海の奇跡
TOKIシリーズですがまったく本編とは関係ない短編です。
ここから読んでもわかります。
学校の裏にある神社に住む稲荷神と民家を守る神、ヤモリが小さなことを少し大きくするようなそんなお話。
昔からある古い学校の裏に稲荷神が祭られていた。ここは山の奥深くにある村で、生活している人々は車を持っていないとどこに行くにも不便だ。
まわりは山と舗装されていない道路が続いていてその周辺にまばらに昔ながらの一軒家が建っていた。
そんな村の中にある唯一の小学校。高梅山分校。この学校はいつ廃校になるかわからないギリギリを彷徨っている学校だ。
この学校の裏に住んでいる呑気な神様、稲荷神のイナは神社が小学校の近くにあるからか何故か幼女の姿だ。
元々きつねだったイナは人型になるのが苦手らしく、少しだけ変化が下手くそだった。服装は巾着袋のような帽子をかぶり、羽織袴である。黒い髪は肩先で切りそろえられていてもみあげを紐で可愛らしく結んでいた。
そんな日本人形のような少女、イナは真夏の蒸し暑い中、独りで騒いでいた。
「いやっほぅ!海だ~!海だ~!」
イナは稲荷神社の境内で楽しそうに走り回っている。
太陽がキラキラと輝く、まだ涼しい朝の時間帯だ。
「イナ、すっぽんぽんで海に入るのはやめなよ。君は人には見えないけど神の目には映るんだからね?わかったね?」
騒ぐイナのすぐ横にある積み上げられた石の上に座っている少女が頭を抱えながら念を押していた。
「おっけー!地味子ぉう!」
「地味子じゃないってば!ヤモリ!」
イナの横にいる少し暗そうな少女は龍神である。元々は民家を守る神でヤモリだったが信仰で龍神にもなった。気性の荒い龍神の中ではかなり地味な方で彼女はまわりの神々から地味子というあだ名で呼ばれていた。
ヤモリは麦わら帽子に半袖シャツにスカートという涼しげな格好で手で顔を扇いでいた。
「とにかく暑い。ここから一時間も歩かないと海につかないとか……ここで遊びたい……。だいたい、海だって暑いし。」
ヤモリは小さくつぶやいたがイナはそれを許さなかった。
「ヤモリ!行くよー!」
「ああ……ちょっと……。」
イナはだらけているヤモリの手を強引に掴み、鳥居をくぐり石段を駆け降りて行った。
そのまま、高梅山分校を抜け、覆い茂る竹林を抜け、長閑な田園風景を横切る。稲穂は青々と元気に育っており、セミが姦しく鳴いている。
「夏になったねぇ!」
「そ、そうだね……。」
この田園地帯に来るまで約一時間かかっている。イナはとても元気そうだがヤモリは暑さとだるさで足取りは重かった。イナとヤモリは田んぼ道を抜け、松林を歩く。
松林がうまく太陽を隠し、海から来る風が通り過ぎ、ここだけはなんとなく涼しかった。
ヤモリとイナは松林を抜けた。刹那、眩しい光とどこまでも続く海が現れた。今は夏真っ盛り。
海の家には沢山の人がおり、海には子供連れが楽しそうに遊んでいた。おそらくほとんどが観光客だろう。この近くは神が多くいる事と海のきれいさを前面に出し、人を呼んでいる。
ヤモリは沢山の人々を道路から眺めながらため息をついた。
「けっこう混んでるね。しかも、あまり風なさそうだから暑い……。」
「この村がこんなに混むのはこの時期だけだよね!民宿の人もバタバタしている!」
イナはすぐ近くにあった民宿を指差した。民宿の従業員は道路に打ち水をしたり、掃除をしたりなどとても忙しそうだった。
「まあ、かき入れ時だからね。……ていうか、あんなに人がいたら海の家で休めないよね。」
「休まなくていいよ!早く海入ろ~!」
イナはやたら元気よく、そのまま、海に向かって走り去ってしまった。
「ちょっ……イナー!」
ヤモリも慌ててイナを追う。ヤモリはコンクリート塀についている階段から砂浜へ降り、炎天下の中、人を掻き分けてイナに追いついた。
「ヤモリ!いこ!」
イナは着物をバサッと脱ぐと裸のまま海に飛び込んで行った。
「コラ!キツネ!水着を着なさーい!」
ヤモリはイナが脱ぎ捨てた着物を拾い、イナに向かって叫んだ。しかし、イナはキャッキャと笑っているだけだった。
