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第7章 武蔵野と山の手

第7章 武蔵野と山の手


E7661ATエリアでの戦闘に、おれは参戦しなかった。


監視塔の巨大なスクリーン前に座し、東山紅緒のオペレーションを聞きながら式神恵美那戦闘副隊長に指揮を委ねた。


彼女はやや猪突猛進なきらいはあるが、戦術理解が深く、臨機応変に対応する胆力も持ち合わせていた。


26体の<厄魔>に対して、恵美那らはツーマンセルで攻勢に出ていた。


城と浅海、シバリスと藤堂、葛西と阿久津という3組に加え単独行動の恵美那という布陣だ。


『こちら葛西。ターゲットをぶち抜いた。次はどこへ行けばいい?』


『無理すんな!阿久津、ゴリラを鎖に繋いでおけや』


『ジョーさん、私では無理です。葛西さん、勝手に突撃しちゃうし』


『葛西、阿久津を困らせるんじゃない』


『式神少尉、自分は戦闘員歴2年であります!加減はわかっているつもりです』


『うるせえぞ、ゴリラ!』


東山紅緒が振り向いたので、おれは首を縦に振った。


「…皆さん、部隊長がお怒りです。私語は慎んでください。葛西・阿久津ペアは014と015を新たなターゲットとして移動を」


***


整備棟で久留米誉とシバリスのメンテナンススケジュールに関して会話していると、吹き抜けの2階から何やら騒がしい声が届いた。


「何だ?」


「ああ。最近よくあるんですよ。喧嘩」


久留米が言うには、有栖川鏡子がいなくなり、「整備士対事務員」という対立軸が微妙にズレてきたのだという。


「山の手閥対それ以外、という感じですかね。僕はこれで軍本部とのコミュニケーションが多いので、見てるとよくわかります」


恵美那と羽田連理を中心とした、各界に超然たる影響力を誇る山の手系。


それに憧れる者と反駁する者、という構図らしい。


実に馬鹿らしい話だ。


その場の口論を治めて、おれは居合わせた恵美那に苦言を呈した。


「式神一族の直系として、隊に無用のいさかいを持ち込むことに何か感想はあるかい?」


「私たちは権勢欲を隠さない。反発する者がいれば、鎮めるだけのことだ。淘汰は自然の摂理だろう?」


真面目な顔をして反論する。


頭の痛い話だ。


***


授業が終わる度に、休み時間を利用して生徒たちが陳情に訪れるのには辟易していた。


11月の半ばにようやく部隊員の授業復帰が実現を見、おれたちは一般生徒と机を並べていた。


「柩君、また来たよ」


仙太郎が指差した先には女子生徒の2人組がいた。


「何で俺のところには1人も来ない?」


梶ケ谷三春が「あんたが部隊長でも生徒会長代理でもイケメンでもないからでしょ」と葛西幸尚に毒づく。


「柩君、私が追い払おうか?」


肩を寄せてきて梶ケ谷三春は言う。


「いや、仕方ないから。みんなに不便を強いてるのはわかっているんだ」


学校行事の不備、校舎のアメニティ低下、物資の不足、部隊配属への不安、<厄魔>への恐怖。


どれも間違いなく生徒たちへのストレスになっていた。


四海高校第301生徒部隊の長として、おれにはそれらの不満を解消してやる責務がある。


***


城竜二に声を掛けられたのは、昼休みも終わり間近のことだった。


「スカウトされた?」


「…ああ。朝早くに軍本部から来たって言う黒服が2人。名刺を置いていったぜ」


城から見せられた名刺には、情報部の大尉と少尉の名前が記載されていた。


「この2人に関しては、実在の人物かどうか後で東山君に照会してもらおう。…それより、本当ならどうする?」


軍からは特殊部隊の訓練生に勧誘されたと言う。


「…腕っぷしと度胸だけで部隊に入っちまった俺が軍の特殊部隊?ピントはこねえな。…だがよ、マルが死んじまってさ。総長やってた頃みてえに馬鹿を続けてるだけじゃ、仲間をどんどん殺られちまうかもしれねえ…そういうもやもやした考えはあるんだ。そろそろマジに何とかしなきゃ、ってな…」


