EP-211 本当にあった怖いお話
暗闇に包まれた部屋の中。着ている服が擦れる音の他にはヒトの吐息が時折聞こえるだけの空間に蝋燭の明かりが1つ灯る。何もせずとも揺らめくそれは吹けば消えてしまう程度の心許無い光のはずなのに、見ていると不思議と気持ちが落ち着いてくる。
その小さな明かりに照らされて浮かび上がるのはヒトの頭。生気の無い表情で虚空を見つめるそのヒトはやがて口を開き話し始める。
「それでは第1回、真夏の怪談百物語を始めていこうと思います」
「誰がやるかぁー!」
静々と紡がれる開幕の言葉を投げ捨てて轟く咆哮をあげたのは狐鳴さんだった。
荒ぶる彼女はその勢いのまま締め切った雨戸を開け放ち、暗闇が支配する居間に燦然と輝く真夏の太陽の日差しをもたらした。
「あっ、ちょっと。折角良い感じの雰囲気だったのに台無しにしないでよ」
「してやるよ!何度だってしてやるよ!というか何でよりにもよって私の家で怖い話しをするんだよ!嫌がらせか。嫌がらせなのかこらぁ!」
「だって稲穂の家の神社が一番それっぽい感じが出るから」
「よし分かったそこに立て雲雀。いまからこのけん玉でぶん殴るから。紐を使って最大威力の遠心力を乗せて殴るから」
「落ち着いて狐鳴さん。落ち着いて」
「離せサメェー!私は正気だ。正気なうえでコイツをぶっ飛ばすという確固たる意志を持っているんだぁー!」
流石に危ないと鮫島くんが羽交い絞めにして止めたものの狐鳴さんの暴走は止まらない。
正確には止まったけれど何とか飛鳥さんを害そうと、伸ばした足のつま先でツンツンしている。何が何でも阻止したいらしい。
しかし肝心の飛鳥さんはどこ吹く風。お茶を飲みんで再び蝋燭に火を点けて、ついでに雨戸を閉めて部屋を暗くする、
といってもあえて少し隙間を開けているから真っ暗というほどではない。これが飛鳥さんなりの譲歩というわけだ。
「やっぱり夏といえば海とスイカと花火。そしてホラーでしょ。これをやらずして夏は終われないのさ」
「肝試しならこの前やったじゃない」
「いやあれはホタルを見に行っただけだから」
「頑なに認めないんだな、それ」
「もい良いよ!そんなにやりたいなら私を抜きにしてやれば良いさ。行こうしーちゃん」
「あっ、私は残るよ」
「何故に!?」
「良介が余計なことを言わないように見張らないといけないから」
「余計なことってなんだよ」
そんなの皆んなが知らない幼少期の私の黒歴史とかだよ。この男はどんなに口止めをしても油断すると直ぐにかつての失敗談をポロリと話してしまうのだ。
この前なんて私が3段重ねをアイスクリームを買ってもらった直後にパパが落とした小銭を拾おうとして、3つ全てを華麗に落としてコーンだけを食べたことをクラスの皆んなにばく露されたのだ。
どうにもそのとき一緒にいた良介を見つめたときの私のなんとも言えない表情が相当印象に残っていたらしい。
尚、バラした代償としてコイツの指を貰った。歯形が付くまで噛みついてやったさ。
それに私はアイスを落としたわけではない。地面を歩いていたアリさんにおすそ分けしただけである。断じて落としたのではない。ないと言ったらないのだ。
「やれやれ、そこまで嫌がるなら強制はしないよ。私達は皆んなで怪談を楽しむから、稲穂は1人でけん玉でもしていればいいよ」
「なんで私の家で私がぼっちにされるのさ。怖い話しをするくらいなら皆んなでけん玉で遊べば良いでしょ。けん玉大会万歳」
「いや、俺はけん玉よりは怪談の方が良いぞ」
「そうね。私もけん玉はやったことないから」
「私は毛繕いが良い」
「それは詩音にしかできないかなぁ」
「ムギャー!」
圧倒的な反対派少数という現実を突きつけられた狐鳴さんは憤りをぶつける矛先を失い地団駄を踏んで走り去っていった。
狭間の世界に行ったときはあんなに余裕そうだったのに。狐鳴さんって不思議なヒトだ。
