魔法について
3年前の事件を聞いても、僕のアカリさんに対する気持ちは何一つ変わらなかった。というか、話しを聞く限りアカリさんに落ち度なんて何一つ無い。
むしろそんな役割をまだ学生であるアカリさんに押し付けた要人や、不甲斐ない国の護衛達が全部悪い。いや、一番悪いのは犯罪組織なんだけど、ともかくアカリさんは何も悪くない。
「だからユウリ、表ではあまりあたしと一緒にいない方が……」
「嫌です。だってアカリさん何も悪くないじゃないですか。弁明もせず他の人に冷たい態度を取ってるのだって、真実がバレない様にする為ですよね?国がそういう選択を取ったって、それが表に出るのが不味いから悪者を演じてるんですよね?」
「それは……そうだけど」
「真実を知らない人からの目は変えることが出来ないかもしれません。でも僕は真実を知ったんです。真実を知ってる人がアカリさんの側を離れてしまったら、誰もいなくなっちゃうじゃないですか」
僕はこんな理不尽を許せなかった。許せないけど、今の僕にはどうすることも出来ない。だからせめてもの反抗として、アカリさんには出来るだけ嫌な目にはあって欲しくない。
「でもユウリまで皆から白い目で見られちゃうよ」
「構いません。それぐらい大人の対応で軽く流してみせます」
「大人の対応って……ふふ、ありがと。やっぱりユウリは凄い大人だね」
「そうです。僕は大人なんです。だから……アカリさん……」
アカリさんも大人な僕を頼って下さい。そう言おうとしているのに、何故か呂律が回らなくなってきた。それどころか頭もふらふらしてきたし、急に目の前がチカチカと点滅し始める。
「ちょ、ユウリ!顔真っ赤だよ!急いでお風呂出よう!」
「ご迷惑をおかけしました……」
「いや、あたしもお風呂で長く話し過ぎた」
長風呂になった結果、僕はのぼせてしまいアカリさんに介抱してもらっていた。2人ともバスタオルを巻いただけの姿で、僕はベッドに横たわりうちわで扇がれている。自分のことを大人だと言っておきながら情けない限りだ。
「もう大丈夫です。ありがとうございます」
「一応もう一回お水飲んで来てね。こういう時はちゃんと水分を取らないとだよ」
落ち着いてきた所で僕は立ち上がりパジャマに着替え、言われた通りに水を飲んでくる。部屋に戻ってくるとアカリさんも着替えて布団に潜り込んでいた。僕は何の躊躇いも無く、アカリさんの待つ布団の中に入る。
「さっきの話なんですけど、真相を知ってる人は他にいないんですか?」
「アイ以外だと、校長と国の上の人達ぐらいかな。まぁその人達の指示で退学にされずに済んでるんだから、当たり前か」
捨て駒にしておきながら、その後のフォローも無ければ僕がこの学校を潰そうかと思っていたけど、どうやらその辺りは大丈夫そうだ。
「あとエイミさんは知らないと思うけど、何となく察してくれてる感じはあるかな。でもやっぱり巻き込めないから、この話しはあまり出さないでね」
「……分かりました」
別に協力者を求めるという訳でも無いけど、アカリさんが頼れる人物というのは少なそうだった。明日になったらもう少しこの事件について調べ、その辺りの事もある程度把握しておこう。そう考えながらいつの間にか、僕はアカリさんに抱きまくらにされながら寝てしまっていた。
翌朝、僕はいつもより少しだけ遅く起きた。今日の午前中は魔法の授業にだけ顔を出すつもりなので、登校は少し遅めでいい。アカリさんは普通に授業があるので先に起きて朝食を食べていた。僕が顔を洗ってから挨拶をして朝食を取る頃には、既に登校の準備を済ませている。
「それじゃあ、行ってきます」
「その前に1つだけ。昨日の話ですけど、外でアカリさんが冷たい態度をとっても、僕は態度を変えるつもりはありませんから」
「分かった。そこまで言うなら何も言わない。でもそのせいで嫌がらせとかされても、表立って助けたり出来ないからね」
