第39話:地獄の沙汰も、僕のせい(※閻魔様も休みたがっています)
天界の使者が「グレーの鳥」のようにしおれて帰っていった翌日。今度は、屋敷の床からドロドロとした黒い泥が溢れ出し、真っ赤な肌に巨大な角を持つ男――地獄の王、エンマが現れた。
「カノン! 貴様のせいだ! 貴様のせいで、地獄の経営が破綻寸前なのだ!」
エンマ王は、手にした巨大な帳面を僕の鼻先に突きつけて叫んだ。
「……はぁ。エンマ様、地獄に経営なんてあるんですか? 悪い人が落ちてきて、それを裁くだけでしょ? 景気に左右されるような仕事じゃないはずですよ……」
僕は頭を抱えて、床の泥がラグに染み込まないか心配しながらため息をついた。
「それが大ありだ! 貴様が世界中の『やる気』を奪ったせいで、悪党たちが『悪事を働くのも面倒くさい』と言い始め、泥棒も詐欺師もみんな昼寝をしている! おかげで地獄へ落ちてくる新人が激減し、針の山はサビつき、血の池はただのぬるま湯だ! 獄卒たちのモチベーションはガタ落ちだぞ!」
「……いいことじゃないですか。平和ってことですよ」
「平和すぎて暇死にするわ! このままでは地獄は閉鎖だ! さあ、今すぐ世界に『適度な悪意』を振りまいて、地獄に活気を取り戻せ!」
「……主殿。この赤いお方は、どうやらご自分の『ノルマ未達成』を主殿に転嫁しに来たようですな。お嬢様、この方の角を折って、主殿の背中をかく『孫の手』に加工しましょうか?」
「最高ねパパ! 地獄の王の角なら、どんな痒いところにも届きそう!」
パパの影がエンマ王の足元を締め上げ、アビィがカスタネットで不穏なリズムを刻み始める。
「……はぁ。エンマ様。仕事がないなら、いっそのこと地獄も休業しちゃえばいいじゃないですか。スタッフのみんなを、バケーションに連れて行ってあげたらどうです?」
僕は、自分のノルマを押し付けてくる「ブラック上司」のようなエンマ王の暑苦しさに耐えかねて、氷点下を通り越して絶対零度のため息を吐き出した。
「『どん底ため息砲・永久有給休暇』!!」
スゥゥゥゥゥゥゥゥン…………ッ!!
僕のため息がエンマ王を包んだ瞬間、彼の真っ赤な肌が健康的な「日焼け色」に変わり、持っていた帳面がいつの間にか「南の島のガイドブック」にすり替わった。
「……あ。……そうだ。なんで俺、毎日毎日、嘘つきの舌を抜くなんて地味な作業を千年も続けてたんだ……? ……血の池、温泉に改造したら最高に気持ちいいんじゃないか……?」
「エンマ様!? 目がキラキラして、ハワイアンシャツが似合いそうな雰囲気になってますよ!」
エンマ王は「アロハ……」と呟きながら、泥の中に沈んで帰っていった。おそらく今頃、地獄では針の山が「キャンプ場」に、焦熱地獄が「サウナ施設」にリニューアルされているはずだ。
「流石は主殿。死後の世界すらも『レジャー施設』に変えてしまうとは。これで人類は、死んでからも働かなくて済むようになりましたな」
「……はぁ。地獄が楽しくなったら、みんな余計に悪いことしそうだけど……まあいいや、僕が寝てる間は、静かにしててほしいな……」
僕は、地獄の沙汰も「ため息」次第であることを確信し、パパが淹れてくれた(地獄の業火で焙煎された?)深煎りコーヒーを飲みながら、深い、深い微睡みに落ちていくのだった。




