魔法の勉強
魔力を流す感覚が掴めた僕は早速それを実践してみようと思い、先生に機械を実践モードにするように頼んだ。後ろからは多くの生徒達の視線が突き刺さっているが、その感情はあまりよろしくないものの様に思う。
「構わないが、難しいぞ?うまく出来ないと、魔力だけを消耗してかなり疲れるから無理はするなよ」
「分かりました。魔力を使いすぎないように気を付けます」
先生の反応を見るに、どうやら初心者がいきなり魔法を使えるようになるのは稀な事らしい。という事は後ろで見ている生徒達もどうせ僕が失敗する、もっと言えば失敗して欲しいと念じているという事だ。
その感情が僕とアカリさんの噂に起因するものなのか、単に自分たちよりも優秀であって欲しくないという僻みからくるのか、どっちにしてもどうでも良い事だ。
「ちなみに、発動する魔法はどんなものですか?」
「さっきの火の玉が真っ直ぐ飛んでいって、一定距離で爆発する。一定以上の魔力は流すだけ無駄になるが、規模が大きいほど優秀であることは間違いない」
「分かりました。やってみますね」
僕は試しに軽く魔力を流していく。身体から魔法式に淀みなく魔力が流れていくのを感じ、式に魔力が満たされていくのが手に取る様に分かった。しかしどこで魔力を止めれば良いのか分からず、そのままの勢いで魔力を流し続けると、突然魔法が発現した。
巨大な火の玉が目の前に出現したかと思うと、先生が説明していた通りある程度の距離まで飛んでいった後に大爆発を起こした。
「先生、これは成功でしょうか?魔力を流し続けていたら、勝手に魔法が発動したんですが……」
「そうだったかのか、すまない。あまり堂々としているから教えるのを忘れていた。これは練習用だから、式に充分な魔力が満たされた時点で止めれば、後は勝手に魔法が発現するようになっているんだ」
確かに僕は何となく知った風な口の利き方をして、当たり前のように魔力を流し始めていた。僕は勝手に魔法を使えると自惚れていたし、先生もそんな僕を見て勘違いしてしまっていた。
「魔力が少なすぎると発現しないが、本来は魔力を止めた時点の量に応じた規模の魔法が発現する。多すぎると危険だから普通は上限を式に組み込んでおくものなんだ」
先生は努めて冷静に教えてくれてるけど、額にはびっしり汗を搔いている。単純に火の玉の爆発が熱かったという訳では無いのは、生徒達の反応を見れば分かる。
普通は上限を設けておくという言い方をしたのは、この魔法式にはその上限を設けていなかったという事だ。僕だってあの威力にはびっくりしたんだからそういう事だと思う。
「魔法が勝手に発動したのは、安全装置が作動したからだな。それ以上魔力を流し続けると、事故が起きる可能性がある。ただそこまで魔力を注ぎ続ければ、普通は集中力が続かずに途切れる。もしくは魔力不足で倒れるな」
「僕は魔力の量が特別多いみたいなので、それで平気だったんですね。すみません、無茶をしてしまいました」
「そう言えば職員室でもそんな話しが出ていたな。こちらも注意が足りていなかった。さて、お前達も見たな?同じ魔法でも、魔力の扱いと量でこれだけ違いが出るんだ。充分扱いには気をつけつつ、頑張ってモノにしてくれよ。今日の授業はここまでだ」
僕は他の生徒達と声を合わせて先生に礼を言って訓練室を出ていく。とりあえず今日の僕の予定はこれで終わりなので、寮に戻って復習をすることにしよう。
そう思っていると、見覚えのある顔がこちらに向かってきた。訓練室に用があるという訳では無さそうで、その視線は間違いなく僕を向いている。
「ハルトさん、こんにちわ。僕に用ですか?」
「……さっきの音はお前か?」
「多分そうです。訓練室で先生に魔法の使い方を教えてもらってました」
「お前はアカリに仕込まれてるんじゃないのか?」
「生徒が先生に教わるのは当たり前でしょう。それに僕はアカリさんの舎弟では無いですよ」
「そうか……なら良い」
そう言ってハルトは僕とすれ違い訓練室に入っていく。今は使用出来る時間では無いし、言おうとしていた事の意味もよく分からない。というか今の時間はハルトも戦闘訓練棟にいないとおかしいのではと思いつつも、彼に興味が無いので気にしないでおく。
もし仮に彼が僕の事を気にしていたとして、特別彼だけを警戒するという事はしない。そんな事をしていたら生徒のほぼ全員を気にしなくてはいけなくなるし、それは流石の僕でも疲れてしまう。
「ただいま……まだアカリさんは帰ってきてないか。先にご飯の用意しとこうかな」
折角早く帰ってきたという事で、少し時間の掛かる煮込み料理を作ってみる事にする。とは言っても煮込む時間が長いだけで、作業そのものはすぐに終わってしまった。火の元を離れない様にリビングで今日の復習と、明日以降のやりたいことをリストにまとめ始める。
「ただいま~。何かいい匂いするね」
「おかえりなさい。時間があったので煮込み料理を作ってみてます」
「料理のレパートリー多いね。いつ頃料理を覚えたの?」
「えっと……親が作ってるのを見たり、テレビで見たりですかね。それより聞きたいことがあったんでした」
生きてきた時間が長いのでその過程で料理を覚えたんだけど、適当に当たり障りの無い事を言っておいて話しをすり替える。
「何?勉強……は違うか。昼もすごい集中力だったね」
