第21話:精霊の森と、僕の鼻水(※花粉症に魔法は効きません)
王都を脱出し、僕たちが辿り着いたのは、世界一巨大な樹木が群生する『精霊の樹海』だった。
ここにある聖域に、パパの二つ目の核――『生命のオーブ』が眠っているらしい。
「……はぁ。空気が美味しいはずなんだけど、なんだか鼻がムズムズするよ……」
一歩森に足を踏み入れた瞬間、僕は頭を抱えて深くため息をついた。
視界の先では、緑色の精霊たちが木々の間から顔を出し、僕たちを警戒するように手元の「黄色い粉」を振りまいている。
「ハ……ッ、ハックションいッ!!」
突如、アビィが盛大なくしゃみをした。その衝撃で、指先から放たれようとしていた破壊魔法が暴発。近くの巨木が消し炭になる。
「ちょっとおぉ! なんなのよこの粉! アタシの鼻が……鼻がバカになっちゃうじゃない! ズルッ、ズズッ……」
「……お嬢様、お気を確かに。これは精霊たちが放つ『拒絶の胞子』。魔力を帯びた存在の粘膜を刺激し、魔法の構築を阻害する……魔神にとっての天敵ですな。……ハッ、ハッ……ハクチュンッ!!」
あの完璧な執事のパパまでもが、高級なハンカチを片手にくしゃみを連発している。
二人とも、目も鼻も真っ赤だ。最強の親子が、ただの粉に屈している……。
「主殿……。申し訳ありません。この状態では、精密な魔法の発動が不可能です……。ズルッ。……生命のオーブを回収する前に、我々の鼻が……崩壊します……」
「……はぁ。結局、僕がなんとかしなきゃいけないんだね」
僕は二人を自分の背後に下がらせ、一歩前に出た。
肺いっぱいに、あえてその「黄色い粉」を吸い込む。……うん、痒い。喉もイガイガする。
でも、僕の体にはパパの「虚無」の魔力が流れている。不純物を無に帰すための、渾身のため息を練り上げた。
「……ふぅぅぅぅぅぅ…………っ!!」
「『どん底ため息砲・空気清浄』!!」
ヒュォォォォォォォ……ッ!!
僕の吐息が透明な波動となり、森の木々を揺らしながら広がっていく。
それは精霊たちの胞子を一瞬で無力化し、汚れた空気を一掃した。森の中には、まるで高級避暑地のような、澄み切った清涼な空気が戻ってくる。
「……あ。鼻が通ったわ! カンちゃん、やるじゃない!」
「流石は主殿。私の魔力を『ろ過』して放つとは……。もはや歩く清浄機ですな」
「……はぁ。空気清浄機って言わないでよ。僕は人間だよ……」
精霊たちは僕の「ため息」のあまりの爽やかさに毒気を抜かれたのか、木の上でポカンと口を開けて固まっている。
「さあ、今のうちに奥へ進むわよ! 早くしないと、また鼻がムズムズしてきちゃうわ!」
意気揚々と突き進むアビィと、その後を優雅に追うパパ。
僕は再び頭を抱え、自分の「ため息」の用途がどんどん家事寄りになっていることに絶望しながら、森の奥へと足を進めるのだった。




