気づく想い
「あ、あのう……大丈夫ですか?」
ヤモリは恐る恐る女に声をかけた。女は急に話しかけられてかビクッと肩を震わせ、ヤモリを怯えた表情で見上げていた。
「……?」
「ああ、えっと、なんだか泣いているのを放っておけなくて。どうしたんですか?さっきの男の人と何かありましたか?」
ヤモリの問いかけに女は再び泣き始めた。
「話せば楽になる事もありますよ。」
ヤモリはそう優しく声かけをした。
女は客がまったくいない喫茶店という空間のおかげかヤモリが話しかけてきたこともおかしいとは思わずに小さな声で話し始めた。
「実は……さっきの人とは小学校、中学校が同じでした。高梅山分校に通っていたときから仲が良くていつも話していました。そのうちにこいつ、私の事好きなんだろうって思い始めて……でも、私はその時、男に興味がなくて……いや、理想が高かったんです。」
女はそこで一回言葉を切った。
「なるほど……女の子なら一度は抱く男性像……ですか。」
「はい。それでこんなやつ、私には不釣り合いだって勝手に思ってて……今考えると恥ずかしいんですけど……。でも……大きくなって社会に出たら途端に出会いが少なくなって、寂しくなったんですけど、私にはあの人がいるから問題ないやとか思って……私には不釣り合いだとか言っておきながらです……。最悪ですよね。私。」
「……告白はしていなかったんですか?」
「していませんでした。彼が私の事を好きだとわかっていたから、いつでも付き合えるって思っていました。彼よりもいい男が現れるってずっと思っていてまだ彼とは付き合わなくていいって偉そうに考えていました。いい人がいなかったら彼と付き合えばいいやって……。」
女は暗い瞳でヤモリを見ていた。
「あの……あなたはさっきの人の事が本当に好きだったんですか?」
「はい。今は好きです。最近、ずっとあの人の事を考えてしまうの。毎日。」
女はヤモリにそう答え、窓の外をぼんやりと眺めた。
「でも、もう友達としか想えないって言ってた所から脈はないですね。」
ヤモリの言葉に女は小さく頷いた。しばらく女は黙り込んでしまった。
ふと気が付くとイナとイドさんが目の前にいた。イナは心配そうに女を見ていたがイドさんは複雑な表情を向けていた。
「……うーん。なんかこう……僕としては男を軽く見ている感じがしてなんだかいやですね……。でも、まあ……女性にはそういう気持ちになる事があるんでしょうか?」
「私にはわかんないよ。恋愛の神でもあるんだけど……。」
イドさんの言葉にイナは首を傾げた。
「ああ、イナちゃんにはまだ早い話ですよ。まあ、イナちゃんが大きくなるかはわかりませんが……。」
イドさんは再びイナを撫で始めた。
イドさんとイナが会話をしている時、女が再び口を開いた。
「……なんだか見えないところで満足していたみたい。付き合ってほしいって言う前からもう付き合っている感覚でした。向こうはとっくに冷めていたっていうのに。」
女は寂しそうに冷たくなってしまった紅茶を口に含んだ。
その一言を聞いたイドさんは真剣な面持ちでヤモリを見つめた。
「あの、ちょっと僕の話、聞いてもらえますか?」
「なんで今ここで君の話を聞かないといけないの?まあ、いいけど。」
イドさんの言葉にヤモリは小声で言うと軽く頷き、とりあえず聞く態勢になった。
「地味子とイナちゃん……今から僕が言う事はここだけにしてすぐに忘れてください。……僕には娘がいるのですが少しわけありなんです。
元々、僕は昔、凶悪な龍神でした。
今は違いますけど、僕は人を沢山殺した。その凶悪の龍神だった僕に娘ができて、最初はうれしかったんですけどしばらくして僕の汚名を引き継いで信仰されることになると気が付きました。
だから僕は彼女のためを思い、彼女とは別神になり、関わらないようにしました。彼女が生まれたばかりの頃です。……僕は物心ついていない彼女を知り合いに預けました。そして僕は彼女との縁を切った。
彼女が困っているときはこっそりばれないように手助けはしましたが僕はそれで満足していました。これは彼女のためで僕は彼女を全力で守っていると。」
イドさんのいきなりの話にヤモリもイナもよくわからずに首をかしげていた。
「ですが、僕の気持ちとは裏腹に彼女は僕を探していました。
娘は父親である僕に甘えたかったみたいだったのですが僕は彼女のためを思い、娘の前で他人を演じていました。
彼女は寂しがっていました。壊れそうになる娘を見ながら僕はこのまま関わらない方が娘のためだと言い聞かせていました。
……でもそれは違いました。本当は僕が父親であることを明確にして娘を守ってやればそれでよかったんです。」
「切ない話だけど……何が言いたいのかわからないよ。」
イドさんの話に心を痛めつつ、ヤモリはイドさんに小さくつぶやいた。
「ですから……ええと、僕は自己満足の世界をずっと回っていたんです。思い込みって怖いですね。……地味子、彼女に言ってほしいことはここで気づけて良かったという事です。ずっとズルズル続いていたらとてもむなしい気持ちになっていましたよ。」
「……なるほど……私にそう慰めてって事?」
「はい。」
ヤモリの言葉にイドさんは素直に返事をした。
「いきなり偉そうって思われないかな……。」
ヤモリは小さくそうつぶやくと女に向き直って声をかけた。