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第2章 四海高校

第2章 四海高校


体育館で行われていた全校朝礼は校長の挨拶から淡々と進行し、生徒会報告へと移った。


生徒会長の水天宮亨らが登壇し、部活動や学業の状況を総括した。


見知った顔では、有栖川鏡子が会計として、式神恵美那が書記で整列していた。


そう言えば、朝礼の司会は東山紅緒が務めていた。


彼女のよく通る透明な声を朝から聞くことができるのは、実に好ましい。


最後に、第301生徒部隊の幹部報告があった。


水天宮亨中尉と有栖川鏡子少尉はそのままステージに残り、錦雁之助少尉がゆっくり壇上に上がった。


彼ら部隊幹部が戦況と部隊の近況を話し出すと、ざわついていた生徒らも皆口をつぐみ、聞き漏らすまいと集中したように見えた。


<厄魔>との戦いは自らの生死に直結するわけで、至極当然のことだ。


「…では柩無無さん。ステージにお願いします」


何を言われたのかわからず、おれは後ろに並ぶ葛西幸尚を見た。


「表彰だそうだ。それは聞いてなかった、って顔だな?」


葛西がおれの背を押し出した。


1度の戦闘で20体以上の<厄魔>を撃破すると、管区司令部から褒賞が出るらしい。


知らなかったし、いまのいままで誰も教えてくれなかった。


ステージで水天宮部隊長から<国士無双>の賞状を手渡された。


体育館中に拍手の音が響き渡った。


マイクがオフになったタイミングで、水天宮部隊長が「茶番に付き合わせたな」と一声かけてきた。


***


「それにしても、お前は凄いやつだな。俺だって<国士無双>は獲れなかった」


「たまたまポジションに恵まれたんだ」


休み時間に葛西と会話していると、自然と周りに一般生徒たちが集まってきた。


「柩くん、前の学校でも受賞してたって本当?」


「柩くんは偉くなれるの?」


「あの式神恵美那さんと仲が良いって聞いたんだけど…」


質問攻めにあい、葛西が議長をかって出たりしている。


「はいはい、質問は1人ずつね~」


「ゴリラ。何やってんだコラ」


生徒たちがささっと離れていった。


城竜二がこの3D教室に顔を出したのである。


城竜二はどっかとおれの隣の席に座り、おもむろに喋りだした。


相変わらず目付きは鋭く、リーゼントはしっかりとセットされていた。


「…マルの件でまた迷惑をかけた」


「徳丸君の様子はどう?」


城が首を左右に振った。


「ジョーよ。お前がシバき過ぎたんじゃないのか?」


「黙れゴリラ。あいつはそんなにヤワじゃねえ。化け物相手にビビるようなタマじゃねえんだ…」


葛西から聞いていた範囲では、徳丸毅はジョーが総長をやっていた暴走族で特攻隊長を任されていたという。


4月の入学時点では、同学年同配属の恵美那と競って、戦場を暴走していたそうだ。


ここ2戦においては、明らかに精神に支障を来しているように思えた。


「とにかく。次戦は俺が面倒を見る。シバリスはそろそろ本部メンテ入りだからな。つーわけで、よろしく。ゴリラもあばよ」


席を立って、さっさと出ていった。


そして、すぐに引き返してきておれに弁当を渡した。


渡し際に「マルの分を作っちまったからな」と言っていたのだが、顔を赤らめるのは止めて欲しかった。


***


校庭の隅のベンチで城のお手製弁当をつついていた。


味は申し分なかった。


「隣、よろしい?」


有栖川鏡子だった。


おれが「どうぞ」という前に腰掛けて、銀の細いフレームの眼鏡の奥から優しい目線を送ってくる。


甘い香りがした。


「お弁当、手作りね。まさか貰い物じゃないわよね?」


説明が面倒で、曖昧に笑みを返した。


「…最近藍沢さんからの注文が、やたら強気になってきてます。鋼ショルダー節材、超弾性内膜改、螺旋純銀弾…といった感じで」


「はあ…」


中指で眼鏡をくいっと押し上げて、有栖川が突っ込んできた。


「柩君。あなた彼女に装備の増強を指示していない?」


「なにも」


実際に、特に備品に関してオーダーした記憶はなかった。


「…そう。水天宮部隊長から戦闘隊員に、なにかそういった主旨のお達しは?」


「ありません、少尉」


「…今は学校の時間だから、いち同級生です。少尉は止めて」


自分から仕事の話題を振ってきておいてそれも無体な話だ。


「部隊の財政事情、よくないんですか?」


「それはね。シバリスがいる時点でもうメタメタ。でも彼女、戦力として魅力的なのは事務屋の私にもわかる」


戦闘用サイボーグのシバリスには恐怖や葛藤がなく、指揮系統の命じるがままに<厄魔>と戦う。


心が折れない戦士は最強の戦士だ。


その代わり、いまの科学技術でも彼女のメンテナンスはデリケートで、軍本部で定期的に手を入れる必要があった。


湯水の如く金がかかった。


「いち学生部隊たるうちに彼女が配属されていることについて、率直な感想は?」


