第12話 文化祭②
「琴音!」
校門を出た先で名前を呼ぶ。
琴音の足が止まった。
振り返りはしない。
俺は走る速度を落とし、琴音のところまで追いついた。
「待てよ」
「何?」
琴音は前を向いたまま答えた。
「帰るのか」
「見れば分かるでしょ」
「文化祭はまだ終わってない」
「実行委員の仕事は終わったよ」
「休憩が残ってる」
「高瀬君が取ればいいよ」
「その呼び方をやめろ」
「学校だから」
「もう校門の外だろ」
「じゃあ、高瀬君の家まで何て呼べばいい?」
「琴音」
「それは私の名前」
「そうじゃなくて」
言葉が続かない。
琴音はようやくこちらを向いた。
怒っているようには見えなかった。
いつもと同じように見えることが、余計に落ち着かなかった。
「何をしに来たの?」
「一緒に回る約束だっただろ」
「なくなったと思った」
「何で」
「無理しなくていいよ」
「無理じゃない」
「でも、私とそういうことをするのは、あり得ないんでしょ」
思っていたより静かな声だった。
すぐに違うと答えようとして、止まる。
そんな意味ではない。
なら、どういう意味だったのか。
自分でも整理できていなかった。
「付き合ってないのは、本当だ」
「うん」
「でも、琴音と一緒にいるのが嫌なわけじゃない」
「じゃあ、何であんな言い方したの?」
「お前には、好きなやつがいるだろ」
琴音の表情がわずかに変わる。
「俺と付き合ってると思われたら、そいつに誤解されるかもしれない。琴音が困ると思った」
「私に聞かないんだ」
「何を」
「颯馬とそう思われるのが、迷惑かどうか」
名字ではなくなっていた。
それだけで安心しそうになり、まだ何も解決していないと思い直す。
「迷惑なのか」
「迷惑だったら、学校で名前を呼んでない」
「でも、好きなやつには」
「その人がどう思うかは、私が決めることだよ」
「そうだけど」
「颯馬は、私と仲がいいと思われるのが嫌だった?」
「嫌じゃない」
「私が颯馬の家で御飯を食べてることは?」
「事実だろ」
「学校で隣にいることは?」
「それも嫌じゃない」
「文化祭を一緒に回るのは?」
「だから迎えに来た」
「あり得ないのに?」
自分の言葉が、そのたびに返ってくる。
琴音は怒鳴らない。
泣きもしない。
ただ、一つずつ確かめるように聞いてくる。
俺は持っていた紙袋を見せた。
「悪かった」
「言い方が?」
「言ったことも」
「付き合ってないのに?」
「そこじゃない」
琴音は黙っている。
「琴音とのことを、あり得ないって言った方」
紙袋の中で、焼き菓子は少し欠けていた。
走ったときに鞄かどこかにぶつけたらしい。
「割れてる」
「走ったからな」
「どうして走ったの?」
「琴音が先に帰ったから」
「一人で帰ることは前にもあったよ」
「今日は約束してた」
「約束だから?」
また答えにくいところを聞く。
約束を守るだけなら、連絡を一本送ればいい。
琴音が帰ると言うなら、次の金曜日にでも埋め合わせればいい。
それでも俺は、文化祭が終わる前に追いかけた。
「俺が琴音と回りたいから」
声に出すと、思っていたより短い言葉だった。
もっと説明が必要な気もした。
けれど琴音は、すぐには何も聞き返さなかった。
俺の持っている紙袋を見る。
「もう四十分もないよ」
「一つなら見られる」
「何を見るの?」
「プラネタリウム」
琴音が顔を上げる。
「颯馬、星に興味ないでしょ」
「琴音が見たいって言ってた」
「覚えてたの?」
「ほかに見たいものを聞いてないだけだ」
「それ、覚えてたってことだよ」
「どっちでもいい。戻るぞ」
琴音はまだ動かない。
「何だよ」
「もう一回」
「何を」
「謝って」
「さっき言っただろ」
「一回じゃ足りない」
「時間がなくなる」
「じゃあ帰る」
琴音がわざとらしく口をとがらせてそっぽを向く。
