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05




 ルーカスと共にパーティー会場に入ると、他の同級生の多くが既に会場に着いていて、歓談をしていた。

 学園長の挨拶が終わってあら、ルーカスも私も同級生に話しかけられるものの、長く話し込むことはなく挨拶程度で別れ、を繰り返す。


「ルーカス、私とばかりいないで他の人と一緒に話したりしてて良いんだからね?」

「何言ってるの、俺が着飾ったソフィー置いてどこかに行くなんてそれこそあり得ないでしょ」

 先程よりも密着し、エスコートをされる。

「えええ…」

「はあ…ソフィーはもっと自覚して……いや、そうなるように仕向けたのは俺だけどさ」

 ルーカスは少し不服そうにぶつぶつと呟きながら、給仕の人から飲み物を二つ受け取り、そのうちの一つを私に渡してくれた。

「そろそろ喉乾いてきたでしょ」

「ん、ありがとう」

 炭酸のきいた柑橘の味のする飲み物を飲みながら、同級生たちを見る。

 六年間、毎日顔を合わせてずっと一緒に学んできた人達と明日から会えなくなるというのは、知ってはいても実感はまだわかない。

 自分で思っていたよりも喉が渇いていたようで、小ぶりのグラスに入っていた飲み物をすぐに飲み干してしまった。

 私と同じく飲み物を飲み干したルーカスは、私の分のグラスももまとめて給仕に渡した。


 そして、私の手を取り。

「俺のお姫様、貴女と一番最初に踊る栄誉をいただけますか?」

 膝をついたルーカスに上目遣いでそう言われ、手の甲に唇を落とされる。

 もとより美しい美貌の男が正装をして、そんなお誘いをしてくるなんて。絵本に出てくる王子様が現実に出てきたかのような錯覚をしてしまう。

「……ハイ…」

 普通に返事をするのが恥ずかしくなり、少し視線を逸らしながら返事をする。

「嬉しい、ありがとう、ルフィー」

 キラキラとした王子様のような微笑みではなく、気を許した相手に向けるふにゃっとした笑い方。

 その笑みがいつも以上にきらめいて見えて、どきりとしてしまう。

 今まで授業とかの練習でもいつもペアを組んで踊ったことはあるのにルーカスの一挙一動全てにどきどきとしてしまう。


 それが何故かは、私はわかっている、のだと思う。


 でもそれを自覚しないようにと今までずっと気をつけていたはずなのに。



 ホールドを組み、ゆったりとした音楽に身を委ねる。

 

「ソフィーとこうやって踊るのも久しぶりだね。昔はよく二人で練習してたのにね」

「そうね、懐かしい」

 本当、懐かしい。

 色々あるにはあったけれども、何考えず二人でワイワイ楽しく過ごしたりしていた日々。

 あの頃のように無邪気に笑って過ごすには、今の私は色々なものに囚われ過ぎてしまっている。

「踊るっていえばさ、飛行訓練の時の、覚えてる?」

「ちょっと、それ今言うのなし!一刻も早く忘れて欲しいのに」

 いつも通りのくだらない会話をしながらルーカスのリードに身を任せるのは、とても楽しくすぐに時間が過ぎてしまった。

 一回目のダンスが終わり、離れようとする私の手をルーカスは離すことなく、もう一回踊ろう、と言ってきた。

「俺たちは婚約者なんだから、いいよね?」

 にこにこと笑い、私の手を離す様子がないルーカスを見、一息ついて諾と返す。


 ルーカスと共にいるのは、心休まり、楽しい時間である。それが気心知れているからというのもあるし、互いにどこまでなら踏み込んでいい、とうことも長い付き合いでなんとなくわかっているからだ。

