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第4章 新生第301生徒部隊

第4章 新生第301生徒部隊


8月の末までには新しい部隊の陣容が整った。


新生・四海高校第301生徒部隊のお目見えだ。


部隊長は水天宮享中尉、副部隊長に来島冴子少尉、以下は元の通りに整備士長を錦雁之助少尉、事務長を有栖川鏡子少尉が務める。


おれは新たに設けられた戦闘隊長に就任した。


部隊長付き副官の東山紅緒がオペレーターを継続するため、結城ユウはいち整備士としてのスタートとなった。


最初の全体ミーティングで、おれは戦闘員を2つの班に分けることを提案した。


おれが直接指揮をとる1班に式神恵美那、睦月、笹原を配し、城竜二を班長とした2班にシバリス、徳丸毅を所属させた。


水天宮部隊長が臨時で参戦する場合、2班という扱いになる。


新しい部隊はより広範囲のエリアを管轄することになるため、機動的な運用を目的としてそのように定めた。


「戻ってきたら、指揮官然としていて驚いた。おまけに少尉殿だ。いったいココで何をしていた?」


式神恵美那が隣に立ち、神妙な顔をして言った。


「君も、おれのいない間に40ほど星を積み上げたみたいじゃないか。切れ味が出てきたね」


「ようやく<蜉蝣>の調整が私に追い付いてきた感じだ。これからどんどんペースを上げていく。柩、ついてこられるか?」


恵美那が不敵な笑みを浮かべた。


「…せいぜい置いていかれないよう気を付けるとするよ」


***


生徒会選挙が突貫で催され、水天宮部隊長の会長就任が決まった。


なぜか推薦という形で副会長に出馬させられ、おれは圧倒的多数の得票をもって当選となってしまった。


「お前…あの票、楽翠女子のほとんどが賛成に回ったんじゃないか?水天宮の得票より多かったぞ」


葛西幸尚が呆れ顔をして言った。


すでにこちらの校舎に移ってきていた梶ケ谷三春と仙太郎は「票入れたよ」とアピールしてきた。


「副会長で、戦闘隊長で、少尉様かあ。柩君の株が急上昇だわ。…ねえ、何かして欲しいこと、ない?」


「俺は色々して欲しいけどな…」


「あんたには聞いてない」


葛西がしょんぼりし、仙太郎が大笑いしている。


そして予鈴が鳴り響いた。

生徒会室では部活動や行事の新たな予算について討議されていた。


ひとつ前の議題である夏休みに関しては、合併作業で延期になった分を9月と10月の2回に分けて、それぞれ1週間ずつ取ることで決着をみていた。


「体育会に割り振られる予算の比率が高過ぎると思いますが。人数比でも、実績ベースでも納得がいきません」


生徒会会計で、文化クラブ連合を代表する有栖川鏡子が発言した。


体育会連合代表の生徒はしどろもどろになって抗弁していた。


生徒会書記の東山紅緒が眠そうな目をして「…どうでもいいので多数決にしませんか?」と提案し、半数の支持を得る。


「副会長はどう思う?」


生徒会長の水天宮が隣のおれに水を向けた。


皆が注目するのが肌でわかる。


「単純に所属人数換算で配分して、クラブ個別の数字は各連合に一任で良いのでは?部活動と生徒会主催行事の比率は昨年の楽翠女子高校生徒会に準ずる形で問題ないと認識してます」


前楽翠女子高校生徒会長で、新たに書記の1人となった来島冴子を見ながら言った。


「意義なし」


参加者の1人が声を上げ、次々と唱和していった。


「宜しい。柩副会長の案を採用する。会計はすぐに大枠の積算を。書記は議事録の作成。連合代表は配分案の検討と概算請求に取り掛かること。各クラスの代議員は決定事項の連絡を徹底。以上。解散」