「悪かった」
今度はすぐに言った。
琴音の口元が、ほんの少しだけ緩む。
「聞こえなかった」
「絶対聞こえただろ」
「風が強くて」
「もう言わないぞ」
「二回は聞いたからいい」
「なら戻るぞ」
「うん」
琴音はようやく学校の方へ向き直った。
並んで歩き始める。
少ししてから、琴音が鞄の外側へ手を入れた。
中から、もう一つの焼き菓子を出す。
「持って帰るつもりだったのか」
「一緒に食べる人がいなくなったから」
「いるだろ」
「迎えに来たけどね」
琴音は割れていない方を俺へ見せる。
「こっちは無事」
「なら割れた方は俺が食う」
「半分ずつ」
「二つあるじゃん」
「形のいい方を渡すって約束したから」
「それなら、そっちを全部寄越せよ」
「割れたのは颯馬のせいでしょ」
「琴音を追いかけたせいだ」
琴音の足が一瞬止まりかける。
すぐに、また歩き出した。
「分かった。半分ずつね」
◇
校内へ戻ったところで、放送が流れた。
『文化祭終了まで、残り三十分です。各企画は受付終了時刻にご注意ください』
「三十分しかない」
琴音が昇降口に置かれた案内板を見る。
売り切れや受付終了の紙が、いくつもの企画へ貼られていた。朝にはほとんど埋まっていなかった案内板も、今では見られる場所を探す方が難しい。
「プラネタリウムは?」
「最終上映、もう始まるかも」
「早く行くぞ」
「三階だよ」
「分かってる」
昇降口へ向かう人の流れが、廊下を埋めている。
「走るぞ」
手を差し出す。
琴音は俺の手と顔を交互に見た。
「何だよ」
「何でもない」
琴音の指が、こちらの手へ重なる。
握って引いた。
昇降口へ向かう人混みを避け、校舎の奥へ走る。
廊下では、最後の呼び込みを続ける生徒と、片づけを始めた生徒が入り交じっていた。
「最後の一回です!」
「受付終了まであと五分です!」
文化祭の終わりが、いくつもの声になって校舎を流れている。
琴音は半歩後ろを走っていた。
階段へ着き、一段目へ足を掛けたところで、つないだ手を後ろから引かれる。
「待って」
「間に合わなくなるぞ」
「階段は危ないよ」
「なら離す」
「そうじゃなくて」
琴音は手を離さなかった。
「少しゆっくり」
「三階だぞ」
「分かってる」
走る速度を落とし、並んで階段を上がる。
二階を過ぎたところで、琴音が小さく息を吐いた。
「疲れたか」
「朝からずっと働いてたから」
「なら先に言えよ」
「言ったら、おぶってくれる?」
「置いていく」
「手は離さないのに?」
足元を見る。
階段を上り始めてからも、まだ手をつないだままだった。
「転んだら困るからだ」
「私が?」
「巻き込まれるだろ」
「そっか」
琴音はそれ以上聞かなかった。
三階へ着く。
廊下の先に、黒い紙で飾られた看板が見えた。
『手作りプラネタリウム 最終上映』
「間に合った」
「ああ」
受付へ向かって歩き出し、二歩目で止まる。
琴音も足を止め、俺たちの手元を見た。
「もう離していいぞ」
「颯馬からつないだんでしょ」
「走るためだ」
「もう走らないの?」
「着いたからな」
「じゃあ、仕方ないね」
琴音の指が離れる。
何も持たなくなった手を制服のポケットへ入れた。
「本当に、これでいいのか」
「何が?」
「見られるのは一つだけだぞ」
「うん」
「ほかのクラスとか、食べ物とか」
「プラネタリウムがいい」
「そんなに星が好きだったか」
「別に」
「じゃあ、何で」
琴音は少し考え、廊下の先にある教室を見た。
「颯馬と見たかったから」
答えに詰まった。
琴音は何事もなかったように受付へ向かう。
「早く。始まっちゃうよ」
「ちょっと待て。今のはどういう意味だ」
「上映中は静かにしてね」
「まだ入ってないだろ」
追いつくと、琴音は少し笑っていた。
◇
科学部の手作りプラネタリウムは、視聴覚室を黒い紙と段ボールで覆ったものだった。