おれは城の肩に手を置いた。


「よく考えるといい。そしてもし特殊部隊に行くことになったなら、訓練や生活に関してはアドバイスは出来ると思う」


「柩…」


城に目をつけるとは、情報部の目もあながち節穴ではないようだ。


説明は難しいのだが、城竜二の戦闘勘は特筆に値する。


特殊部隊で鍛えれば、正真正銘のエースとなること間違いはあるまい。


そう思った。


***


「よし。これで照準ぴったりだ」


「部隊長、いま結構緩めましたよ?これだと移動時の振動には相当の注意が必要です…」


「ふむ。角度はそのままにもう少しだけ固定…出来ないかな?」


おれはマシンガンの照準補正に関して無茶を言ってみた。


相反する事象なので、もう1~2時間を費やして地道に作業する他に手はないとわかっていた。


すると、藍沢渚が考える素振りを見せた後、コクリと頷いた。


「え?」


「部隊長のお願いであれば、やります。…その代わり、内緒にしておいてくださいね」


言って、藍沢渚はマシンガンの調整部位に手をかざした。


その瞬間、青い髪と青い瞳から青白い光の粒が舞い散ったように見えた。


手渡されたマシンガンを恐る恐るチェックしてみる。


確かにパーツの安定感は増し、角度も調整した通りのままであった。


だが…。


「…ESP」


「内緒、ですからね」


工具を抱えて、藍沢渚はパタパタと足音を立てて去っていった。


***


時刻は21時を回り、部隊員のパーソナルデータを改めて閲覧してみた。


眺めていてすぐに城竜二と藍沢渚の経歴に共通点が見つかり、出身地が同じエリアの孤児院で、それぞれ2号館・3号館と記載されていた。


擬装された軍の研究施設にありがちなネーミングだ。


部隊長室の扉が激しくノックされたので、「どうぞ」と応じた。


事務員の女子生徒が慌てた様子で入室してきて、「部隊長、喧嘩です!」とおれに告げた。


事務員の集うフロア前の廊下で、その2名は対峙していた。


羽田連理と東山紅緒であった。


羽田の制服は上衣があちこち破れ、東山紅緒は額から一筋の血を流している。


「そこまで!2人とも、動くな。動いたら上官反逆罪で逮捕する」


言って、おれは通報してきた女子生徒に命じてフロアの事務員を全員人払いさせた。


「さて、何か釈明はあるかな。よりにもよってお前たち2人だ。…ことと次第では、出向元に送り返す」


2人が抵抗を企てるようなら張り倒すつもりで近付いた。


予想に反して羽田と東山紅緒は神妙にしていた。


東山紅緒も羽田連理も部隊には必須の存在で、2名の出自が軍であろうとおれの信頼は揺るがない。


しかし、軍の派閥間抗争を部隊に持ち込まれれば話は別だ。


武蔵野対山の手。


六郎丸が送り込んだ東山紅緒やシバリスが武蔵野系で、山の手が式神恵美那を警護するために寄越したのが羽田連理というわけだ。


全体ミーティングの場で、おれは前線における派閥主義の無意味さを説いた。


そして、隊内に蔓延しだした軍閥思想には毅然とした措置をとると明言した。


式神恵美那が挙手して言った。


「私は式神を代表してここにいる。それを否定されても困るな。私たちは、庇護を求められれば受け入れるし、敵対するならば打ち倒す。それだけのことだ」


隣席の東山紅緒の表情が強張るのがわかった。


「…部隊内では、庇護を求められても敵対しても、特に干渉しないで欲しいな」


「それは無理だ。式神の家訓に反する」


東山紅緒が立ち上がりかけたが、先に錦雁之助が起立して恵美那を怒鳴り付けた。


「いい加減にしやがれ!嬢ちゃんよ、ここはガキの遊び場じゃないぞ。部隊の裁量権は部隊長にある。その指示にいちいち逆らうたあ、どんな了見だ?」