 ーーそんなぬるま湯のような関係は、いつか崩れるのではないか。

 そう思うようになったのと、私がルーカスに特別な想いを抱くようになったのは、同じような時期だった気がする。


「ソフィー、何を考えているの」

「え、あ…なにも考えてない、よ」


 私の咄嗟の返事にルーカスは納得していない顔をした。

 それはそうだろう、ルーカスと自分の関係について考えていたのだから。そんなこと、ルーカスに言えるはずもないけれど。



「俺と踊ってる時くらい、俺のこと考えててよ」


 ーー考えてる。


「俺はいつもソフィーのことだけなのに」


 ーー私も、と言える日は来るのだろうか。


 何も返事をしない私に痺れを切らしたのか、少し傷ついたような顔をしたルーカスは、曲が終わったらそのまま私の手を取り、中庭へと連れて行った。

 中庭にも人はたくさんいたが、ルーカスはずんずんと奥に進んでいく。手を離して欲しいと伝えても返ってくる言葉は無く、強く手を握られるだけだった。


 周りに人がいないところまで連れて行かれた瞬間、今までにないくらいつよくつよく抱きしめられた。

 ソフィー、ソフィー、と苦しげに名前を呼ばれる。


「ソフィー、俺はソフィーとずっと一緒にいたいよ。きみはずっと俺にとって眩しい存在だった」


 ぎゅ、と私の存在を確かめるかのように抱きしめられてルーカスの温かさに包まれる。

 パーティー会場の音楽が遠くに聞こえる。

「きみのおかげで膨大な魔力を得たけど、だから大切なわけではないんだ」

 すり、と頭に顔を寄せられる。

「その前から、ずっと。先生にいわれてきみが俺とペアを組む前から、俺はずっときみを見ていた。…きみは知らなかっただろうけど」

 顎に手を置かれ、上を向かされる。

 至近距離にある、エメラルドグリーンの瞳と見つめ合う。

 月の光のせいか、いつもよりその瞳が煌めいて見えた。



「愛してるよ、ソフィー」



 知ってるよ、と口にする前に、唇を塞がれた。

 ちゅ、ちゅ、と軽く触れた後に舌で口を開けさせられ、深く口付けられる。

 舌を絡められ、吸われていると、ぞくぞくぞく、となんとも言えない快感が背筋を駆け上がる。

 唇を離したくて両手でルーカスの胸を押すも、びくともしないどころか、より強く抱きしめられ、激しく口づけをされる。

 どうしようもなくなり、私もルーカスを抱きしめる。


「ーーーふ、んぅ」

「は、かわい…もっとその顔、見せて…」


 口の端から私のものかルーカスのものか分からない涎がこぼれる。

 露わになっている首筋を指で撫でられ、舌を吸われ。

 きつく閉じていた目を開くと、ルーカスの、肉食獣のように獰猛な、それでいて美しい瞳が見えた。


 口を離したのが先か、私の腰がくだけたのが先か。


「今日はここまでにしておいてあげる。また、ね?」


 立っていられなくなった私を支えながら、ルーカスに耳元で囁かれた。

 ルーカスの顔を見上げると、口の端を上げ、満足そうに笑っていた。



 ーーその表情にどうしようもなく色気を感じてしまった。

 それと同時に、初めてルーカスのことを欲しいと思った瞬間だった。

 どうしようもなく、目の前の男が欲しい。

 それしか考えられないくらいに。目の前の男を自分のものにしたい。


 

 多分その時の私は、肉食獣のように目の前の獲物を狙おうとする強い衝動に駆られていたのではないかと思う。

 ただ、それの衝動はパーティーの音楽が再び聞こえ、意識がはっきりするまでの短い間のことだったので、ルーカスに気づかれることはなかったと思いたい。


「ソフィー、帰ろうか」

 そろそろお開きみたいだ、と言われ室内を見ると、確かに人が少なくなってきている。

「そうね」


 今日私が子爵家に戻ることをルーカスは知ってるし、ルーカス自身も今日は侯爵家に戻るはずだ。

 ただ、明日から私が彼の前から姿を消すことを、ルーカスだけは知らない。


「うちの馬車で送るよ」


 その提案に、頷きそうになるのを堪え、答える。


「今日は朝から疲れてしまったから、大丈夫よ」


 そう、と室内を見ながら答えるルーカスの瞳が室内の光でキラキラしていて、その瞳に魅入られてしまいそうになる。

 これ以上一緒にいたら、離れたくなくなってしまう。

 目の前の美しい男を独り占めしたくなってしまう。


「馬車まで送るよ」

 差し出された手を取り、今日は疲れたね、なんてくだらないことを話しながら二人で歩く。いつもより短く感じる感じる時間に、焦燥感が募る。

 けれども、彼から逃げようとしている私が、彼になんて言葉をかければ良いというのだろう。

 馬車までの道は、確かに今まで六年通ってきた学園の、いつも一緒にいたルーカスと歩いた道だったのに、いつもと全然違っていた。


 馬車に乗った私に、ルーカスはいつものように甘く微笑み、いつものように優しく話しかける。

「じゃあ、また連絡するからね。せっかく卒業したし、魔法省に入省するまでにどこか行こう」

 うん、とは言えず無言で頷く。

「休みの間、婚約について進めるのも良いかもね」

 また、無言で頷く。

「連絡するから待っててね」

「……うん」

「じゃあ、おやすみ。またね」

「うん、おやすみ。………またね」


 優しく微笑まれ、ばいばい、と手を振られる。

 馬車が発進し、窓越しに手を振りかえしながら、ルーカスを目に焼き付けるように、見つめた。

 徐々に遠くなり、やがて見えなくなってもずっと、ずっと。




 それが、私とルーカスの別れだった。






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