ヤモリは深くため息をつくと近くの松の木林に服をかけ、自分も服を脱いだ。ヤモリは下に水着を着こんでいた。紺色のかなり地味な水着だった。
ヤモリはとりあえず、イナを捕まえようと海に入った。
「うう……冷たい……。イナー!せめてタオル巻こうよ!」
ヤモリはタオル片手にイナに叫んだ。遠くの方で波に揺られていたイナはバシャバシャと音をたてながらヤモリの近くまでやってきた。
「海、しおからーい!楽しい!」
「わかったから……タオルを……。」
ヤモリはイナを砂浜に戻し、巻きタオルをつけようとした。刹那、隣で男性の声がした。
「うおっ!お前、なんですっぱで海入ってんだよ!俺様、ちょっとビックリしたぜ。」
「ん?」
イナとヤモリは声の聞こえた方を向いた。目の前には緑の短髪でシュノーケルを頭につけている男性が頬を若干赤く染めて立っていた。目つきは鋭く、パッと見て怖いお兄さんだ。
「えー……高天原のテーマパーク竜宮のツアーコンダクターの神?」
ヤモリが思い出すように男性に声をかけた。
「おお!ああ、お前、確か、地味子!」
「地味子じゃなーい!ヤモリ!」
「ああ、わりぃ。わりぃ。で?お前ら、素っ裸で何してんだ?」
緑の髪の男は首を傾げていた。
「私は裸じゃないし……。遊びに来ただけだよ。で?君はここで何しているの?龍さん。」
ヤモリはふうとため息をつきながら男に質問をした。男は龍さんと呼ばれているらしい。
「ああ、俺様は竜宮のツアーコンダクター、流河龍神だからな。テーマパーク竜宮を盛り上げるためにはどうすりゃあいいのか人間を見て真似できるところはしようかと思って来たんだぜ!」
男、龍さんは胸を張って答えた。
「ふう……。遊びに来たんだね。素直にそう言えばいいのに。」
「チゲェってば!あくまで仕事!仕事だぜ!」
龍さんはヤモリの言葉にどこか焦ったまま、否定した。
「こんな幼女の身体みて興奮してさ……。」
ヤモリは裸のままニコニコしているイナを横目で見ながら龍さんに呆れた声を上げた。
「ち、ちげぇよ!女でも幼女でもすっぱでうろついてたらビビるだろうが!俺様は興奮してるんじゃなくてなんだか恥ずかしい気持ちになっただけだぜ。」
「……うん、冗談冗談。今、私もすごく恥ずかしい。イナに巻きタオルつけるから待っててよ。」
「お前、お母さんみてぇだな……。」
ヤモリがイナに巻きタオルをつけているのを眺めながら龍さんはため息をついた。
ヤモリはイナに巻きタオルをつけ、一息つくと口を開いた。
「で、君の格好も恥ずかしいんだけど。」
龍さんはたくましい筋肉をみせているが下はフンドシ一枚だった。
「半ズボンスタイルの水着を買う金がなかったんだよ。まあ、昔は男はフンドシだったし、良いかと思ったが……なんかこう……女のお前にまじまじと見られるとどうしようもない恥ずかしさに襲われるぜ……。
さっきまではまわりの人間達に溶け込んでねぇ事もあって隠してんのに露出している気分だったぜ。で、まあ、そこの稲荷神が素っ裸で泳いでいたんで俺様も平気だって思ったわけよ。」
龍さんはうんうんと頷いた。
「思うな!」
ヤモリは素早くつっこんだ。ちなみにイナは龍さんがつけているシュノーケルに興味がいっていた。
「ねー、それ貸して!やりたーい!それ貸して―!」
イナが龍さんの頭についているシュノーケルを指差す。
「んあ?これか?まあ、いいが、高天原のだからなくすなよ。なくしたらケツ百叩きだかんな。」
龍さんは冗談まじりにそう言うとイナにシュノーケルを渡した。イナはそのままシュノーケルを装着するとポーズをとりながら遊びはじめた。
「んん……そーやって使うんじゃねぇんだけどな。ま、いいか。……あ、地味子、お前、人間に見える神なんだろ?」
「見えるけど何?」
ヤモリはなんだか嫌な予感がしたがとりあえず先を聞くことにした。
「さっき、そこでガキが泣いてやがった。話聞いてやってくれねぇか?俺様は人間には見えねぇから無理だしな。」
「君は心優しいけど、それ、たぶん迷子。他の人間が迷子センターに連れてくよ。」
ヤモリが龍さんに静かに言い放った。