「…式神の意向?」


「イエス。加えて水天宮部隊長の手腕ね。彼は軍部でも期待されているの。山の手も武蔵野も、彼に食指を伸ばしているわ」


恍惚とした表情で言った。


おれはよくわからないといった振りをして聞いていた。


山の手閥の筆頭が式神一族で、武蔵野閥の守護は安食一族が担っている。


戦時下といえど、軍本部では派閥間の主導権争いが続いており、前線ではそれとは無関係に兵士たちが死んでゆくものだ。


「あなたも私も、運がいい。部隊の趨勢は指揮官で決まる。例え泥亀が頑固者でもドジ子でも、指揮官がまともなら部隊は強くあり続けるわ」


「同感です」


これには本心から同意した。


***


今月は体力と筋力の強化を徹底することになっていた。


おれと恵美那はペアでグラウンドを走り続けていた。


城と徳丸の2人はマシントレーニングに行くと言っていた。


本来であれば、1年生たる恵美那と徳丸が組み、3年生のおれと2年生の城とが組む方が訓練効率は高いように思われる。


だがペアは水天宮部隊長の指示で分けられていたため、いち戦闘員たるおれがその点を気にする必要はない。


指揮官というものは、おれなど思いもよらない視点で思考を働かせているものだ。


「柩…お前の体力は底無しか…」


背後に恵美那の荒い息遣いを感じていた。


走り始めて2時間近くなる。


彼女はやはり頑張り屋だ。


「そろそろ休憩にしよう」


***


トレーニングルームで柔軟をこなし、訓練を終了とした。


栄養剤を片手に、首からタオルをぶら下げた式神恵美那が話しにきた。


「柩。前の学校での累積スコアは幾つだ?お前のことだ、100や200じゃきかないのであろう?」


「内緒」


恵美那がむっとした表情を見せた。


「調べればすぐにわかるのだぞ」


「でも内緒」


「馬鹿め。無駄な抵抗だ。お前のプロフィールなど隅から隅まですぐにでも明らかになる」


「じゃあ…君のスリーサイズを教えてくれたら、教える」


恵美那が黒く大きな目を剥いた。


「…柩、ロリコンだったのか?」


思わずベンチから滑り落ちそうになった。


「何でそうなる?」


「…私はまだ16だぞ。どう見てもお前は20を超えている」


「おれ18だけど…」


「そうなのか。お前、それにしては老けてるな」


ひどい中傷だ。


ため息をつく。


「だいたい、私のスリーサイズなど知って何とする」


「そりゃあ酷な質問だぜ、式神」


城が上半身裸でトレーニングパンツのみというラフ過ぎる格好で割り込んできた。


ニヤニヤしながらおれと式神を値踏みして、「おたくら、いつの間にか仲良しになってるもんだな」と茶化してくる。


「こいつと仲良しになった覚えはない!」


「スリーサイズを聞かれてたじゃねえか」


「それは柩が変態なだけだ」


…今度はそうきたか。


「…それにしても。やっぱてめえのその体、鍛え方が中途半端じゃあねえな。プロのそれだ」


城と恵美那がおれを見る。


城と違ってTシャツを着ていたので、恥ずかしいということはなかった。


「…学生部隊だって、言ってみればプロの兵士だろう?」


自分でも信じていない、適当な言葉が口から出た。


「俺には分かるんだよ、コラ。喧嘩が強ェ奴には共通点があるんだ。…無駄に力を誇示しねえで、密かに闘志を燃やすんだ」


「…なるほど。一理ある」


恵美那が頷くも、城に「お前のことじゃねえぞ」と貶されていた。


「水天宮部隊長のことを思っただけだ」


***


訓練、整備と放課後の仕事を終えると、たいてい時刻は21時を回る。


駅前に出て夕飯をとろうと考えながら校門に向かうと、東山紅緒が横に並んできた。


「こんばんは。東山さん」


「…こんばんは。遅いのですね」


「これでもスムーズにいった方かな。明日出陣があっても対応できる」


「…それは良かったです」


声は綺麗なのだが、調子は暗かった。


東山紅緒は部隊内で人付き合いが悪いことで有名だった。


あの葛西幸尚をして「あいつとは業務連絡以外で喋ったこともない」と言わしめるほどだ。


「これから駅前で夕飯なんだけど、一緒にどう?」


誘ってみたところ特に反応もなく、小声で「それは無理ですね」と拒絶の意思だけが返ってきた。


「残念」


「あなたは、誰に対してもそうやって馴れ馴れしく接してますね」


校門から出て、暗がりのある路地を行きながら東山が言った。


「そう?」


「そうです。…見ていて痛々しいです」


おれは答えに窮した。


東山も会話を続ける気はないらしく、三差路で「おやすみなさい」と言って別方向に帰って行った。


***


7月が近付き、いよいよ暑さは本格的になってきた。


葛西などは団扇を調達してきて始終扇いでいる。


「柩君、<国士無双>受賞してるんだから、エアコン設置お願いして~」


金髪の、梶ケ谷三春(かじがや・みはる)が両手でおれの肩を揺すった。