そんなことを思いつつ、私は自分の湯呑みに2杯目となるお茶を注ぐのだった。
・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・ ・
「その少女の魂は今も彷徨い続けているのです。おしまい」
「「「おー」」」
百物語の最初の語り部はくじ引きにより飛鳥さんとなった。発案者なだけあって用意した怪談はちゃんと怖いお話しだった。
尚、狐鳴さんはというと目の前に盛り塩と日本酒を置いて、頭から毛布を被り、私の尻尾を抱き締めるという完全防御形態にて参加している。
それでも残念ながら尻尾からスマホのバイブレーションのような震えが伝わってくる。お陰で私の方は微妙に恐怖を削がれて怖い話しを普通に聞くことができているけれども。
「ふふん。我ながら順調な滑り出し。次は鮫島君、よろしく」
「わかった。それでは俺が以前実際に経験した怖い話しをしようか。
これは一昨年の夏。ちょうど今くらいの時期のときだ。
当時の俺は中学3年生。つまり受験生だった。夏休みに入ったタイミングで本格的に受験勉強を始めたんだ。
でも俺は塾とかには通っていなかったし、姉さんもそんなに勉強が得意なタイプじゃない。だから俺はよく図書館に行って勉強していたんだ。空調も効いていて快適だったし。
そんなある日、いつもより集中して勉強していて帰りが遅くなったことがあったんだ。急いで家に帰った俺はいつものように夕飯の支度を始めた。
空腹を訴える姉さんをあしらいながらいつものように料理を作る。そのとき、俺の視線にあるものが映ったんだ。
普段なら気にも留めないところだけど、当時の俺は何となくそれを手に取り、そして戦慄した。
冷蔵庫にあった何か。それは食べかけのアイスクリームの容器だったんだ」
「「キャーー!」」
「しかもそのアイスの消費期限は1年前に切れていたんだ。中身はもう、言い表せないほど凄惨な状態になっていたよ」
「「イヤーー!」」
何という恐ろしい物語。アイスクリームが冷凍庫ではなく冷蔵庫にあった挙句、1年間も放置されていたなんて。身の毛がよだつ恐怖を感じたよ。
「いやちょっと待って。それのどこが怪談なの。誰かが食べかけのアイスを間違えて入れて忘れていただけでしょ」
「これが俺が実際に体験した本当にあった怖いお話しだ」
「違う。そういうのじゃない。私が求めているのはそういうのじゃないの」
「やっぱりダメかぁ」
「まったくもう。気を取り直して次、猫宮さんね」
「私の番か。良いわよ。よく聞きなさい。
これは2年前の冬に実際に私が体験した実話よ。
そのときはまさに受験シーズン。私もそれまで勉強してきた成果を出すために志望校に受験していたわ。体調にも気を遣って当日は準備万端。遅刻もせずに余裕を持って会場に到着したの。
ノートを読みながら気持ちを落ち着けて、いざ試験開始。対策もバッチリしていたから滞りなく解き進めた。
全ての問題を解き終わってミスが無いかを確認。一つ一つ丁寧に時間をかけて確認していった。
やがて最後の問題を解き直していたとき、私はある間違えをしていたことに気付いたの。
でもそれは問題の回答ではなくて、もっと致命的な過ちだった。
そう、解答欄が1つズレていたの」
「「キャーー!」」
「気付いたときにはもう手遅れ。試験終了を告げられて私は受験に落ちたわ。でもその高校は第三志望くらいのやつで、本命の桜里浜高校には無事に受かったから良いんだけど」
何という絶望の物語。どれだけ万全な準備を行っていても起こり得る惨事。他人事だと侮るなかれ。これは誰の身にも起こる可能性があるからこそ恐ろしいお話しなのだ。
「おいこら猫宮。それのどこが怪談なんだ。言ってみろこら」
「だって私は霊感とかないからそういう経験ないもの。これだって怖い話しではあるから良いかなって」