机と椅子は壁際へ寄せられ、中央には体育用のマットが敷かれている。家庭用のプロジェクターが、白い布を張った天井へ星空を映していた。
既に上映は始まっている。
受付の生徒へ頭を下げ、光が入らないよう扉を小さく開けてもらう。
暗い教室には、十人ほどの客がいた。
俺と琴音は後ろの壁際へ移動し、隣り合って腰を下ろす。
扉が閉まり、天井の星がはっきり見えるようになった。
端の方は少し歪んでいる。窓を覆った黒い紙の継ぎ目から、夕方の細い光が漏れていた。星座の解説に交じり、プロジェクターのファンが回る音も聞こえる。
本物の夜空とは違う。
それでも、いつもの教室の天井に星が映っている光景は、思っていたより悪くなかった。
「きれいだね」
琴音が小声で言う。
「予想よりは」
「ほんとに素直じゃない」
「でも見に来れてよかった」
「うん」
琴音は顔を天井へ戻した。
投影された星の光では分かりにくかったが、耳だけが少し赤く見えた。
録音された星座の解説が始まる。
琴音は天井を見ていた。
投影された青白い光が、横顔にかかっている。
少し前まで、琴音は一人で帰ろうとしていた。
今は俺の隣で、星を見上げている。
視線を天井へ戻そうとしたところで、琴音がこちらを向いた。
「今、見てた?」
「星を」
「星は上だよ」
「端にも映ってただろ」
「私の方に?」
「全部星だ」
「苦しいね」
「上映中だから静かにしろ」
「逃げた」
琴音は再び天井へ顔を向ける。
肩と肩の間には、手のひら一つ分ほどの隙間があった。
近くはない。
遠くもない。
少し体勢を変えれば触れそうだったが、どちらも動かなかった。
「追いかけてくると思わなかった」
解説の切れ目に、琴音が言った。
「約束してただろ」
「約束だけ?」
「さっき答えた」
「もう一回聞きたい」
「何度も言わせるな」
「じゃあ、聞かなかったことにする」
「それも困る」
琴音が声を立てずに笑う。
天井の星がゆっくり動いていく。
そのあと、琴音は少しだけ座る位置を変えた。
制服の肩が触れた。
一度触れただけなら、座り直せばいい。
けれど琴音は動かなかった。
俺もそのまま天井を見る。
録音された解説は冬の星座へ移っていた。何座の話をしているのかは、途中からほとんど頭へ入ってこなかった。
上映が終わるまで、琴音はそこから離れなかった。
◇
十五分ほどの上映は、すぐに終わった。
照明がつく。
暗さに慣れた目には、蛍光灯の光が少しまぶしい。
「終わったね」
「十五分だけだったしな」
「そうじゃなくて」
琴音は立ち上がり、スカートについた小さな埃を払う。
「文化祭」
視聴覚室を出る。
廊下の呼び込みは、もう止まっていた。
模造紙の看板を外しているクラスもある。
校内放送から、終了時刻を告げる前奏が流れ始めた。
「文化祭、終わっちゃったね」
琴音が窓の外を見る。
「一つは見られただろ」
「うん。一つだけ」
「見たかったんだろ」
「見たかったよ」
「ならいいじゃん」
「颯馬と見たかったから、見たかったの」
すぐには返事ができなかった。
琴音は答えを待たず、渡り廊下へ向かう。
階下から楽器の音が聞こえてきた。
渡り廊下の窓を開けると、中庭の仮設ステージで吹奏楽部が最後の演奏を始めていた。
西へ傾いた陽が、校舎と校舎の間から中庭へ差し込んでいる。
夕焼けは赤というより、薄い橙色だった。
仮設ステージの金管楽器が光を反射するたび、演奏者の手元に小さな明かりが走る。空にはまだ青さが残っているが、校舎の白い壁は夕陽に染まり始めていた。
朝から手すりへ巻かれていた装飾灯も、一つずつ点いていく。
夕焼けの中ではまだ弱い光だった。それでも校舎の影へ入った場所から、少しずつ輪郭が見え始めている。
窓や廊下に残っていた生徒たちが手拍子を送る。
中庭に集まった実行委員も、腕章をつけたまま演奏へ応えていた。
