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【連載版】学校一の美少女は、金曜日だけ幼なじみに戻る  作者: ロン毛丸
第2章 幼なじみと文化祭

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第8話 紙を押さえるだけ

 模造紙の端を押さえるだけだったはずが、十分後には定規を持たされていた。


「高瀬、そこから八センチ」


「七・八しかない」


「誤差だろ」


「二枚をつなげたときにずれる」


「案内図に二ミリの精度を求める人、初めて見た」


「お前が適当すぎるんだよ」


 佐々木は悪びれず、模造紙の反対側を押さえている。


 視聴覚室には、文化祭実行委員と手伝いの生徒が十人ほど集まっていた。


 黒板には今日の作業が書き出されている。


 校内案内図、受付の表示、立入禁止区域の掲示。教室の後ろには、段ボールや色紙、丸めた模造紙が積まれていた。


 琴音へファイルを渡したら帰るつもりだった。


 しかし琴音は職員室から戻ってこない。


「ここ、廊下が狭すぎないか」


 案内図の下書きを見る。


「紙に収めるため」


「階段から教室までの距離がおかしい」


「誰も縮尺なんて見ないだろ」


「迷った人が見るんだろ」


「大体の位置が分かればいい」


「三階の端が紙からはみ出してるぞ」


「そこは裏面」


「案内図を裏返しながら歩かせるのかよ」


 鉛筆を取り、廊下の線を引き直す。


 正確な縮尺は必要ない。だが、階段の位置と廊下の向きくらいは合わせないと、案内図として役に立たない。


「高瀬、こういうの得意だったんだな」


「得意じゃない。見れば分かる」


「俺には分からなかった」


「自慢するな」


 佐々木から消しゴムを取り上げ、余計な線を消す。


「颯馬?」


 入口から声がした。


 琴音が、追加の資料とテープを抱えて立っていた。


「どうしているの?」


「忘れ物を届けに来た」


「それなら、どうして案内図を書いてるの?」


「こいつに捕まった」


「俺は紙を押さえてくれって頼んだだけだぞ」


 佐々木が余計な説明をする。


「線を引き始めたのは高瀬」


「曲がってたからだ」


「帰る?」


 琴音が尋ねる。


 机の上には、途中まで直した案内図がある。


 ここで帰れば、残りは佐々木が仕上げることになる。三階の端が裏面へ追いやられる可能性も高い。


「これが終わったらな」


「あと、どれくらい?」


「二十分」


「じゃあ、私もやる」


 琴音は正面の空いた席を通り過ぎ、俺の隣へ座った。


 持っていたテープや資料を机へ置く。


「正面にも机があるだろ」


「定規を渡しやすいから」


「机を挟んでも渡せる」


「こっちの方が近いよ」


「近くなくても届くだろ」


「模造紙の端も押さえられる」


 琴音は俺の横から手を伸ばし、紙が丸まらないよう押さえた。


 肩が近い。


 食卓ではいつも向かいに座っているため、横へ並ぶと距離の取り方が分からなくなる。


 俺が少し椅子を動かすと、琴音がこちらを見る。


「狭い?」


「別に」


「じゃあ、そのままでいいね」


 琴音は何事もなかったように案内図へ視線を戻した。


       ◇


 二十分で終わるはずだった作業は、四十分かかった。


 琴音が案内図の上下を逆に置き、貼った紙を一度剥がすことになったからだ。


「方位記号を見ろよ」


「校内案内に北は必要?」


「書いてある以上は必要だろ」


「消せばよくない?」


「地図を琴音に合わせるな」


「見る人が分かりやすければいいでしょ」


「廊下が逆になる方が分かりにくい」


 貼り直した紙には、うっすら折り目が残った。


 琴音は何度も指で伸ばす。


「破れるぞ」


「でも、ここが浮いてる」


「乾けば目立たなくなる」


「本当に?」


「たぶん」


「颯馬が、たぶんって言った」


「接着剤の乾き方まで断言できるかよ」


 琴音は折り目から目を離さなかった。