「おわっ!梶ケ谷、柩に触りすぎじゃない?」


葛西が指摘する。


「うりうり。羨ましいか?」


今度は袖先の二の腕をベタベタと触り始めた。


「暑い…」


「美少女の体温よ。我慢しなさい!」


梶ケ谷が何故か強気に出た。


部隊員以外では、彼女と仙太郎の2人と親交があった。


仙太郎は常に超然としていて、今も教室の後方隅で机に突っ伏して寝ていた。


葛西が梶ケ谷に玩具にされているおれを見て「いいなあ…」とバナナを欲するかのようなギラギラした目で呟く。


そんな日常を、耳をつんざくような警報があっさりと引き裂いた。


敵襲である。


***


E191510Gエリアに出現した<厄魔>は数は11と少なかったが、その位置が分散していた。


民間人の避難が不充分であったため、速攻が不可避で各個撃破の戦術が採用された。


水天宮部隊長も戦闘員として参戦し、みな各方面へと散らばっていった。


最東端の<厄魔>をライフルで仕止めたおれは、モニターを見て次の標的を探す。


「こちら柩。ターゲット012撃破。011へ向かう」


『了解です。水天宮部隊長も同ターゲットへ向かってます』


モニターの経路情報を見ると、水天宮部隊長の方が僅かだが先に到着しそうであった。


1対1ながら逃げ回っている徳丸毅以外の味方は優勢のようで、表示を見ると2体を撃破したシバリスが徳丸の援護に回ろうとしていた。


猿のような形態の<厄魔>と近接戦に入る水天宮部隊長の姿が視界に飛び込んできた。


決着は一瞬でついた。


<蜉蝣>の突進速度そのままに蹴りを浴びせられ、<厄魔>の上半身は吹き飛ばされた。


「柩か。011は撃破。我々はここで待機だ。増援に備える」


水天宮がマイク音声で伝達してきた。


「了解しました」


城、恵美那、シバリスが残敵を掃討し、おれたちは帰還ルートに従ってトレーラーへと集合した。


「はいはい、ご苦労さん。そんじゃ発進させるよ」


軽い調子で運転席の羽田連理(はねだ・れんり)が言った。


羽田はたいそうなイケメンで、その美貌は四海高校中の女性を賑わせていた。


部隊では事務員で、トレーラーの運転手を務めている。


「行ってくれ」


水天宮が指示し、6機の<蜉蝣>を収容したトレーラーが進発した。


「シバリス。明日からメンテナンスだ」


水天宮がメットだけ外して、シバリスに伝える。


シバリスは同様にメットを小脇に抱えて「了解です、中尉」と応じた。


ちっと舌打ちして、城がメットの下から徳丸を怒鳴り付けた。


「帰るまで待てねえ!マル、てめえどうなってんだ?シバリスがいない間、腑抜けたてめえのフォローはどうすりゃいいんだ、ああん?」


徳丸の「すみません…」と謝罪を続ける声だけがトレーラーに響いた。


***


「お話、いいですか?」


帰還して、藍沢渚と<蜉蝣>整備に従事しているとシバリスにそう声を掛けられた。


藍沢に断って席を外し、詰め所の外に出た。


シバリスの銀色の髪が闇夜に白く浮かび上がった。


「徳丸毅は精神に失調が見受けられます。遠からず肉体にも支障が出てくるものかと」


「…なぜそれを、おれに?」


「部隊長には具申済みです。ですが、何ら改善はなされていません」


「…で、おれにどうしろって?」


「私の分析では、あなたの意見が隊の運営に影響する程度を25%強と弾き出しました。そして、私は戦闘用サイボーグですので、誰も親身に接してはくれません」


実に回りくどいことを言う乙型サイボーグだ。


「おれなら親身に聞いてくれるとでも?その根拠が知りたいな」


「…勘です」


「なに?」


「申し訳ありません。ただの勘なのです。あなたは私と対等に話してくれるのではないかと」


驚いた。


戦闘用サイボーグの口から「勘」などと言う台詞を聞くことができるとは。


「おお~い!シバリス、どこだ?」


表の方からシバリスを呼ぶ声が聞こえた。


整備士の久留米誉(くるめ・ほまれ)のようだ。


彼女の整備を担当しており、軍本部とのメンテナンスの連絡も彼を介して行われていた。


「久留米が来た。徳丸の件はわかったから、行きな」


「ありがとうございます、柩さん。この会話記録はデリートしておきますので。ではまた」


シバリスは身を翻した。


ここまで人間らしい戦闘用サイボーグになど会ったことはなく、おれは狐につままれた感じで遠ざかるその背を眺めていた。


***


十分に根回しを済ませた後、徳丸毅の一時療養を提案してそれは水天宮部隊長に受理された。


城竜二がたいそう恩に着て毎日弁当を持参するようになったが、それほど迷惑にも思わなかった。


「柩。お前は意外と優しいんだな」


式神恵美那はそれだけを言った。


そして、4人に減った戦闘員の目まぐるしい戦いの日々が幕を開けた。



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