「下に行く?」
琴音が尋ねる。
「今からじゃ終わる」
「じゃあ、ここでいい」
琴音は開いた窓のそばへ立った。
隣には、もう一人分の場所が空いている。
俺が並ぶと、琴音が少しだけこちらへ寄った。
肩が触れるほどではない。
離れようと思えば、いつでも離れられる距離だった。
中庭の演奏が続く。
琴音が鞄から焼き菓子を出した。
俺も紙袋へ入っていた一枚を取り出す。
走ったせいで欠けた方を、さらに二つへ割った。
「こっちは半分ずつ」
「大きさが違う」
「なら琴音が大きい方を取れ」
「追いかけたのは颯馬だから、颯馬が大きい方」
「理屈が分からない」
琴音は俺の手から大きい方を取り、小さい方を返した。
代わりに、形のいい焼き菓子も二つに割る。今度はその大きい方をこちらへ差し出した。
「これで同じくらい」
「帳尻を合わせるなよ」
「二つ合わせたら同じだよ」
「量ったのか」
「見れば分かるよ」
「適当だろ」
「颯馬よりは正確」
二人で焼き菓子を食べる。
味は昨日の失敗作と大きく変わらない。
少し甘い。
けれど今日は、それでいい気がした。
「どう?」
「昨日より柔らかい」
「進歩した?」
「したな」
「今、褒めた?」
「事実を言っただけだ」
琴音は笑った。
ようやく、家にいるときと同じ笑い方だった。
「形のいい方を渡すって言ったのに」
「誰かが先に帰るから、走ることになった」
「誰を追いかけたの?」
「分かってて聞くな」
「聞きたいから」
中庭の演奏が大きくなり、管楽器の音が校舎の壁へ反響した。
「琴音だよ」
答える。
琴音は中庭へ顔を戻した。
「そっか」
声は音楽に紛れそうなほど小さかった。
それでも、聞こえた。
夕陽が校舎の向こうへ沈みかけている。
さっきまで橙色だった空の端へ、薄い紫色が交じり始めていた。明るさを増した装飾灯が、窓ガラスへ丸く映っている。
演奏が終わる。
一拍遅れて、校舎中から拍手が起きた。
琴音も窓辺で手を叩く。
俺もその横で、同じように手を叩いた。
「楽しかった?」
琴音は中庭を見たまま尋ねた。
「ほとんど仕事してただろ」
「最後の三十分は?」
「短かった」
「それだけ?」
窓の外で、装飾灯が風に揺れている。
「来年は、もう少し長く回ればいい」
琴音がこちらを向いた。
「来年も、私と?」
校内放送が文化祭の終了を告げる。
再び拍手が広がり、琴音の声へ重なった。
「聞こえなかった」
「絶対聞こえてた」
「放送がうるさかった」
「じゃあ、もう一回聞く」
「片づけに戻るぞ」
「答えてから」
歩き出すと、琴音が同じ速さで隣へ並ぶ。
「颯馬」
「来年、実行委員じゃなかったらな」
「それなら、一緒に回るの?」
「今のは忘れろ」
「無理。覚えた」
琴音は満足したように、俺の隣を歩いた。
◇
片づけを終えて校門を出るころには、空はすっかり暗くなっていた。
琴音と並んで歩き始めたところで、後ろから足音が近づいてくる。
「高瀬」
振り返ると、佐々木だった。
「何」
「相沢さんを追いかけたんだって?」
「ああ」
「二人で文化祭も回った?」
「三十分だけな」
「それで、一緒に帰るの?」
「そうだけど」
佐々木は俺と琴音を交互に見る。
琴音は何も答えず、俺の半歩横を歩いていた。
「昼は、絶対に付き合わないみたいなことを言ってなかったか」
「付き合ってないのは変わってない」
「聞いてるのはそこじゃない」
「じゃあ何だよ」
「いや。あれだけ強く否定してたのに、結局追いかけて、二人で回って、一緒に帰るんだなと思って」
「約束してたからな」
「追いかけるところまで含めて?」
答えずに歩く。
佐々木は少しだけ前へ回り込み、こちらの顔を見た。
「何だよ」
「高瀬が文化祭で走るとは思わなかった」
「時間がなかったんだから仕方ないだろ」
「相沢さんのために?」