「そうだそうだ」
「くそっ、私が想像していた百物語と全然違う。恐怖のジャンルが何かこう、それじゃないってやつばっかり!」
「ある意味怖い話しよりも怖いけどな。そのときの心情が想像できるだけに」
「もう次、次に行きます!詩音ちゃんよろしく」
「わふっ、任せて。とっておきの怖いお話しを用意してきたからね」
「家に魔王が出たとかそういうのはのはナシな」
「くぅーん」
「マジかお前」
「何してくれているの。もうこの際だからそういうのでも良かったのに。ネタバレをするなんてありえない。禁忌だよ」
「違う。わざとじゃない。信じてくれ。本当なんだ」
「語れば語るほど信憑性が落ちていくわね」
「仕方ない。あんまり怖くないけどちょっとだけ不思議なお話しをしようかな。
もうかれこれ1年くらいになるんだけど、私の家ではときどき不思議なことが起こります。
例えば先日、いつものように朝ご飯を作っていたとき、ふと麦茶の残りが少ないことを思い出したのです。普段は寝る前に水を汲んで水出しの麦茶パックを入れておくんだけど、そのときはたまたま忘れていたのです。
しかし用意しようと改めて冷蔵庫を開けると既に麦茶が作ってあったのです。ママや愛音がやってくれたのかと思って聞いてみたけど心当たりはないらしくて。一体誰がやってくれたのか未だに謎です。
またある別の日、朝の微睡みを満喫していた私はあることに気付いて飛び起きました。昨晩の寝る前にスマホの充電を忘れていたのです。
充電器を持っていない私は大ピンチ。慌てて確認したのだけれど、スマホは普通に充電されていました。微妙にリアルな夢でも見ていたのかなぁ。
あとはそう。私の部屋に置いてある人形さんからもらったぬいぐるみなんだけど、ふと気付くと埃が付いているときがあるの。汚れが付かないように大事にしているつもりなんだけど。
それに去年のクリスマスに槌野君から貰ったドラゴンのぬいぐるみもね。たまに置いてある場所が変わっているときがあるの。
ママが掃除をしたときにでも動かしたのかと思ったけれど心当たりがないんだって。
他にはね、キッチンに置いてある砂糖が減っていたんだけど、いつの間には一杯になっていたの。小麦粉で。
誰が間違えたのかは未だに謎だけど、間違えたものは仕方ない。その日はクッキーをたくさん焼きました。余っていたバニラエッセンスが使い切れて良かったです。
他には洗濯機の後ろに落とした靴下が手前の方に置いてあったり、クローゼットの中身がいつの間にか衣替えされていたり。ナツメ君と水族館に行ったときに買ったイルカのぬいぐるみが廊下に落ちていたり。
そんな不思議なことが時折起こるのです」
「うーん。勘違いとかド忘れで片付きそうではあるが、そんなに色々と起こるのは気味が悪いな」
「あれ、そうなの?困ることは何も起きていない別に良いかなと思っていたのだけど」
「いや怖いでしょ。泥棒の仕業だったらとうするのよ」
「でも誰も何も盗られてないって言っていたし」
「ポルターガイストだ。ポルターガイストだあぁ!」
「麦茶を用意してくれるポルターガイストって何だよ」
「結構、怖いのか怖くないのかよく分からないね。まぁ、世の中には知らない方が幸せなこともあるということで。最後は大狼君、よろしく」
「最後?狐鳴はいいのか?」
「あばばばばばば」
「大丈夫。今日はもう使いものにならないから」
「分かった。それでは俺が体験した本当にあった怖い話しを聞かせてやろう。
それは2年前。桜が咲くにはまだ少し早い冬の終わり頃だった。高校受験も何とか終わり、中学卒業までの時間を楽しんでいたとき。俺は久しぶりにある友人に会うことにしたんだ。
その友達は少し前に事故に遭ってな。色々とあったが何とか無事に退院したばかりのタイミングだった。人伝に大丈夫とは聞いていたんだが、やっぱり顔を見ないと安心できないだろ?