「部隊長というのは、人間1人とその家族の信条や生き方にまで注文をつけるのか?まるで宗教だな」


「あなたの家のほうが宗教でしょうが!」


恵美那の言葉に東山紅緒が反応した。


「ちょっと待て、東山。今の言い方は上官である式神少尉に対して、礼を失しているだろう」


羽田が発言し、東山紅緒を諌めた。


そこから歯止めが効かなくなり、各員の発言がぶつかり合って収拾がつくことはなかった。


***


「軍隊って、割と面倒なんですね…」


藍沢渚が紅茶を飲みながら呟く。


城竜二と藍沢渚を誘い、駅前のレストランにディナーに来ていた。


「俺らのいた施設は武蔵野系だったんだろうな」


城のナイフとフォークを使う手つきは覚束無い。


2人は軍が孤児を引き取って研究していた施設の出で、後天的なESPなのだと言う。


「素養なし」ということで放免の身となったが、それは偽りだったのだ。


***


梶ケ谷三春が4人分の弁当を作ってきたというので、葛西幸尚や仙太郎を連れて校内緑園の片隅でシートを広げてランチにした。


秋も終わりを迎えたが、いまだに夏の日差しを引きずっていたので暖かかった。


「おお!梶ケ谷、わかってるじゃんか」


葛西が目を輝かせて感動をアピールしている。


仙太郎はおれをつつき、「これ、ちょっと量が多すぎない?」と耳打ちしてきた。


「そこ。聞こえてるから。戦闘員はいっぱい食べて、体を作らないと駄目なの。食が体の基本なんだからね」


梶ケ谷三春は事務員且つ保健係なので、それらしいことを言った。


「柩君も最近大変そうだし、いっぱい食べてね」


「ありがとう」


その間も通信端末には続々とランチの誘いが入ってきており、表示を一覧で見て返信は諦めた。


葛西が目ざとくそれを見付けて、梶ケ谷三春と共にのぞき込んできた。


「毎日すげえ数の誘いがくるもんだな…。あ、この子とこの子、女子校の可愛い子じゃんか!ん?まさか…3Cのマドンナ・南浜杏子までいやがる…」


「藍沢渚、浅海栞、阿久津桂子、南浜杏子、村上陽菜、武藤弥生、桐谷由美、城竜二、神田川理緒…女ばかり!柩君、まさか4股5股かけてるんじゃ…?」


いちいち説明するのも面倒で、おれは一言「間違いなく0股だよ」とだけ返して手作り弁当へ箸を伸ばした。


***


午後早々の授業中に、管区司令部からの緊急通信によって部隊長室に呼び出された。


近隣の部隊からの救援要請で、距離はトレーラーないしはジープで片道1時間弱。


戦闘状況を聞いて、すぐに派遣班を選定する。


羽田連理にジープを操縦させて、式神恵美那、城竜二、葛西幸尚の主力3名を送り出すことに決めた


東山紅緒を呼び出して、校内放送で部隊関係者に通達させた。


「シバリスは出さないのか?」


出発間際に恵美那から声を掛けられた。


「ここの防備と、他の部隊からも救援要請があったときにおれと手分けするるだけの予備戦力が必要だからね。それに…」


「それに?」


「君の力は信頼しているから。山の手云々は別にしても」


恵美那が微笑を浮かべた。


***


念のためにと温存した戦力に、まさかの用途が回ってきた。


管区司令部より再び入電があったのだ。


「部隊長!今度は青山慈南高校第595生徒部隊からの救援要請です。来島冴子少尉の部隊です。あ、これは…本営が襲撃されているようです!」


「なに?青山慈南高校が戦場になっているのか…」


すぐにシバリスと浅海栞、藤堂からなる救援第2班を編成して、ジープでの出動を命じる。


