七夕の紡ぎ
「ど、どうでしたか?」
ヤモリは固唾を飲みながら男の言葉を待っていた。男は震える手でヤモリにおみくじを渡してきた。
「だ、大吉……。」
ヤモリは小さくつぶやいた。ヤモリは再び男に目線を戻す。男の顔は強張っていた。
「な、内容が……は、花火大会で落ちてしまった信頼を取り戻せるでしょう。あ、焦ってはいけません。って……。」
男は動揺しながらヤモリとおみくじを交互に見ていた。
「大吉か。凄いな。」
一緒に並んでいた運命神は嬉しそうに微笑んだ。
「花火大会!」
隣にいたイナは焼きトウモロコシと水あめを交互に食べながら興奮した瞳でヤモリを見ていた。神社内はもうだいぶん暗くなってきており、ちょうちんにあかりが灯りはじめた。
「花火も見て行くか。」
男は少し元気を取り戻し、花火を見てから帰る事にしたようだ。
「あ、私も見ます。」
「……なんか色々ごめんな。今日はありがとう。俺なんかに構って一日潰しちゃっただろ?何か食べるか?この屋台のものならなんでも買ってあげるよ。」
「ほんと!」
男に向かい声を発したのはヤモリではなく、イナだった。しかし、イナの声は男に届いていない。
「あ、ありがとうございます。」
ヤモリは騒がしいイナを一度止めるとお礼を言った。
「私、やきそばとチョコバナナと枝豆食べたい!あとリンゴジュース!」
イナが食べたいもののリクエストを出してきたのでヤモリは悪いなと思いつつ、そのまま伝えた。
「いいよ!しかし、よく食べるな。女の子なのに。わかった!買ってあげる。じゃあ、買ってから花火見れそうな所を探すか。」
男は微笑むとヤモリを促して神社の階段を降りはじめ、イナは隣で幸せそうな顔でスキップしていた。運命神も興味本位か何故かついてきた。
やきそばとチョコバナナと枝豆とリンゴジュースを屋台をまわり一つ一つ男は買ってヤモリに笑顔で渡していた。ヤモリははにかみながらそれらを受け取る。その様子を一人の女性がじっと見つめていた。
……あの人、あんなに優しい顔ができる人だったんだ……。
ふと運命神の頭に女性の声が響いた。
「……ん?なんだ?……まあ……いいか。」
運命神はあたりをキョロキョロ見回すと首をかしげ、さっさと歩いていくヤモリを追った。
海岸で行われる花火大会の良い席はもう皆陣取っていたので浜辺から少し離れた道路寄りのコンクリートブロックのあたりにヤモリ達は腰を下ろした。
「あれ?君、食べ物は?」
男はヤモリに渡したはずの食べ物がいつの間にかヤモリの手に無い事に気がついた。
「え?あ、もう食べちゃいました。」
「……い、いつ!?」
男が驚いている横でイナが幸せそうな顔をしながらやきそばとチョコバナナと枝豆とリンゴジュースを頬張っていた。ちょこちょこ運命神がつまみ食いをしている。
人に見えない神々が物を持つとその物も見えなくなってしまう。ヤモリは食べてしまったと言ったが本当は見えなくなっただけである。
「あ、あの……。」
「ん?」
後ろから突然声がかかった。男とヤモリ達は同時に後ろを振り向いた。後ろに立っていたのはきれいな女性だった。
「……っ。た!高橋さん……。」
男は不安げに立つ女性を困惑した表情で見つめた。
「げっ、例の女の人だよ。」
イナはヤモリの横でそっとつぶやいた。運命神は枝豆を食べながら男と女の会話を聞いている。花火が上がり始め、歓声が一気に沸き上がっていた。
「あの、さっきは酷い事言ってしまってごめんなさい。」
「……いえ。当然の反応です。俺は高橋さんにひどい事をしましたから。」
男は泣きそうな顔を女に向けていた。
「三鷹君……今なら聞ける気がしますので聞きますね。なんで私にあんな事を……。」
