①篠陽
文芸サークル伽藍堂の2024リレー小説第三弾です。
一週間に一回は更新できると思いますので、読んでくださると幸いです。
私があなたに初めて会ったのは、雪の降る聖夜の事だった。
当時の私は高校三年生で、その日もいつもと同じように朝から塾に籠っていた。行きたい大学もやりたいことも相変らず決まらなかったが、とりあえず共通テストの勉強をしていたら、いつの間にか閉館時間になっていたので、帰路につく。外に出ると、ちらほらと雪が舞っていた。万が一にも風邪を引くわけにはいかないと傘をさして歩き始める。
さて、何を食べようか。お腹の空いた私は欲望のままに、駅前の商店街を目指した。塾の閉館時間から家に帰るとそれなりに遅い時間になってしまう。次の日も私と弟のお弁当を作るために早起きする母を、そんな時間まで起こしているのは忍びなかったので、夜ご飯はいつも外で食べて変えるようにしていた。商店街に近づくにつれて人が増えていく。
失敗した。それが商店街に着いてすぐに思ったことだった。私は今日がクリスマスイブであることを忘れていたのだ。
周りを見渡せば、店頭にキラキラと色とりどりの小さな灯りが点り、店内からクリスマスソングが流れている。コンクリートには薄く雪が積もり、カップルは傘を持たない手をつないで歩いていく。これではきっとどの店も混んでいて入れないだろう。それにたとえ入れたとしても、カップルだらけの幸せ空間で、今の私が美味しくご飯を食べれる気がしなかった。
諦めて駅に向かう。このまま何も食べずに帰ってしまえば、きっと母は心配するだろう。私としては一晩ぐらい何も食べずとも良いが、母に嘘は通じないだろう。すぐにばれて何か作ってくれるに違いない。それは避けねばならない。母にはもう迷惑も心配もかけたくはなかった。
そういえば最寄り駅の南口に新しくコンビニが出来たはずだとふと思い出す。まだ行ったこともなかったし、せっかくだから買って、家に向かうまでに食べてしまおう。そう決めて電車に乗った。やはり車内も楽し気な男女で埋め尽くされている。きっと私だって大学に入れば、彼らの仲間入りが出来るんだ。そう自分に言い聞かせて、彼らから目線を窓の外に移す。今日はみんな遊びに出ているか、家でお祝い事をしているのだろう。線路沿いの薄暗い道には、誰もおらず、静かに雪だけが積もっていた。
最寄りの駅で電車を降りる。腕時計を見ればもう11時近くになっていた。雪は弱くなっており、傘をさすほどでもなくなっている。いつも通り北口から駅を出る。早くコンビニによって帰ろう。そこでようやく、自らの間違いに気が付いた。私の最寄り駅はやっかいな構造をしていて、北口と南口の改札自体が分かれており、通り抜けが出来ないのだ。きっと自分が思っているよりも疲れているのだろう。早くコンビニに行って帰ろう。そう思い、線路に沿って歩き始める。数十メートル先に見える踏切を渡って駅の向こう側を目指す。線路沿いの道は静まり返って、ただ道に面する住宅から漏れ出る光だけが道を照らしている。薄暗い道は普段歩かないこともあって、余計に不気味に思えた。早歩きで踏切を目指す。
踏切に近づくと踏切の向かいから光が漏れているのが見えた。その光は車のライトにしてはオレンジがかっていた。なんなのだろう。気になってさらに足を早める。だが、踏切を渡ろうとしたところで、運悪く警報音が鳴ってしまった。仕方なく踏切の前で待つことにした。しばらくすると、電車が目の前を通り過ぎていく。電車の風に乗って、ほんのりと何かの匂いが鼻腔をくすぐった。最近コンビニで嗅いだような匂い。食欲をそそるような匂い。
踏切が開く。その先にあるものを私は何となく理解していた。近づけば近づくほど、出汁の匂いは強くなっていく。線路の脇の空き地にあったのは昔ながらのおでんの屋台だった。
「あれっ。お嬢さん、こんなところでどうしたんだい?」
まずはここまで読んで下さり、ありがとうございます。
そして初めまして、今回リレー小説の一話目を書くことになりました篠陽と申します。
個人でも投稿していますのでそちらも見てくださると幸いです。