残されたのはおれと阿久津桂子の2名だけで、四海高校の担当エリアで新たに<厄魔>が暴れ始めたとしても、足が無いので近距離以外には対応できない。


管区司令部からの戦況速報を見ている限り、両部隊共にこちらが出した救援班の到着まで堪えられるかは五分五分のように思われた。


「部隊長!管掌エリア内で敵性反応を確認。敵の出現位置と推定数は…ああもう!」


東山紅緒が執務デスクから立ち上がって「ここでは処理が追い付かないので監視塔に移ります」 と言って駆け出した。


程無くして、敵の出現位置がここ四海高校の隣接地点と判明した。


おれは第301生徒部隊長の権限を行使して、全校生徒に緊急避難勧告を発令した。


***


阿久津桂子の<蜉蝣>が大破したとの報告は受けていたが、そちらへサポートに回る余裕は与えられなかった。


四海高校に侵攻してきた<厄魔>たちは全敵が一路、本営の要である監視塔を目指して突進してきたのだ。


監視塔の周辺でライフルとマシンガンを撃ち続けているおれがこの場を離れれば、301はたちどころに目と耳を失う。


<厄魔>たちには明らかに戦術的意図が見受けられた。


同時に3部隊を攻略対象としたことや、うちの監視塔を狙ってきた点に顕著だ。


『北東から2、南から1、南西から4、それぞれがここ監視塔を目指して新たに接近中です』


東山紅緒からの報告を受けて、マシンガンの弾薬を予備と交換する。


すでに12体を討ち果たしていたが、まだ現れるという。


『阿久津機を撃破した3体が来ます!』


モニターでその動きは捉えていた。


だが、その3体の形態は予想外であった。


「鳥か!」


高速で飛来してきた腐りかけの鳥といった体の<厄魔>は、2体が高度を上げて、1体がジグザクに旋回しながら向かってきた。


マシンガンで上空の2体から排除にかかる。


左手でマシンガンを撃ち続け、右手のライフルは捨てて実剣を抜いた。


2体を続けて撃ち落としたところで、体当たりを仕掛けてきた最後の1体を剣で串刺しにして受け止める。


『きゃあっ!』


通信に東山紅緒の悲鳴が入った。


同時に後方から爆発音が聞こえた。


『…敵の、中距離射撃を受けてます!きゃっ?』


振り返ると、後方にそびえる監視塔に再度の爆発が起き、複数の煙が立ち上っていた。


新たに出現して迫っている7体のうちに射撃タイプの<厄魔>がいるのだろう。


早く殲滅しなくてはまずい。


再び実剣をライフルに持ち替えて、モニターの情報を確認しながら東山紅緒にアクセスする。


「東山、無事か?攻撃はどの方角からきている?3点の敵のうちどれか、わかるか?」


『…すみません、計器やモニターに被害が出てまして。きゃあっ!』


またも監視塔に爆発が起こった。


目視のレベルでは、南西からの着弾に思われた。


『…南西…の…敵…攻撃…』


乱れた通信からも南西というワードが聞き取れた。


おれは南西に向かって速度を上げた。


***


モニターの画面が死んでしまい、7体の敵を目視で葬った後も撤収に踏み切れないでいた。


監視塔との通信は途絶していたので、おれは拡声器を使用して直接整備士や事務員たちを呼んで、阿久津桂子と監視塔の状況を確認するよう命じた。


そしてそのまま監視塔横に陣取り続けた。


15分とかからず、阿久津の戦死が確認された。


新生第301生徒部隊の初の戦死者である。


おれは黙祷で彼女の魂の安息を祈った。


携帯用通信端末が鳴動し、錦雁之助から連絡が入った。


『こりゃあ、人力じゃ時間がかかりますな。あちこち崩れかかってて危ない。いま手分けして作業はしてますが、<蜉蝣>で穴の空いた外壁側から進入する方が早いでしょう。中に詰めていた隊員たちは…絶望的かと』