「……あ、あなたの事が好きだったから……です。はじめは振り向いてほしくてちょっかいを出していました。あなたと話せるきっかけができてちょっと浮かれていたんです。
そうしたら俺の友達があなたをいじめだして俺はあなたを好きだという事を悟られたくなかったからあなたをいじめていました。
小学生の浅はかな考えです。あなたが首をつったって聞いた時、俺……もう……どうしたらいいか……。」
男はそこから言葉を紡ぐ事ができず大粒の涙をこぼしながら泣き始めた。
「……そうだったのね。」
女はそうつぶやくと男の横に腰かけた。花火は大輪の花を咲かせ、美しく散っていく。
「ごめんなさい……。高橋さん……。俺……。」
男は高梅山分校にいた時に心が戻っていた。錆びついて止まっていた過去がここに戻って来た事で動き出していた。
「……あの時……堂々と私に告白してくれれば良かったのに。でもわかるよ。小学生くらいの男の子って単純な子が多いから。」
女はすっきりした顔で微笑んだ。
「高橋さん。俺は今でも高橋さんの事が好きだ。俺はもう大人だからあんな馬鹿な事はしない。堂々と言う。俺は高橋さんの事が好きだ。」
男はその場の雰囲気につられたか勇気が出たようだ。そのままストレートに小学生時期から会ってない女に告白をした。
「ふふっ……。今、彼氏いないけどちょっとまだ付き合うのは早いんじゃない?私達、小学生の時で止まっているのよ。それに私はあなたにいじめられた記憶しかない。あなたの良い所をもっと見たい。まずは友達からでもいい?」
「ご、ごめん。そうだよな。俺、頑張るから!高橋さんに振り向いてもらえるように頑張る!」
男は真剣な表情で女を見つめた。
「ふう。もうとっくに高橋さん振り向いているのにね。」
イナがチョコバナナを食べ終わり、ふうとため息をついた。
「声に出さなきゃ人間には通じないんだよ。行動で知ってもらいたいならかなりの努力がいるがそれに気がついてもらえた時の信頼は非常に厚くなる。そうやって頑張るのも人間の醍醐味。未来も運命もそうやって紡いでいかないと。」
運命神はイナを撫でながらしみじみと言葉を発した。
「君、たまには良い事言うんだね。」
ヤモリが小さく運命神に言葉を返した。
「たまにな。」
運命神は花火を見上げながら得意げに笑った。
「もう離れていいかな?なんか私達邪魔じゃない?」
ヤモリは運命神を見上げため息をついた。刹那、突然イナが騒ぎ出した。
「あー!海外の神だ!インタビュー受けてる!見にいこ!」
「ああ!ちょっと!」
イナは強引にヤモリを引っ張ると花火をそっちのけ、走り出した。
「運命神、あの外国神は誰?」
イナは走りながら運命神に叫ぶ。
「ああ、えーと、運命神ノルン三姉妹じゃないかな?運命の糸を紡ぐとか。」
「運命神!?じゃああの神々が奇跡を起こしたかもしれないね!」
「さあ……ねぇ。」
運命神もやれやれとつぶやきイナとヤモリを追いかけ歩き出した。
「そういえば……。」
ふと女が声を上げた。
「ん?」
「一緒にいた女の子は?」
女の声に男はハッと目を見開いた。先程までいたはずだがいつの間にかいなくなっていた。
「あれ?さっきまで一緒にいたんだけど。」
戸惑っている男に女は微笑みながら声を発した。
「ねえ、知っている?高梅山分校の裏にある稲荷神社、あそこね、縁結びの稲荷神がいるらしいよ。あの女の子がそうだったりして。」
「……っ。そ、そうだったらいいよな。」
男は女の発言で「ある事」にやっと気がついた。男は頬を赤く染め、恥ずかしい気持ちを隠しながらきれいな花火に目を向けた。
「……不器用な人なのね。三鷹君は。」
女はクスクス笑うと男と共に花火観賞を楽しんでいた。
七夕の夜、縁結びの神と運命神が集まると奇跡が起こる事も……ある?