「勿論です。というかそれで手を出したら余計アカリさんの悪評が広まっちゃうので、むしろ手を出さないでくださいね。では、いってらっしゃい」
アカリさんが出ていってから僕は学校に行く準備を先に済ませると、自分の端末を利用して3年前の事件について調べ始めた。やっぱりアカリさんが言っていた内容の事はいくら探しても出てこない。出てくるのは犯罪組織は速やかに排除されたという事や、件のアイさんの成果をまとめた記事ばかりだ。
別にアカリさんの事を疑うわけじゃないけど、出来れば別の視点からの事件というのを知りたかった。こういう時は大抵、当事者と周囲で意見が食い違っている事が多い。真実が隠されているから仕方無いとは言え、真実を伝えずに誤解を解く方法があるかもしれない。
「そう都合良くは行かないよね。でもこの事件、最終的にどうやって解決したんだろう?」
アカリさんは犯罪組織を全員ぶちのめしたとは言っていなかったし、増援が来たとも言っていない。という事はその場に居た人たちでどうにかしたんだと思うけど、要人の守りで手一杯だった戦力でどうやったのか。
それともアカリさんが強すぎて、時間が掛かりつつも戦力差をひっくり返してしまったのか。でもその辺りを語らなかったと言うことは、知られたくないか知られてはいけないかのどちらかだ。どっちにしても下手に深入りして迷惑を掛けてもいけないので、一旦調べるのを止めておく。
いつの間にか時間も迫っていたので僕は学校に行き、目的の教室で待機していた。一番うしろの空いていそうな席に座っていたけど、当然他の生徒が入ってきた時点で僕は目立ってしまう。昨日までは授業に居なかった人物であり、僕がアカリさんと一緒に居たという事を知っている人もいる。
「はい、授業を始めますよ……おっと、貴方はユウリさんですか?」
「はい。授業を見学したいのですがよろしいでしょうか?」
「話しは聞いていますので、どうぞお好きに。皆さんにも事情を話しておきましょうかね」
先生は初老で物腰の柔らかい男性といった感じの人だった。先生の説明はとても簡潔で、昨日までの出来事を要約しながら僕の事情を他の生徒に伝えてくれた。他の授業に顔を出す都度こんな説明があるというのも少し面倒だけど、こればかりは仕方がない。
生徒達も納得するしないに関係なく、学校が認めているということで僕の扱いに対して何かを口にする事は無い。というよりも、なるべく関わり合いたくないという雰囲気がひしひしと伝わってくる。僕としても今は下手に絡まれても面倒なので、少しだけ有り難かった。
午前中に受けたい授業はここだけだったので、午後までの時間が暇になってしまった。という事で僕は自習をするために早くから食堂の隅の席を確保し、お昼までの間に先程の授業の復習をしておく。
「魔法の基礎……魔力の運用……魔法式……雰囲気は分かるけど、やっぱり調べないと分かんないな」
授業に参加したとは言え、飛び込みで来た僕のために初歩から教えてくれるなんて事は無い。当然聞いたことも無い単語や理論の話ばかりが出てくるので、その場で理解する事は難しかった。なので僕は携帯端末で授業中に聞いた内容についてメモをとっておき、今こうして調べながらその内容を覚えていく。
「あー、魔法の基礎ってこれ……ちょっと難しい数学に近い感じかな?」
新しい物事を始める時に、経験した事のあるものに置き換えると覚えやすいと思う。僕はこの魔法について調べる中で、これは理数系の科目なんだろうなという結論に至った。
そう考えると理解が進みやすく、単語の意味を調べ魔法式にもある程度公式のような法則が存在すると分かった時点で、もう全て理解した気になった。そこから改めて授業の内容を思い出しながらメモの内容と見比べていく。
「相席良い?」
「どうぞ……ってもうそんな時間か」