 失敗を気にしているらしい。


「上から矢印を貼れば隠れる」


 余っていた色紙を取り、矢印の形に切る。


 折り目の上へ置いてみると、大半が隠れた。


「少し長くない?」


「廊下を示すなら、このくらいでいい」


「変じゃない?」


「誰も元の折り目を知らない」


 琴音は矢印を貼り、端を指先で押さえた。


「これなら大丈夫かも」


「失敗しても直せばいいだろ」


「料理みたいに?」


「何が」


「卵焼きも、颯馬が形を直してくれた」


「料理と案内図を一緒にするな」


「でも、どっちも私が失敗してる」


「自覚はあるんだな」


「一応」


 琴音は完成した案内図を持ち上げた。


 少し離れて見てから、満足したように頷く。


「颯馬が来てくれてよかった」


「佐々木に捕まっただけだ」


「でも最後までいた」


「途中で帰ったら、余計に気になるだろ」


「私が失敗したところも直してくれた」


「案内図の見栄えが悪かったからな」


「私が困ってたからじゃなく?」


「案内図が困ってた」


「物に感情を持たせないで」


「前にヨーグルトへ持たせたやつが言うな」


 琴音が声を立てずに笑った。


「幼なじみって、本当だったんだね」


 向かいで文字を切っていた女子が言った。


「何だと思ってたの?」


 琴音が尋ねる。


「最近知り合ったのかと。前は全然話してなかったから」


「小学生のころから知ってるよ」


「高瀬君も?」


 急に話を振られる。


「そうだけど」


「相沢さんの家にも行ったことある?」


「ある」


「高瀬君の家には?」


「金曜日に御飯を食べてる」


 琴音が答えた。


「毎週?」


「大体ね。最近は、ほかの日も」


「それ、かなり仲いいよね」


 周囲の視線が集まりそうになり、案内図へ手を伸ばす。


「幼なじみなら普通だろ」


 言ってから、隣で琴音の手が止まった。


「颯馬が認めた」


「何を」


「学校でも幼なじみ」


「学校と家で関係が変わるわけじゃないだろ」


「前は変わってたよ」


「話してなかっただけだ」


「今は話す?」


「見れば分かるだろ」


 琴音は案内図を見たまま、少しだけ口元を緩めた。


       ◇


 翌朝、黒板に文化祭準備の当番表が貼られていた。


 実行委員でもない俺には関係のない表だ。


 そのはずなのに、案内表示作成の欄へ自分の名前がある。


「佐々木」


「おはよう」


「消せ」


「何を?」


「俺の名前」


「昨日、最後まで手伝ってたじゃん」


「昨日だけだ」


「案内図、ほかの階も残ってるぞ」


「知らない」


 黒板の下にはチョークがある。


 名前を消そうと手を伸ばしたところで、教室の入口から呼ばれた。


「颯馬」


 琴音が長い定規を持って立っている。


「昨日、忘れてたよ」


「それは実行委員の備品だろ」


「今日も使うかと思って」


「使わない」


「当番表に名前があるよ」


「今から消すところだ」


「そっか」


 琴音は定規を胸元へ戻した。


「じゃあ、返しておくね」


「昨日の案内図は?」


「今から先生に見せる」


「矢印、剥がれてないか」


「確認したよ」


「折り目は?」


「目立たなくなった」


「本当に?」


「見に来る?」


 断るつもりだった。


 ただ昨日の接着剤が乾いた状態を見ていない。このまま掲示して剥がれれば、直した意味がなくなる。


「案内図を確認したら帰る」


「うん」


「今日だけだからな」


「分かった」


「定規を渡せ」


 琴音は教室へ入ってきた。


 差し出された定規を受け取ると、佐々木が笑う。


「結局、消さないんじゃん」


「うるさい」


 当番表には、俺の名前のすぐ下に琴音の名前があった。


 チョークへ伸ばしかけた手を下ろす。


 今日だけなら、消すほどでもない。


 そういうことにした。


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