「あ、お昼はすみませんでした。実はハルトさんの事です。あの人は何者なんですか?」
「何かされたの?だったら明日あたしが……」
「いや、別に何もされてないです。今日偶然すれ違ったんですけど、その時間は多分戦闘訓練の時間だった筈なんですよね」
「そういう事ね。ハルトはもう卒業が決まってるから、授業とか訓練には出なくても良いってことになってるの。それでも真面目に来てるんだけど、たまに来ない時もあるわよ」
まだ新年度が始まったばかりだというのに、もう卒業が決まっているというのも不思議な感じがする。それも特待生制度故の事情があるらしい。
「ハルトの卒業後の進路が、まぁ当然っちゃ当然なんだけど警備関係の仕事らしくてね。そこが未成年はダメらしいから、もう1年待たないといけないの」
「って事はハルトさんって、アカリさんよりも全然先輩ですか?互いに呼び捨てなので同い年だと思ってました」
「いやいや、あの見た目でそれは無いでしょ。呼び捨てなのもあいつがあたしより弱いからだし、それも向こうから言い出した事だからね?他の人には一応丁寧に話して……無いかも」
まぁ今のアカリさんはあまり人と話す事も無いだろうし、そういうキャラを演じているという意味では良いのかもしれない。
「それとハルトはあたしとは別口で学校の治安維持をしてるから、その関係でユウリの事を気にしてるのかも」
「アカリさんと別口ですか?」
「あたしは学校からだけじゃなくて、国から直接指名される形で警備をやる事もあるんだけどハルトは……何ていうのかな。風紀委員て言えば分かりやすいか。3年前は国のお偉いさんが来てた関係で、風紀委員達が直接動く事は無かった。だから余計に恨まれてるのかな」
過去の事件で色々あった女と、転校してきていきなり事件に巻き込まれた女が一緒にいる。確かに風紀委員としては、注意深く見ておく対象であることは間違いない。
「でもあの様子だと、僕が問題を起こした側だと思われてそうです。今日もうわさ話とか聞こえてきましたけど、どうやら僕はアカリさんの舎弟っていう事にされてるみたいですね」
僕が巻き込まれた事件に関しては犯人や、装置の事等の詳細は一切語られていない。不運にも転校生が事故に巻き込まれてしまったという話しだった筈が、僕とアカリさんが一緒にいる所を目撃された事で転校生が装置を壊したという風になってしまっていた。
「なにそれ。ユウリに対してすごく失礼、っていうかあたしのせいか。ごめんね」
「全然アカリさんのせいじゃないですよ。っていうか皆アカリさんに対して失礼です。正義に代わって成敗してくれよう」
「ふふっ、何そのセリフ。なんかのアニメ?」
うっかりアカリさんが謝る流れにしてしまったので、僕は茶化してその話題を逸らそうとした。それを察してくれたのかアカリさんも違う話題を振ってくれる。
「そういえば魔法、何かすごい事したんだって?帰る時噂になってたよ」
「僕が魔法に失敗したこと、もうそんなに広められてるんですか?ネガティブな事は広まるのが早い……」
「え?失敗したの?何かすごい規模の魔法を使ったとか、とんでもない魔力だったとかって話しを聞いたんだけど」
「暴発した魔法が失敗でないなら何なんですか?」
魔法訓練室での事をアカリさんに話すと、アカリさんはなんだかよく分からないといった雰囲気だった。それはどうやら訓練室で用いた魔法が、あくまで訓練用のものであるため一般的な構造と違う事に由来しているらしい。
「例えば薬莢に火薬を詰めても、着火しなければ爆発しないでしょ?だから普通の魔法は式にトリガーになる為の魔力を込めるの。それだけ魔力の制御が複雑になるから、訓練用のは簡略化してるっぽいね。訓練室を使った事が無いから知らなかった」
訓練室も使わずに魔法を使いこなせる様になったというのは、やっぱりアカリさんにそういう才能があっての事だ。何にしても僕は大量の魔力のせいで、失敗した時に大事になる可能性が高いのでしっかり事前に調べておいた方が良さそうだ。
「それなら明日は魔法式の授業と、引き続き訓練室を使わせてもらおうかな」
「それが良いと思う。ねぇ、大分いい匂いがしてきたけど、もうそろそろ食べられるんじゃない?」
「そうですね。ご飯にしましょうか」
それからいつも通りアカリさんと一緒に御飯を食べて一緒にお風呂に入り、同じ布団で眠る。まるで本当の姉妹、というよりももはや夫婦かという程だ。
今までの異世界でも同性で仲の良い友達というのはいたけど、ここまで近い関係というのは初めてだ。全然嫌な気分が無いのは単に慣れてしまったからなのか、元男としての下心みたいなものが残っているからなのか。
翌朝は僕もアカリさんと同じ時間に起きて学校に行くことにした。寮に居てもすることが無いし、何となく学校に居た方が自習も捗るからだ。
ただ登校時間はどうしてもアカリさんが気にするので、ほんの少しだけ時間をずらすことにした。その間にうっかり確認を忘れていた端末を見ると、案の定エイミさんから連絡が来ていた。
「急ぎの用件じゃなくて良かったー……えっと、テストと検査は来週か。テストのレベルは高校以上、クリアすれば今後の普通科目は免除か」
卒業まで授業が免除されるというのはとても大きい。とりあえず今日のところは予定通りに動いて、明日からは普通科目の勉強を集中してやっていく事にしよう。




