気づく想い
「あれ?どうも。地味子ではないですか?お久ぶりですねぇ!」
「君は……龍雷水天神だったよね……。な、なんでここにいるのかな……。地味子じゃないし。」
ヤモリは動揺しながら男に質問をした。
「ああ、僕はちょっと外が寒かったからここで暖まっているだけですよ。どうせ人に見えませんから室内で立っていても誰も見向きもしませんし。」
「そ、そう……。でもそういう事を聞きたかったわけじゃなくてね……。」
ヤモリが面倒くさそうに男を見た時、男は素早く隣の椅子を引き寄せ、ヤモリとイナのテーブルに遠慮なく入り込んできた。
「お兄さん、誰?」
イナは首をかしげたまま、ほほ笑んでいる男に声をかけた。
「ああ。僕は龍雷水天神。地味子と同じ龍神ですよ。ええ、龍神ですが井戸の神とも言われていましてイドさんなんて愛称で呼ばれていますよ。だからイドさんでいいですからね。」
男、イドさんは丁寧に答えた。
「イドさんでいいの?あ、私はイナ。せっかくだから一緒にお話しようよ。」
イナが嬉しそうな顔でイドさんに挨拶を返した。
「いいですよ。」
イドさんはイナの頭をそっと撫でながら嬉々とした表情を浮かべていた。
ヤモリはイドさんとイナを眺めながらため息交じりに声を上げた。
「それはいいけど……イドさん、君はなんでこんな田舎にきたの?」
「ええ、それはですね。ダムを見に来たんですよ。」
「なんでダムを?」
「ダムって水を貯めるじゃないですか。もうほとんどなくなってしまった井戸となんだか似通っているような気がしまして。」
イドさんはイナをほくほく顔で撫でながらヤモリに答えた。
「井戸とダムを一緒に考えてたの?規模が違うでしょ!規模が!」
「まあ、そうなんですけど……最近、ダムの神とか言われるもので。ああ、イナちゃんはかわいいですねぇ。女の子はかわいいなあ。これくらいの女の子はやっぱりかわいいですねぇ。」
イドさんはイナの頭を嬉しそうな表情で優しく撫で続けていた。
「ダムの神って……ダムにまで神がいるわけ?それから君、なんだか変態っぽいんだけど。」
ヤモリの言葉にイドさんは咳払いをし、イナを撫でる手を引っ込めた。
「い、いや……別に変質者を意識して言ったわけではありません。……僕の娘と外見が同じくらいでしたので……ちょっとかわいいなって……つい……。」
イドさんは後半言葉を濁して小さな声でつぶやいた。
「え?何?聞こえなかったからもう一回言ってくれる?」
「な、なんでもありませんよ。あ、それより、この席の隣にいる男女グループの会話をちょっと聞いてください。」
イドさんは自分の後ろにあるボックス席に座っている二十代後半くらいの男女二人組を指差した。
「まったく知らない人なのに盗み聞きしちゃダメでしょ。」
ヤモリがため息をついてふとイナを見た。イナはもうすでに隣の席の男女の話に耳を傾けていた。
「コラ、イナ。」
「何話しているのか気になるよ。ちょっとだけ聞いていい?」
イナに問われたヤモリは別に人に見えるわけではないからいいかとも思い、少しだけならいいとイナに伝えた。
男女はどうやら昔からの付き合いがあるようだった。
「久しぶりに会ったけどさ、どう?最近。分校の時からあまり変わってないね。」
男が女に笑顔を向けて言葉を発した。
「んー。そうかな。最近は結構楽しいよ。だけど、そろそろ恋がしたいなあって思ってさ。」
女の方はどこか楽しそうに答えた。
「え?ずっと彼氏いらないって言ってたじゃないか。」
「う、うん。でもね、今はほしいって思うの。」
女は少し恥じらいながら男をちらりと見た。
男の方は別に何とも思っていないらしくミルクティーを口に含みながら
「ふーん。」
と一言言ったのみだった。
「ねえ、私と付き合ってよ。」
女は単刀直入にそう言った。
「え?そりゃあ無理だな。」
「なんで?昔、私の事好きだったんじゃないの?」
「好きだったけど今は何でも話せる友達って感じなんだ。ごめん。……それから俺、今彼女いるし。」
男の発言で女の顔色が変わった。先程の楽しそうな感じとは変わり、どこか切ないような寂しいようなそんな顔つきになった。
「そ、そうなんだ。」
女は無理やり笑い、場をごまかしていた。
その時、男のスマホが鳴った。
「あ、電話だ。会社からか?ちょっとごめん。」
男は慌ててスマホを取った。スマホから聞こえる声と男が会話を始めた。
「え?はい。……そうですか。はい。わかりました。いますぐ向かいます。はい。大丈夫です。いまからですと一時間くらいかかると思います。はい。」
男は緊張した面持ちで電話を切った後、女をそっと見つめた。
「何?」
「ああ、ごめん。今から会社行く事になった。どうする?一緒に帰る?」
「もうちょっとここにいる。」
男の問いかけに女は目を伏せて答えた。
「そっか。悪いな。じゃあ、お金ここに置いておくから。」
男はテーブルに自分だけではなく女が注文した分の代金も置くと足早に喫茶店を出て行った。
女は一人取り残され、テーブルに丁寧に置かれたお金をしばらく見つめていたが、やがて顔が歪み目から涙が零れはじめた。
「彼女がいるって……そんな事一言も聞いてなかった……。」
女はそうつぶやくとテーブルに顔を押し付け静かに泣きはじめた。
「あー……なんていうか……聞かなかった方が良かった感じ?」
イナが複雑な表情をイドさんとヤモリに向けた。
「楽しそうに話していたのでてっきりカップルかと思ってましたが……なんだかすみません。」
イドさんも複雑な表情をしていた。
「でもまあ、あの男の方はけっこう優しくていい感じの男の人だったね。」
ヤモリは小さい声でイナとイドさんにささやきながら女の前に置かれたお金を見ていた。
「ヤモリ、なんだかかわいそうだからあの人、慰めてあげて!」
「えー、そっとしておいた方がいいって。すみませーん。注文お願いします。」
切なげにこちらを見ているイナに一言言ってからヤモリはおばあさんを呼んだ。
「はいはい。」
おばあさんはすぐにやってきた。
「えーと、チーズケーキと……アールグレイ……それから……アイスミルクと……。」
「僕はマロンパフェでお願いします。」
すかさず入ったイドさんの注文に眉をひそめながらヤモリはパフェも追加で注文した。
「はいはい。ありがとうね。しかし、いっぱい食べるのねぇ……。」
「え……ま、まあ、大食いなんで。」
ヤモリはおばあさんに冷や汗をかきながら答え、イドさんをキッと睨んだ。
「あ、えーと……ごめんなさい。」
イドさんはヤモリの顔が怖かったのか素直にあやまった。
おばあさんはにこやかにほほ笑むとまた奥の方へと去っていった。
「ヤモリ、やっぱり慰めてあげてよ。なんかかわいそう。このまま塞ぎこんじゃうかもしれないよ。ねえ、ヤモリ。」
イナはずっと女の事を心配していた。あまりに心配しているのでヤモリの方が折れた。
「……わ、わかったよ。わかったから。慰めに行けばいいの?」
「というか、お話聞いてあげてよ。」
「話?」
ヤモリは頭を抱えるとため息をついた。
「ねえ、ヤモリ!」
「わ、わかったから。話かけにいくから。」
イナが駄々をこね始めたので慌てて席を立ち、泣いている女に声をかけた。