「……あいつ、地元のガキだぜ。俺様、似た顔のガキをだいぶん前に見た事がある。もう、七十年くらい前の話だが。……なんとなく放っておけねぇ。子孫かもしれねぇしな……。おまけにただの迷子って感じでもねぇ。」
「あー、わかった。わかったわよ。行くから案内して。」
龍さんが少し必死だったのでヤモリはイナを連れて泣いている子供の元へ行く事にした。
龍さんは海から少し離れた所にある石段までヤモリとイナを連れて行った。
「ほれ、あいつだ。」
龍さんは石段の上を指差した。目を向けると石段の上に座り、水着姿のまま泣いている男の子がいた。男の子は七、八歳くらいのようだ。
「あの子ね。じゃあ、ちょっと行ってくるよ。」
「人助けだね!ヤモリ!」
ため息をついたヤモリの横でイナは楽しそうに頷いていた。ヤモリは頭をポリポリとかくと石段を登り、男の子に話しかけた。
「ね、ねえ、君……どうしたの?なんで泣いているの?迷子?」
「ま、迷子じゃねーよ!馬鹿にしてんのか!」
ヤモリの問いかけに男の子は鋭い声で叫んだ。
「うわっ……ご、ごめんね……。じゃ、じゃあ、なんで泣いてたの?」
ヤモリは引け腰になりながら男の子に尋ねた。
「どうやっても泳げねーんだよ!わりぃかよ!」
またも男の子は鋭く答えた。男の子はいままでずっと泳ぎの練習をしていたらしい。
「わ、悪くないよ……うん。」
ヤモリは怒鳴り散らす男の子に怯えながら龍さんに目で助けを求めた。それを見た龍さんはイナを連れて石段を登って来た。
「お前なァ……こんなクソガキに何ビビってんだよ……。」
龍さんは呆れた顔でヤモリを見据えた。
「え……?」
ふと男の子が龍さんの方を見て目を見開いた。
「……ん?俺様に驚いているわけじゃねぇよな?」
龍さんは一度後ろを振り返り、再び目を男の子に戻した。龍さんは人間の目に映らない神だったはずだ。
「緑の髪の……まさか、じっちゃんが言ってた……。」
男の子は明らかに龍さんを見て驚いていた。
「あれ?君、そこの緑の髪の怖そうなお兄さん見えるの?」
「見えるって?目の前にいるんだから見えるよ……。」
ヤモリの質問に男の子は当たり前のように答えた。
「……げっ……。」
龍さんは顔を青くしながら一言声を漏らした。
「ねーねー!イナは?イナは?」
龍さんの隣でイナが騒ぐが男の子にイナは見えていないようだった。人に見えないという事は声も聞こえないという事だ。
「イナは見えていないみたいだね……。」
ヤモリはこっそりイナに伝えた。自分が見えていないとわかったイナは落胆のため息をついた。
「お前、俺様が見えんのかよ?やっぱりあのガキの孫か。」
「じっちゃんと泳いだんだろ?オレ、七十年前とか言われたからけっこうなじいちゃんを想像してたぜ。」
男の子が龍さんに笑顔を向けた。
「何々?龍さん、この子のお爺さんと何かあったの?」
ヤモリの問いかけに龍さんは唸り声を上げていた。
「うーん……一緒に泳いだっつーか……俺様が泳ぎを教えたが正解だな。あのガキも俺様が見えたみてぇで……ああ、あのガキもこいつみてぇにぎゃんぎゃん泣いてやがったな。」
「なんだと!じっちゃんが泣くもんか!嘘つき!」
男の子が龍さんを睨みつけ叫んだ。
「泣いてたぜ?お前と同じ理由でな。泳げないんだとか言って。……確か、高梅山分校で水泳の授業があってプールで全然泳げなかったから友達に馬鹿にされただかなんだかで独りで海に来て泳ぎの練習をしようとしてたんだ。」
「そ、そうなの?オレは海に行ったら緑の髪の稲荷神がいて泳ぎの勝負を持ち掛けられたから『おう!やってやるぜ!』みたいな感じで海を泳いで見事勝利してやったって聞いた。」
龍さんの言葉に男の子は目をパチパチさせながら驚いた表情をしていた。どうやらおじいさんからまったく違う話を聞かされていたようだ。
「あーあー……全然ちげぇ話になってやがるし、俺様は稲荷神じゃねぇ、龍神だ。」
「稲荷神は私だよ!あーっ!思い出した!私の神社のキツネの置物を割ったやつだ!」
龍さんの横でイナが怒りを露わにしていた。
「じゃ、じゃあ、じっちゃんが嘘ついてたのか?」
「わかったよ。話してやるぜ。真実をな。」
男の子が知りたそうな顔をしていたので龍さんは話してあげる事にした。