監視塔の制御室には直撃こそなかったようだが、天井や外壁、床のあちこちが崩れて建材に埋もれていた。


モニターや計器の類いは全損で、部隊の損害は計り知れなかった。


<蜉蝣>のメットを置いて、制御卓辺りの瓦礫を<蜉蝣>のパワーで退けていく。


東山紅緒が見付かった。


擦り傷や切り傷だらけではあるが、一見して致命傷になるような目立った外傷はなかった。


ただ、右足が折れて有り得ない角度に曲がっていた。


「東山!大丈夫か?しっかりしろ!」


「…う…柩、部隊長…痛い…」


「すぐ医療施設に搬送してやるからな。頑張れ」


眉根に深く皺を寄せていた東山紅緒だったが、無理をしてか少しだけ笑みを形作った。


「…遅い…ですよ。早く助けに来てくれなきゃ…」


***


帰参した恵美那に手助けしてもらい、被害状況の管区司令部への報告と復旧作業に着手した。


その指揮の最中、シバリスがおれを人影のない校舎裏へと引っ張った。


「東山さん、容態に注意が必要です」


「…どうしたんだ?精密検査はこれからだが、見た感じ重症ではないぞ」


シバリスは首を振った。


「そういう意味ではありません。彼女の意思に関わらず本部が危篤と判断し、東山さんを戦闘用サイボーグに仕立てあげる恐れがあります」


「なん…だと?」


「私も同意見だな」


式神恵美那が姿を見せ、歩み寄ってきてシバリスの肩に手を置いた。


「お前は過去の記憶を有しているのだな?…鎌田佐和子よ」


「式神少尉…この会話は自動的にメモリーからデリート致します」


そしてシバリスは語った。


自分がかつて前線で重篤となり、自らの承諾無しに軍にサイボーグ化を施されたのだと。


鎌田佐和子としての自我は極端に薄まり、シバリスは戦闘でのみ価値を見出だされる存在と成り果てたのだ。


「武蔵野はそれをやる。柩、東山の身を案じるのならば、いますぐに私が指定する病床に移させろ」


恵美那が力強い声色で言った。


シバリスも見つめてくる。


おれは2人に対して頷いて見せた。


***


監視塔の復旧は急ピッチで行われた。


といっても破壊された設備の回復は難しく、機材を更新する予算もないため、旧四海高校の設備を強引に移設することとなった。


その間の索敵は近隣の部隊に頼り、戦闘時には混成部隊を組織・投入して凌いだ。


戦死した阿久津桂子の補充で仙太郎が戦闘員に昇格し、おれは葛西幸尚に彼の育成を託した。


そして12月を迎えた。


「冬場は<厄魔>の活動が活発化する。充分に注意してくれ」


『はい。お陰様で何とか体制も整ってきたところです。柩中尉、ありがとうございます』


軍用のTV電話で第595生徒部隊の来島冴子少尉と近況を報告しあった。


彼女の血色は良く、あまり寝られてはいないそうだが、ひとまず健康そうで安堵した。


「近々新しい軍用サイボーグの試験投入があると久留米が聞き付けてきた。595に回すよう、水天宮大尉には根回しをお願いしてあるから」


『恩に着ます。…クリスマス、会えるといいのですけれど』


「聖夜休暇がとれる位に戦況が優勢を迎えていると信じたい」


扉をノックする音が聞こえたので、来島冴子との通話を切り上げた。


「どうぞ」


「失礼します。東山紅緒、本日から完全復帰となりました」


松葉杖をついた東山紅緒が姿を現した。


「ご苦労様。…君がいなくて、改めて君の凄さを思い知らされたよ。東山君」


「…式神少尉に手伝ってもらっていたと聞きました」


「ああ。でも彼女は大雑把だから。君みたいに痒いところに手が届くことはないさ。あとは声だね。東山君の声が聞けると落ち着く」


ほんのりと頬を染めて「…そんなことを言っても何も出ませんよ」と返して、よたよたと席に着いた。


「無理しないでいいから」


「はい…ありがとうございます」


「入るぞ!…大雑把で落ち着かない声で悪かったな」


恵美那が怖い顔をして入室してきた。


「…いや、あの」


「柩よ…私は怒ったぞ。この仕返しは必ずするからな。…レポートだ!」


恵美那はおれのデスクに戦闘レポートと訓練レポートを叩きつけて、すたすたと出ていった。


***


式神恵美那と浅海栞が戦術の検討をしている後ろをこそこそと通り過ぎた。


「柩中尉!なにこそこそしてるんです?」


葛西幸尚が手を振って大声で言った。


…全く空気というものを読まない奴だ。


恵美那が振り向いて、冷たい目線を送ってくる。


「部隊長、式神少尉と喧嘩でもしたのですか?」


軍務時間ゆえ、葛西の隣にいた仙太郎が敬語で聞いてきた。


「…いや。それより、<蜉蝣>の新型が着いたって?」


「ジョーの奴が見に行くって言ってましたな。ドジ子と羽田が受け取りに行ってたんでしょう?格納庫の方じゃないですか」


葛西に礼を言って、格納庫へと回った。


錦雁之助をはじめとした整備士一同が集まっている一角に、長身のリーゼント頭も見つけられた。


皆で検分しているらしい。


「お、部隊長」


城竜二がおれに気付いて手招きした。


「新型、どうだい?」


「誘導ミサイルを内蔵してる分、ガタイが一回りデカいですね」


最新の<蜉蝣>には、最前線でも使用されている広範囲誘導ミサイルのパックが両肩から背中にかけて装備されていた。


その機構と重量分は機動を損なうものの、それを補って余りある制圧力を誇る。


装甲や標準武装も強化されており、単体での敵陣突破を期待されていた。


羽田連理が納品書を持ってやってきた。


「羽田君、ご苦労様」


「確かに持ち帰りましたぜ。…コイツ、誰に扱わせるつもりですか?」


一同の視線が集まる。


「親父さんにも相談するが、恵美那で考えている」


「なるほど…。確かにお姫さんなら、ミサイルの複雑な電子処理も難なくこなすんでしょうね」


清潔感のある笑顔を残して羽田は持ち場へと戻っていった。


「式神か…。てっきり俺が使うもんかとばかり思ってましたが」


城が言った。


「それも考えた。近接戦闘に長がある恵美那の良い部分を殺してしまうかもしれない、とね。それでも広範囲ミサイルを正確に操られる方が、<厄魔>には脅威は大きいはずなんだ」


「まあ、ミサイルとかRPGがありゃあ、頼もしいのは間違いないですけど」



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