いつの間にか時計は正午を回っていて、アカリさんが食事を持ってやってきた。アカリさんから僕の前に来るとは思っていなかったけど、多分この席はアカリさんの指定席な様なものなんだろう。
「じゃあ僕も食事を取ってきます」
周囲の視線と会話を完全に無視しつつも、当然僕たちの間に会話は無い。会話が無い事で少しだけ早く食べ終わった僕は再び自習を始め、アカリさんはゆっくり食事をしながらその様子を眺めているだけだった。自習に集中していた僕は、アカリさんが少し驚いた表情をしていたことには気付かなかった。
「ご馳走様。席空けるのでどうぞ」
「はい、どうも」
少し集中しすぎていて、アカリさんに対して生返事をしていた。そんな態度の僕にまたも周囲の人たちがざわついているけど、やはり僕は全く気付いていない。
それから何回かのチャイムが鳴り響いた所で自習を辞め、次に行こうと思っていた訓練室の時間が迫っている事に気付くことが出来た。当然食堂には僕以外誰も残っていなかった。
訓練室に行くとどうやらギリギリのタイミングだったらしく、多くの生徒が集まっていた。当然最後に入ってきた僕に対して注目が集まり、それが噂の人物という事で尚更注目度は高い。
「お、噂の人物が来たな。見学希望か?それとも、早速訓練してみるか?」
ここの先生はガタイの良い男の人だった。いかにも体育会系といった雰囲気で、ちょっと面倒くさそうだなと勝手に思ってしまった。
「訓練でお願いします」
「流石に度胸があるな。良いだろう、と言いたい所だがまずは見ていてくれ。最後にやり方を教えてやる」
それなら聞かずに最初からそうしてくれと言いたいけど黙っておく。ただ僕としてもああ言ったは良いけど、まず見学からという流れの方がやりやすくもあった。
他の生徒達は僕に見られながらでやりづらそうにしていたけど、そんなのは知ったことでは無い。他人に見られていたぐらいで出来なくなるなら、その程度の練度というだけだし参考にもならない。
「あの機械に魔法式が入っていて、そこに魔力を流してるのかな?」
こうして見ているとアカリさん、ではなく僕を助けてくれた女性が言っていた事が何となく分かった。僕を襲ったあの男は、間違いなく手練だったのだ。
あの男が僕を攻撃しようとした時、かなりはっきりとした魔法の気配があった。今見ている生徒たちからは微弱な気配しか無い。多分あの男がもっとすごい人物だったなら、その気配さえも隠していたかもしれないけど、それが可能かどうかは分からない。
「次はユウリがやって見ろ。やり方は分かるか?」
「魔力を流すんですよね?初めてやります」
「それなら初心者用に設定してやる。この状態だと勝手に機械が魔力を吸ってくれるから、それを感じ取って式に魔力を流す感覚を掴んでくれ」
魔力を吸われると聞いて少しだけ警戒する。でもこの機械にしろあの検査用の機械にしろ、魔力を吸うというのはよく用いられる手法らしい。あれが悪意ある事故だった事を考えれば、普通はそれ程危険性があるような仕組みでは無い筈だ。
僕は機械の前に立ってその上に手をかざす。機械が発光すると検査の時にも感じた、身体から魔力が抜かれていく感覚が襲った。直後に目の前には火の玉が浮かび、少ししてから消える。
「今の感覚を自分で操作出来る様になってくれ。コツは無い、というか人それぞれ感覚の掴み方は違う。自分に合ったやり方を自分で探してくれ」
そういう理由で魔法の使い方というものが、教科書等の資料に残されていないという事だ。今はこういう機械のおかげで感覚を簡単に掴めるけど、これが無かった時代の人々はさぞかし大変だったと思う。
でもおかげで魔力の操作は掴めた気がする。というか今回に関しては、今までの異世界で使っていた特殊能力や魔法を使う感覚とあまり変わらなかった。
となればこの世界での僕の役割もすぐに分かるだろう。魔力が多く、その制御も問題なく出来るならこの世界で出来る事は多いはずだ。




