プロローグ
少女はその夜、布団の中でラブコメを知った。
『私に付き合いなさい!』
『ふんっ、あんたにしてはやるじゃない』
『バッカじゃないの!?』
スマホ画面には、黄色いカチューシャのヒロイン。主人公の男は彼女に振り回されて、最後はいつも「やれやれ」と言いながら従う。そして彼は、巨乳ドジっ子の先輩とか、無口系文学少女にも好かれているらしい。
アニメはこんなふうに終わった。
やれやれ系主人公が、カチューシャのヒロインにキスをして。
(なにこれーーー!? めっっっちゃ……いい!!)
今宮鏡花、このとき10歳。彼女はいたって普通の女の子だ。奇抜な発想があるわけじゃないし、運動も勉強も行動力も人並み。ただし彼女は「美少女」だった。
鏡花は、ラブコメのヒロインになりたいと思った。
初めに、鏡花は幼馴染を創造した。なんとなく、好きなアニメのやれやれ系主人公をそのまま具現化しちゃう自分って痛いオタクだと思ったからだ。
鏡花は言った。
「やれやれ系はナシ」
こうして、文系メガネの幼馴染が生まれた。鏡花は幼馴染のキャラデザを確認して、「えっち~。合格」と思った。彼女にとって文系メガネは正義だった。来栖三太の誕生である。
鏡花は言った。
「男主人公はモテればモテるほどいい」
こうして三太は、とにかくめちゃくちゃモテるようになった。小学生なのに1か月で町内の美少女全員と付き合った。ヒロインを見捨てることはなかったが、それはあまりに見てらんない日々だったので鏡花は注釈を付けることにした。
「モテるからといって遊びまくるようなチャラ男はナシ」
その通りになった。三太はとてつもなく鈍感な性格に改変された。それでも鏡花は、三太(Ver.2.4.1)に納得することができなかった。
鏡花は言った。
「鈍感にすればいいってもんじゃないの。聞いてる?」
『はい。聞いております』
神は応答した。
『ここからのアップデートは有料プランとなります』
「マジか。先に言っといてよ」
『ただ今考えています。通常プランの場合、時間がかかることがあります』
「神のくせにAIぶんのやめて」
『はい』
鏡花はどうしても男主人公をアップデートしたかった。アップデートして、一緒に青春のあんなことやこんなことをしたかった。彼女は、超シコい海賊版アダルトビデオの抜きどころで詐欺広告が入ったときのような精神状態になっていた。
「それで、おいくら万円出せばいいのよ」
『鏡花様が生涯働いても返済できないくらいの大金でございます』
「じゃあ初めから話を持ちかけないで」
『ただし』
「ただし?」
『システムの精度や利便性を妥協していただければ、無限のアップデートが可能です』
「それって、どんなもんなの」
『禁則事項です』
「ああもう、いいよ。それで。それでいいから。早く」
鏡花は言った。
「鈍感だけどある程度自分の脳みそで考えられるくらいの知能があって行動力もあって、最終的に私のことを好きになるって結末は変えないで」
「あと、やれやれ0%から20%にアプデ」
神は応答した。
『かしこまりました』
『なお【無料版】世界改変し放題プランへご加入いただきありがとうございます。今後、神への口頭での問い合わせは無効となりますが、鏡花様が願うだけで世界を何度でも改変することが可能です』
「それなら楽になるし、いいじゃん」
『ただし【無料版】では、鏡花様が世界を改変した事実を忘れてしまいます。つまり、鏡花様の無自覚かつ日常的な願うという行為により世界改変が起こります』
「ちょちょちょちょっと待ってそれはヤバ」
鏡花はめちゃくちゃ焦った。焦ったけど、何もできなかった。
神は、しごできだった。
『では、神と交信をした記憶を消去させていただきます』
『末長いご契約、心より感謝申し上げます』
「それ消費者庁に訴えてやるから」
『天界にそのようなものはございません』
『では』
鏡花は全てのことを忘れた。
彼女の記憶を消去したあと神は、さてどうしよっかなーと頭を抱えた。
神は、正直疲れていた。疲れていたから、テキトーに仕事を終わらせたかったのだ。ちなみにさっきの内容は全部でっち上げだ。鏡花が願うたびに世界をアプデしてたらキリない。だからテキトーなこと言って記憶消して、はい終わり。
その神の所属する有限会社は、新手のビジネス――人間の願いを叶えていい気分にしたあと有料のサブスクサービスに勧誘するシステム――を拡張しようとしていた。しかし、神は気付いていた。これ、サブスク代高すぎてビジネスとして成功しない。営業かける気すら起こらない。かといって社長は商材代を絶対妥協しないし。終わりだこの会社。
神は脱サラした。気持ち的にはほとんど辞めかけていたが、ちゃんと辞表を出した。
地元の神社に帰っておとなしく祀られよ~と思った。数日経って、神はめちゃくちゃ暇になった。賽銭とかお祈りとか、しょっちゅうあるわけじゃないのだ。
そして神は思い出した。自分が生み出した存在、来栖三太のことを。
実は、鏡花が彼を「えっち~」と思ったとき、神も同じことを思っていた。
神は、青春がしたくなった。




