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(閑話3)ヒロインと、学園生活の回想③

 それから2年の月日が流れた。その間に、学園の女生徒の間で二つの派閥が出来てしまっていた。

 一つはミリーナ様率いる伯爵令嬢以上をまとめた勢力、もう一つは子爵以下平民を含めた反貴族勢力。その勢力をまとめる筆頭は、私だった。

 その間に変わったことといえば、リカルド様とミリーナ様の関係が見るからに冷え込んでしまったことだ。公式の舞踏会ではパートナーでいるけれど、私的な場面ではリカルド様は私をパートナーに選んでくださっていた。2年前、二人で踊ってから距離は縮んだ。今では秘密裏の恋人として傍にいる。


 あれから、私は今までミリーナ様にされたことを日記を読んで振り返った。当時は悔しくて悲しくてたまらなかったことも、今思えばこの苛めがあったからこそ無作法な私がある程度の淑女としてリカルド様の傍にいられる。とても分かりにくいけれど、もしかしてミラーナ様なりの激励だったのかもしれない。

 そう思ってから、私はミリーナ様の発言をかみ砕いて理解しようと努力した。卑劣に見えて実は泥水、泥団子など泥関連しか攻撃されていない事実に、実はミリーナ様の苛めボキャブラリーって少ないんじゃないかしらと思える。無理してるのかな、と思って私はミリーナ様を「嬢」から「様」と表裏両方で使うほどミリーナ様が好きになった。向こうからしたら、私はリカルド様を掠め取る泥棒猫だろうけど。


 ある日、リカルド様に近づく私に嫉妬した女子が階段から私を突き落した事件があった。目の前にはミリーナ様。下手したら、その女子はミリーナ様に罪を押し付けて逃げられるかもしれない。落とされるわけにはいかないと思ったけれど、重力に逆らえず私の身体は落ちていく。

 目を閉じて衝撃に耐えようとしたら、柔らかい感触に当たった。鼻から甘い良い匂いがした。今はやりの香水だろうか。


「貴女、私に伺いも立てずこんなことしていいと思っていらっしゃる?」


 私の頭上から、ミラーナ様の声がした。おそるおそる自分の足で立ち上がると、ミラーナ様が左腕で私を支え、右手で階段の手すりを掴んでいた。うわ、ミラーナ様素敵、カッコいい。

 ミラーナ様の問いに答える声はないので、多分逃げてしまったのだろう。


「ミ…ミラーナ様有難うございました」

「何が下流貴族の期待の星、悪役令嬢ミラーナ・バルテスの対抗馬なのかしらね。こんな隙だらけで私に対抗しようなどと高笑いが止まりませんわ」


 そういうと、ミラーナ様は私から離れ上へあがっていく。

 あれ、それだけ?いつもなら扇を開いて高笑いをするのに。振り返ってみると、ミラーナ様の右腕が不用意に垂れ下がっている。いつもなら楽な姿勢でさえ隙がないのに。

 私を支えた時、もしかして右手を痛めてしまったのでは。


「ミラーナ様っ」


 もし私のせいで怪我をしてしまったなら申し訳が立たない。その時の私はとても焦っていて、つい足がもつれてそのまま階段に躓いてしまった。階段から落とされるよりましだけど、痛いものは痛い。追いかけたくても痛みに少しうずくまっていると、周りに人が増えてきた。情けないなぁ私。

 うずくまっているのが私だと知って、周りがざわめく。恥ずかしながら説明しようと顔を上げたその時、一人の女生徒の声が響き渡った。


「私見ました、ミラーナ様がリーシャ様を突き落したところを!」


 この子は何を言っているの?

 突拍子もない話と打ち付けた痛みで声が出ず、思わず睨みつける。大体突き落したなら、正反対に倒れているはず。こんな、上っている途中に躓かないとありえない体勢になるはずがない。


「ちがっ、ミリーナ様は私を助けて……そう、助けてくださって右腕にけがを」


 そう、突き落した犯人が怪我をするはずがない。私のせいで、他の誰かがミリーナ様を侮辱するのは嫌だった。ああそうだ、ミリーナ様が一人で私を苛めるのはそういうことだったのだ。ライバルと思うからこそ、他者に水を差されたくない。だから、判って。


「ああ、おかわいそうなリーシャ様。そして、落とされる寸前に抵抗されて怪我をした自業自得の悪役令嬢を庇うなんてお優しいわ」

「違います!私は自分でっ」


「まぁなんてけなげでお優しい」

「聖母のような心を持ったリーシャ様」

「リーシャ様こそリカルド様にふさわしい」


 誤った情報が口々に伝播していく。

 違う、違うんです、みんな私の話を聞いてください。お願いだから。

 言いたくても声が出なかった。声を出して叫んでも、各々の雑音にかき消される。


「今こそ、殿下にあの悪役令嬢の罪状を訴えましょう?」


 私の目の前でだけで、嘘をついた自称目撃者は、口元をゆるりと上げた。






 


 日に日に、ミラーナ様を弾劾する声が高まっていく。それにつれて、私の評価がうなぎ上りになる。最近では聖母だの聖女だの、国を守るために現れたなどと勝手なことを言われて耐えられなくて、私は実家へ馬車を走らせた。

 私一人が何を言っても「悪役令嬢を庇う、やさしいリーシャ様」と言われてしまう。今の救いは、リカルド様がちゃんとわかってくれていることだけ。誰かに突き落されて、私を受け止めて右腕を負傷した。けれど私は足をもつれさせて転んでしまった。そこを付け込まれてしまった。そう伝えると、リカルド様もミラーナ様が大惨事になるような怪我をさせるなんて出来ないと理解してくださっていた。そんなことをしてしまうと今のように悪評が付きまとうし、侯爵令嬢としてのプライドが許さないだろうと。

 けれど、リカルド様が周りに言ったとしても、今の私と同様「お優しい殿下」で終わってしまうから言えない、と伝えられた。

 不思議なことに、ミラーナ様はその噂を打ち消そうとはしなかった。私たちのように言っても無駄なのかもしれないけれど、逆に「これで小娘が懲りたかしら?」と取り巻きと共に高笑いをしているらしい。


 そうこう考えているうちに、実家らしき家に着いた。らしき、と思うのは以前帰宅した時より邸宅が拡張しているから。たかが子爵なのにこんな大きかったかしら。

 それでも出迎える執事や侍女たちはエンリュ家に勤める者たちで、少しほっとした。なんだか衣装が新しくなってキラキラしてる気がするんだけど、いいのよ、ね?