「プラネタリウムの最終上映に間に合わせるためだ」
「相沢さんと見るプラネタリウムに?」
「同じことだろ」
「少し違うと思うけどな」
「面倒くさいぞ、お前」
佐々木が笑う。
琴音は隣で黙っていたが、マフラーへ口元を隠すように顔を少し下げていた。
「佐々木君」
琴音が呼ぶ。
「何?」
「颯馬、ちゃんと謝ってくれたよ」
「琴音」
「二回」
「そこまで言わなくていい」
「二回も謝ったのか」
「一回目を聞こえないふりされたんだよ」
「聞こえなかっただけ」
「絶対に聞こえてた」
佐々木は少し驚いた顔をしたあと、何か納得したように頷いた。
「じゃあ、仲直りしたんだな」
「喧嘩したつもりはない」
「高瀬君って呼ばれて焦ってたって聞いたけど」
「誰に聞いた」
「受付にいたやつ」
「広まるのが早すぎるだろ」
「文化祭だからな。話題はいくらでも回る」
「そんな理由で俺たちの話まで回すなよ」
「でも、今は颯馬って呼ばれてる」
佐々木が琴音を見る。
琴音は一度だけ俺の方を見てから、普通に答えた。
「学校の外だから」
「そこで線を引くのか」
「今日は、もう学校でも呼んだよ」
「琴音」
「本当のことでしょ」
佐々木はまた俺を見る。
「何だよ」
「いや。今日は否定しないんだなと思って」
「実際、一緒に帰ってるんだから、否定する必要ないだろ」
「仲がいいことも?」
昼間なら、すぐに別の理由を並べていたかもしれない。
家が近いから。
親同士の都合だから。
幼なじみだから。
けれど、それを口にしたところで、今隣を歩いていることは変わらない。
「否定する必要ないだろ」
もう一度答える。
佐々木は少しだけ笑った。
「そうだな」
「何だよ、その顔」
「別に。少し安心しただけ」
「何でお前が安心するんだ」
「明日まで機嫌の悪い高瀬を相手にしなくて済みそうだから」
「もう文化祭は終わっただろ」
「学校はあるからな」
「余計なお世話だ」
次の曲がり角で、佐々木が立ち止まる。
「じゃあ、俺はこっち」
「ああ」
「相沢さんも、お疲れ」
「お疲れさま」
「高瀬」
「今度は何だよ」
「来年は最初から二人で回れよ」
「聞いてたのか?」
「何を?」
佐々木は笑いながら手を振り、別の道へ入っていった。
少し進んでから、琴音がこちらを見る。
「来年は最初からだって」
「佐々木の言うことを真に受けるな」
「颯馬も、もう少し長く回るって言ったよ」
「実行委員じゃなかったら、だ」
「覚えてるよ」
「忘れていい」
「無理」
琴音は前を向き、俺の隣を歩く。
「否定しなかったね」
「何を」
「私と仲がいいこと」
「否定する必要ないって言っただろ」
「うん」
琴音はそれ以上聞かなかった。
住宅街へ入る。
琴音の家へ向かう道と、俺の家へ向かう道が分かれるところで、琴音は足を止めなかった。
迷わず俺の家の方へ曲がる。
「帰らないのか」
「夕飯」
「食べるつもりだったのか」
「文化祭を回ったら、お腹が空いた」
「三十分しか回ってないだろ」
「朝から働いたから」
「それなら分かる」
俺の家の門へ着く。
琴音が先に開け、玄関まで歩く。
扉の前で、少しだけ振り返った。
「やっぱり今日、帰った方がいい?」
「何で」
「颯馬、疲れてるでしょ」
「二人分作る」
「聞く前から?」
「一人分も二人分も作るのに大差ないだろ」
「本当に?」
「今日は、もう確認に付き合わないぞ」
鍵を開ける。
琴音が扉へ手を掛けた。
「ただいま」
今日の受付で見せていた、学校向けの声ではなかった。
「おかえり」
答える。
琴音は靴を脱ぎ、いつもの席がある家の中へ入っていった。
文化祭は終わった。
けれど俺たちには、これから二人分の夕飯が残っていた。
感想をいただけるとすごく喜びます。
文化祭編は、あと少しだけ続きます。
引き続きお付き合いいただけると嬉しいです!