水天宮が閉会を宣言した。


「…嫌みなほど名裁きですね」


廊下に出ると、東山紅緒が皮肉を投げ掛けてきた。


有栖川鏡子が遠くからおれのことを睨んでいたが、無視をすることに決めた。


「私たち部隊員には行事はともかく、夏休みも部活動も関係ないのにね」


おれの肩にぽんと手を置いて、来島冴子が言った。


それを見た東山紅緒は「女子とばかり仲良くなって…」と諦め顔で呟いた。


女子校ににいた身だ。


それくらいは勘弁して欲しいところだった。


***


訓練に入る前に城と徳丸がやってきて、おれに日曜の予定を尋ねてきた。


特に何も無いと答えると、ドライブに付き合わないかと誘ってきた。


「バイクは親父さんから借りられるからよ」


戦闘訓練でわかったのだが、式神恵美那の技量は生身ならばおれと大差はなかった。


銃火器の扱いにかけてはさすがにおれに一日の長があったが、彼女の体さばきは一線級の軍人にひけをとらない。


睦月と笹原など、恵美那に面白いように転がされていた。


場所は柔道場。


「柩、やるな…よく私の技を防ぐ!」


野戦着姿の恵美那が右に左に手刀を繰り出してくる。


一撃一撃が罠で、隙を見て襟を取り、投げか絞めに変じるのだろう。


おれは手の甲でそれらを払って、タイミングを測って恵美那の胸元に飛び込んだ。


そこからは一連で、胸に手を当てて、踏み込みの威力そのままに力でもって押し倒した。


特に加減は出来なかった。


「…いつまで胸に手をついている?」


「…すまない」


おれは寝転んでいる恵美那から手を離した。


「来るのはわかったが、防御が追い付かなかった。牽制が短調になったか…」


「そうでもないよ。攻撃のリズムは不規則でやりづらかった。強いて挙げるなら、手数が足りなかったかな」


「ふむ…」


起き上がって、恵美那が顎に手を当てて考え込む。


「柩。日曜に戦闘訓練をしないか?平日の少ない時間では全然足りない」


***


整備を始める直前に、整備士の久留米誉に呼び止められた。


「柩少尉、シバリスの戦闘データを見ていて気になったのですがね…」


彼はシバリスの整備を担っていて、メンテナンスが縁で軍本部ともパイプを持つと聞いていた。


「どうも彼女は交戦前に<厄魔>へアクセスしている節があるのです」


「…具体的には?」


眼鏡を押し上げて、目を輝かせて久留米は続けた。


「電気信号や、波長を操作した光を照射してます。一定の拍子を伴っているので、何か情報を込めている可能性があります。」


…六郎丸あたりがやりそうな実験だ。


現状<厄魔>との意思疏通に成功したという例は無い。


それはESPにしても同様で、もし<厄魔>とコミュニケーションがとれたならば、重大事件と言える。


おれは久留米に口外しないよう頼み、観察だけにとどめるよう念押しした。


整備を終えると、残業上がりの事務員の一群と鉢合わせた。


「柩少尉、いま終わりですか?」


葛西幸尚が大声で言った。


学生時間以後に関しては、彼はおれを士官として扱っていた。


「ああ。そっちも詰めてるみたいだね」


群の中から、スラリとプロポーションの良い女子生徒が前に出てくる。


有栖川鏡子事務長だ。


「…政治が異なる2つの部隊が組み合わさるわけですから。事務方はもうカオスだわ」


灯りに照らされたその顔は、疲労で少しやつれて見えた。


「たまには戦闘隊長にご馳走でもしてもらいたいものね」


有栖川鏡子の言に葛西が賛同の意を示し、まるでゴリラの如く咆哮をあげた。


貰っている俸給にはほとんど手をつけていないので、それくらいなら容易いものだ。


一計を案じ、「次の日曜で慰労するよ」と応じておいた。


***


錦雁之助は話がわかり、日曜に部隊員を集めて懇親会をしたいと伝えると、整備士たちの統制をかってでてくれた。


「水天宮部隊長はどうするんだ?」


「部隊長と東山が難関ですが、正面突破あるのみです」


「まあ、そうだな。お前さん、女子校に顔が効くんだから、副部隊長に手伝ってもらったらどうだ?」


「親父さん…それ、いただきます」


錦が歯を剥き出しにして笑顔を向けてくる。


「大所帯だからな。チームワークが大事ってのは技術屋のおれにもわかる。まあ…お前さんじゃなきゃ、とても皆を集めるなんて真似は出来ないだろうよ。なんせ一癖も二癖もある悪餓鬼ばかりだ」


