悪い男ではないのだがねぇ」

 養父はナイルが以前、ヘリオスを称していたように言う。わたしはふたりはやっぱり親戚なのだと感じた。

 しばらく舞踏会の様子を拝見していたわたしは、父が旧友と出会い語らっている時に疲れたといってその場を辞しわたし達の休憩室にあてがわれた部屋にこもることにした。仲の良い友達でもいれば気がまぎれるのかもしれないが、貴族の子女には嫌われ者のわたしにとって舞踏会という社交の場は気を使う場でちっとも楽しめたものではない。それなら誰もいない部屋で独りのんびりお茶をしていた方が良かった。

 部屋に入ってはあ。と、息をついてると、おそらく客人の相手をするように申しつけられているのだろうミランダ伯の下で仕える侍女が気を利かせて、お茶とお菓子を運んで来てくれたが一人きりになりたかったので、人払いを頼むと心得たように彼女は部屋から下がって行った。

 ようやく誰の目もなくなってわたしはヴェールを外した。煩わしい他人の目線から逃れるようにつけていたヴェールだが、外すことで心が解放されたように感じられ気が楽になった。

「はあ。清々した…」

 良い子ちゃんのフリは疲れる。わたしは皆が思うような令嬢ではないのだ。なんたって異世界からやってきた者だ。こっちの世界に合わせて生活して行くのにいくつ猫を被って来たことか。お世話になってる大公の手前、下手な事は出来ないし憧れのナイルには素敵なレディーになってると思わせたい一心で深窓のお嬢さまのごとく振る舞って見せてるけど本当のわたしは違う。時々悪態付いて息抜きしたくなるのだ。

「ああ。なんだってあいつがここに現われたのかしら? 厄介だわ」

 侍女が入れてくれたお茶を口に含んで人心地ついた気分で呟くと、傍で声が上がった。


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