「おかえりなさいませお嬢様」


 令嬢の帰宅なのに、どこかよそよそしい雰囲気に首をかしげつつ私は中に入る。家中がどこか忙しそうにしているので、来客か会食があるんだろうか。子爵なのに。そう思っていると、先ほど閉じたばかりの玄関の扉が大きく開かれた。


「バルテス侯爵がお越しになられました!」


 バルテス侯爵。ミラーナ様のお父上で現宰相の来訪に、私は急いで端に寄った。スカートのすそを軽くつまみ、頭を下げる。しばらくすると、目の前に影が出来た。無言の圧力がすさまじい。何か声をかけたくても、下流貴族は上流貴族の声掛けなしには何も話せない。

 私が内心焦っていると、やがて楽しげに大声で笑われてしまった。


「なるほどなるほど、子爵令嬢は礼儀をわきまえていると見える。顔を上げてよいぞ」


 許可をもらい顔を上げると、バルテス侯爵は威厳のある顔に満面の笑みを浮かべてから、私に軽く片目を閉じてみせた。一国の宰相様なのに、お茶目で可愛い。そのしぐさに、まれに見かけるミラーナ様の素が重なって見えた。ミラーナ様は、リカルド様の前だとお茶目に見える。素を見せ合える気さくな関係なのかと思ったけれど、どうも姉弟にしか見えなくなってきた今日この頃。


「あっ、おっ、お初にお目にかかります。エンリュ子爵の娘でリーシャと申します」

「ああ、よく知っている。うちの娘と真正面から第二王子を取り合っているんだってな?」

「えっ、いえ、は、はい!ですが、これは私とミラーナ様の戦いなのです。どうぞ、宰相様におかれましては、口出し無用でお願い申し上げます!」


 無礼で手打ち、最悪我が家などバルテス侯爵にとっては簡単に潰せる家柄。不敬罪と言われようとも、ここは引けなかった。

 しかし、激怒されると思いきや、バルテス侯爵は一瞬目を丸くした後、顔を私から逸らして爆笑された。そう、文字通り爆笑。時々笑いすぎて「ひぃー」と息継ぎすら聞こえる。


「いや、すまん。なるほど、ミラーナもいい娘を選んだものだな。これからも頑張って殿下の寵愛を得てくれ」


 はい?

 目の前にいるのは、確かにリカルド様の現婚約者であるミラーナ様のお父上のはず。それが、爆笑した挙句娘から婚約者の座を奪えだなんて。

 どう言葉を捕らえていいかわからず首をかしげていると、私の父がおっとりと現れた。


「ようこそお越しくださいました宰相閣下」

「ああ、そう堅苦しく呼ばなくていいぞ。じきに没落してお役御免になるからな」


 没落してお役御免、という物騒な言葉を笑いながら発言されるバルテス侯爵。


「しかし」

「だがしかし、儂も貴殿に投資した甲斐があった。最初ミラーナから言われたときは半信半疑だったが、こんなに美しく威厳をもった娘さんに成長するなんてな。今ではミラーナの悪評も広がり、リーシャ嬢の聖母のごとき慈愛はあまねく学園を照らすなどと言われているではないか」

「ですが」

「これで念願の、クソ国王に辞職届叩きつけて田舎に引っ込めるわい。 ああ、アーネスト殿、約束の貴殿の地方の土地譲渡の件、忘れておらんだろうな?」

「ほ、本当にあのような土地でよろしいので?」


 我が家のような子爵が持てるような土地など、侯爵が持つ土地と比べたら規模が違いすぎる。それに、城から1か月はかかりそうな遠地にあるのに、こんなに有難がるなんてよほど国王陛下から離れたいのだろうか。それに、クソ国王だなんて口がお悪うございます。


「うむ、下調べはついておる。めぼしい産業がいくつもあるんだが、どれから手を付けようか今から楽しみでならんわい」

「あ、あの、宰相様は私の事を不躾なものとは」


 恐る恐る聞くと、バルテス侯爵はにやりと笑われた。


「ああ、あのクソガキを押し付けてすまんとは思っておるぞ?」


 え……えええええっ?!

 私は心の中で突込みを入れる。この会話を要約すると、ミラーナ様はこの婚約を嫌がっていた。宰相様は宰相職を返上したかった。そこで、リカルド様に近づく私を見つけ、ミラーナ様はいじめという名の躾けを、宰相様は資金的に援助をして、新たなる次期王弟妃がねにしようとした、という事。しつけはどう見ても苛めにしかみえないから、ミラーナ様は学園を追われる。そしてそれに加担したと宰相様も地位を追われる。

 なんだか、羽が生えたように高笑いをしながら地方へ向かうバルテス一家が目に浮かんだ。

まだ続きますが、ひとまずここまで投稿。

バルテス一家の計画的没落計画に巻き込まれた不憫なヒロイン一家です。

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