藍沢渚と結城ユウが寄ってきて、「2人して楽しそうですね。何の悪巧みです?」と尋ねてきた。


***


「行きたくありません」


東山紅緒にけんもほろろに突き放された。


来島冴子も今頃は水天宮に同じような目にあわされているかもしれなかった。


…誘い方を間違えたのだろうか。


「…何でも自分の思い通りになるなんて、思わない方がいいですよ」


軍では普通上官には逆らえないものだが、日曜となれば学兵はただの高校生で、それも通じない。


困ったことになった。


***


翌日、授業の合間毎に2年の教室に東山紅緒を訪ねてみた。


はじめのうちはただ呆れていたようだったが、だんだんと怒りが見えてきたので断念した。


昼休みには葛西幸尚や藍沢渚と物資調達に関して擦り合わせ、訓練前にシバリス、睦月、笹原の3人に日曜の集合を約束させた。


結局、予想通り水天宮享と東山紅緒の2人が残った。


「…どうしようか、あの2人」


仕事を終えた来島冴子が整備棟へと顔を出していた。


「…仕方ない。使いたくはなかったが、奥の手を使うか…」


「なに?」


「来島少尉。副部隊長室の軍用電話を貸してください。使用中は誰も近付けないでいただきたいのです。…内容は、聞かない方が身のためです」


「…どこにかけるかだけ、教えて?」


「管区司令部を通じて、軍本部に繋いでもらいます」


***


『あなたも大概ですね。一体何の用件かと思えば、くだらない…』


「わかっていて頼んでるつもりだ」


『検討に値しませんね。却下です。いち学生部隊の改組程度で、私や管区司令部が激励に赴くなど』


「六郎丸、シバリスに何をプログラムした?」


『…何のことです?』


「<厄魔>降伏論。お前が2年前に書いた論文だったな?<厄魔>とコミュニケーションをはかって休戦へと導く。前線では無視されたが、なるほど。後方で実験したいわけか?」