久しぶりに会ったそいつはまぁ、何というか。確かに元気ではあった。見た目というか雰囲気というか、何なら耳とか尻尾とか性別とか、以前の一切面影は無かったけど。
でも元気に生きているならそれで充分だからな。そういうのは別にどうでも良かったさ。
んで、本題はここからだ。見舞いも済んだところで俺は家に帰ることにした。どこかに寄る用事も無かったからな。
家に着くとそこにはスーツを着た男が立っていた。訪問営業か面倒な勧誘か。兎に角その男は俺の家のインターホンを鳴らしていたんだ。
生憎と親は2人とも留守にしているから俺が相手するしかない。ギリギリすれ違いにならずに済んで良かったと俺はそのヒトに声をかけたんだ。ウチに何か用ですか、ってな。
そのヒトは「大狼さんですか?」と聞いてきた。俺はそうだと答えると、途端に笑顔を見せたんだ。
男は会えたことを嬉しそうに語りながら持っていた鞄を開ける。
そして取り出した拳銃を俺に向けたんだ」
「「「へー」」」
「えっ、何か反応薄くない?拳銃だよ?防音装置付きの銃を構えて笑顔のまま撃ってきたんだぞ?」
「いやいや。そんなことある訳ないって」
「ドラマとかアニメの見過ぎよ」
「つまんない」
「嘘じゃないんだよ!咄嗟に腕を払って躱して逃げたけど、その後もずっと追い回されたんだから。
それどころか追いかけて来るやつどんどん増えていったんだ。
路地裏に逃げたら跳弾で跳ねたライフル弾が顳顬を掠めるし。110番に電話したら通信を占拠されているし。
お前ら知らないだろ。大通りにある花屋の店員の女のヒト。不意に花束を渡されたと思ったらその中からナイフを出して切りかかってきたんだぞ!
もうその1日だけでこの世の全てが信用できなくなったわ。冗談抜きで人間不信になったわ」
「花屋の店員ってあの綺麗なお姉さんのこと?私たまにあそこでお花を買うけど凄く優しくて良いヒトよ。世話の仕方とかとても丁寧に教えてくれるもの」
「騙されるな猫宮。あのヒトはナイフの他にも薔薇の花に偽装した毒針を放ってくるようなとんでもない危険人物だ」
「綺麗な花には棘があるって?上手いことを言うねぇ」
「そういうことじゃない!結局日が暮れるまで逃げ回ったところでそのヒト達の上司が来て、色々と説明をされたんだ。
何でも今回の襲撃はそのヒトの親友が勝手にやったことらしい。その親友というヒトがこれまた俺が知っているヒトだったから震えたよ。
最終的にいくつか約束をすることで彼らは手を引いてくれて、俺は九死に一生を得た。
しかしその日以来、俺はこの一件を企てたヒトと2人きりにならないように徹底している。
お前達も気を付けろ。世の中は思っている以上に危険が溢れているからな」
「はいはい。面白い面白い」
「だから何だよその反応!」
「はぁ、何かもう怪談をする雰囲気ではなくなっちゃったな。もういいや、はいこれで解散」
「それじゃあその雨戸、戻しておくね」
「手伝うわ。鮫島君」
飛鳥さんが蝋燭の火を吹き消したことを皮切りにして、各々が片付けを始める。
ちなみに私の役目は狐鳴さんの介抱だ。そろそろ尻尾を離してくれないかな。
「正真正銘の実話なのに。ノンフィクションなのに」
尚、良介はいまだに落ち込んだままである。良いから早く皆んなを手伝ってあげなさいよ。
鮫「そういえば狐鳴さんの怖いお話しは聞いていなかったね」
猫「確かに。何かあったりする?」
狐「あるかそんなもの。健全な女子高校生は普通、怪談とは無縁なんだから」
詩「わうー、そうなんだ」
狐「そうなの!まぁ、強いて言うなら蔵に保管してある日本人形の髪が伸びていたり」
鮫「えっ」
狐「参拝に来るおばちゃんが変なお皿を預けて来たと思ったら、次の日からお孫さんの体調がみるみる良くなって全快したり」
猫「えっ」
狐「お風呂場のところにある鏡も調子が悪いときは写らなかったり」
詩「えっ」
狐「お母さんの言いつけで書かされたお札を転んでばら撒いたら、以来そういう変なことがピタリと収まったり」
狼「えっ」
鳥「そういえば稲穂。私達が来たときに出してくれたお茶だけど、1人分多かったけど」
狐「あれ、そうだった?確かに6人来たと思ったんだけど。言われてみるとあと1人って誰だったかなぁ?」
鮫・猫・詩・狼「・・・」
鮫・猫・詩・狼「ぎゃあぁーー!!」




