2.
「あ~、幸せ」
言葉通り、ヘンゼルは幸せだった。白パンを食べれたし、豆のスープはおかわりした。貧しいヘンゼルの家での、聖誕祭でもない限りお目にかかることのないごちそうを朝から食べて、幸せにならないはずがなかった。
そしてそれはグレーテルも同じで、眠気とは違う夢見心地で目を潤ませていた。
朝食が終わっても食卓から立とうとしない2人を見てゲルトルートは、やっぱりこどもなのね、と思った。
「そんなにおいしかった?」
「うん。特にあの白パン。あんなに柔らかいなんて思わなかった」
「じゃあ、マーゴさんにお礼言わないとねえ」
正直なところ、村唯一のパン屋であるマーゴは、村人が自分のパンに依存していることを鼻にかけている節があり、ヘンゼルはあまりいい印象を持っていなかった。けれど、今のパンで「マーゴ=いい人」という図式ができあがった。
「そうそう、言い忘れるところだったわ」
畑仕事に出ようとしていたゲルトルートが振り返って口を開いた。 「2人とも、今日は教会に行かなくていいんでしょう。ちょっと頼まれてくれないかしら?」
「いいけど、何をすればいいの?」
「もらったパンにつけるジャムを作りたいのよ。森に行って、材料を採ってきてちょうだい」
このお願いは兄妹の目を輝かせるに十分だった。時間が経って風味の落ちたパンでも、ジャムをつければまたおいしく食べられる。しかもジャムは保存が効くので、当分のおやつ代わりになる。
「いーよ。何を採ってくればいいの?」
「今の時期だと木苺ね。他にも何か見つけたらお願い」
「わかった」
行こう、とヘンゼルがグレーテルの袖を引く。
「これは昼ごはんね。カゴは小屋にあるのを適当に持っていって」
「はーい」
「はーい」
グレーテルがゲルトルートから小さいバスケットを受け取り、カゴを取るため返事をするやいなや家を飛び出したヘンゼルを追って出ていく。少し経つと、外から楽しげな声が聞こえてきた。
――ごめんなさい……。
こどもたちが森へ行ってしまったことを感じ、ゲルトルートは悲痛な溜め息をこぼした。
「行ったか」
「ええ」
外で仕事をしていたペーターが家の中に入ってきた。こちらもゲルトルートに負けず劣らず蒼い顔をしている。
「すまないな、つらい役をやらせてしまって」
「そうね。あなたのこと、軽蔑するわ」
「……」
「でも、自分自身のことだって軽蔑してるのよ」
「俺もだ。本来ならばこどもたちを守らなければいけないはずが……」
ゲルトルートの肩が小刻みに揺れ、何かをこらえるように唇が引き結ばれる。普段ならゲルトルートの明るさを示している赤みがかった茶髪でさえ色褪せて、こころなしかやつれて見える。
ペーターは後悔と罪悪感に震える己の心を認め、同じく苦しむ妻の肩を抱いた。
「これは等しく2人の罪だ。……いや、お前に任せた分、俺の罪の方が重いのだろうな」
村の戒律を作った先人よりも。
そそのかしてきた村の首長よりも。
智恵と術を提供してきたパン屋よりも。
この世のあらゆる悪よりも……自分たちが憎かった。