『何が言いたいのです?切りますよ』


「ならおれはこの話を山の手にでも売り払うまでだな」


電話口の向こうで六郎丸が絶句したのが伝わってきた。


「なに。日曜に10分だけ時間をくれりゃあいいのさ。それでこの件は知らなかったことにしてやる」


『…仕返しは、しますよ』


商談は成立した。


副部隊長室を出て、扉の前で待っていた来島冴子に成功を伝える。


「何が成功したのかは、聞かない方が良いのよね?」


「はい」


「貸し1にしてもいい?柩少尉」


「はい。あまり高値につり上げないでくださいね」


来島冴子が満面の笑みを浮かべた。


***


日曜日。


場所は運動公園。


天気は快晴で、そこに集まった人間はそれぞれの思惑に合わせた格好をしていた。


城竜二と徳丸毅は、バイクに跨がりライダースーツ姿で。


式神恵美那は訓練用の野戦服で。


水天宮享と東山紅緒は制服で。


他の戦闘員と整備士、事務員は皆、私服で解放感に溢れた姿で集まった。


皆が驚いたのは、冒頭に管区司令部の副司令である聖大尉と軍本部から六郎丸少佐が慰労に来て、3分だけ挨拶していった点だ。


そのため、部隊長と副官は集合させられていた。


葛西幸尚指揮の元、おれのポケットマネーで購入された食材が次々と運び込まれた。


藍沢渚が手慣れた様子でバーベキューキットを展開していく。


「柩君主催のバーベキュー大会、第2弾ね」


指示を出すおれの隣で来島冴子が微笑んだ。


こうして、50名を超える新生第301生徒部隊のメンバーが一同に介した親睦の宴が開始された。


「ちゃんとご馳走を用意して、偉いわ」


有栖川鏡子からお褒めの言葉を頂戴する。


「バイクは?え?アニキっ?」


徳丸は困惑し、城竜二はライダースーツのままで焼き奉行に変身していた。


「柩。私は怒ったぞ。…1人だけ馬鹿みたいな格好をしているじゃないか。後で組手に付き合ってもらうからな。折ってやる…」


恵美那は美しい顔を歪ませて、実に怖い台詞を吐いた。


「…非常識だわ。信じられない」


「君の政治力には脱帽だな。…及ばずながら、私も包ませてもらうとしよう」


東山紅緒は溜め息をつき、水天宮は無表情に皿を受け取っていた。


シバリスは錦雁之助や結城ユウらと雑談に興じていた。


睦月と笹原は羽田連理に口説かれていて、久留米誉が皿を落として絶望の表情を見せる。


実にほほえましい光景だ。


それでも皆、明日からまた戦いに明け暮れるわけで、結成を祝う今日この日くらいはただ騒いでもいいのではないかと思った。


「よっ、俺の次に色男さん」


アロハシャツを着て串を持った羽田連理が、楽しそうに耳打ちしてきた。


「六郎丸、ご立腹だそうだから気を付けな」


***


トレーラーが7機の<蜉蝣>を戦場へと運んでいく。


羽田連理の巧みな操縦で<厄魔>の群を潜り抜け、部隊の展開に最適なポイントへと急行した。


停車とともに隊員は皆外に飛び出した。


『敵性反応は47。依然増殖中です』


東山紅緒のナビゲーションが入る。


1班と2班で前後に分かれ、それぞれ別行動で<厄魔>の排除任務をスタートさせる。


「睦月、笹原。そのまま直進してツーマンセルで敵に当たれ。恵美那は北東に。おれは北西を制圧する」


指示を出して、おれは最大戦速で<蜉蝣>を駆動させた。


此度の<厄魔>は1エリアに初動で出現するには多く、おまけにまだ増えていた。


こちらの戦力が充実しているとは言え、油断は出来ない。


ライフルを構えて射程に入った敵から順次撃破していく。


モニターを見ると、すでに60以上の光点が出現していた。


「東山、2班の交戦敵数を随時データで示してくれ。特に徳丸に注意して」


『了解です』


徳丸毅は休養明けで、継戦能力を過信するわけにはいかない。


『敵性反応、71を突破してます!』


おれは両手射撃に切り替えて、睦月・笹原組の進行方向の敵にも銃弾を浴びせかけた。


モニターを見る限り、恵美那は近接戦闘で<厄魔>の死体を順調に積み重ねていた。


気になるのは隊員たちの武器の弾数で、戦闘状況に入って30分と経たずして40%台に突入していた。


一度トレーラーに帰還して補給の必要がありそうだが、それには戦線の縮小を必要とした。


敵の残数が読めず、悪戯に後退させてもし追撃を浴びれば、損害も覚悟せねばならなくなる。


そして、モニター上の残弾表示にアラートサインが点灯を始めた。


同時に、2班の交戦敵数が40を超えた。


「全員聞け。順に補給を行う。徳丸と笹原はすぐにトレーラーまで後退。補給終了まで、残りのメンバーで戦線を縮小しつつ維持。敵を決してトレーラーには寄り付かせるな。第2陣は睦月と城。恵美那とシバリスはなるべく近接戦闘で継戦するように。以上」


『敵性反応、64』


撃破数が増殖数を上回った。


***


徳丸毅の<蜉蝣>が中破し、当人は軽症。


睦月の<蜉蝣>が小破、当人は無傷。


隊の損害は以上で、戦果は89体の撃破。


これは学生部隊の一度の出撃では破格の数字で、おれとシバリスは<国士無双>賞に該当する20体を超え、それぞれ27体と26体を討った。


式神恵美那が惜しいところで17、城竜二も11の星を稼いでいた。


数字だけ見れば上々の出来と言えた。


「…どう思う?」


水天宮部隊長が問う。


部隊長室には士官だけが勢揃いしていたが、その問いはおれにのみ向けられていた。


「理由や目的はわかりませんが、大量の<厄魔>が出てきたからには、この辺りに何かあるのでしょうね」


おれは答えた。


「根拠はあるかね?」


「逆説的には」


「言ってみたまえ」


「301と1185が急遽合流したこと。シバリスがいち学生部隊に配属されていること。軍のスパイが複数出向してきていること。…ひょっとすると、軍は何か情報を掴んでいるのでは?」


錦雁之助や有栖川鏡子が色めき立つ。


「スパイだと?」


「スパイとは、何のことです?」


「…別に害があるわけではないから黙っていた。東山君と羽田君は軍からのスパイだ。それぞれ系統は違うのだがね」


水天宮が言い、2人は絶句した。


「別に皆が皆清廉である必要はあるまい。ここは高校であっても軍の末端組織であることに変わりはない。要は、殺しが上手ければそれでいい。叩けば埃が出るのは、あの2人だけではないはずだ。…そうだろう?柩少尉」


水天宮がおれを見る。


「部隊長。今はそんな話はよろしいかと。大量発生が懸念される<厄魔>への対処法を議論しましょう」


来島冴子が発言した。


「対処法などない。柩少尉が少し触れたが、軍は現行戦力での治安維持を我々に求めている。部隊合流はそのためだ。追加の人員補充や物資の優先配備等は、無しだ」


そんなところだろう。


「2機修理中だぞ。パーツはどうだ?」


錦が隣の有栖川に質した。


「催促はしたけれど、いつも通りの応対だったわ…」


一同歯噛みする他なかった



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