終
『帝都の切り裂き男の正体は、高畠貿易社長の高畠ソウジだった』
そんな見出しの新聞が発行され、国中が騒然としてから数日後の事。
ホノカ達が件の出動に関する報告書をミロクに提出しに行った時、彼から高畠の取り調べの話を聞く事が出来た。
「まずは切り裂き男として捕まっていた男の事だがな、あいつは高畠から金をもらっていたらしい」
「お金ですか?」
「ああ。そいつの母親が難しい病気でな。治療のためには手術が必要なんだが、それが高額だったそうだ」
男は必死に働いたが、目標の金額を貯めるまで数年は掛かる。その間に母親の容体が悪くなってしまうかもしれないと焦っていた男に、高畠は声を掛けたのだそうだ。
「あいつ、その話をどこで知ったんだろう」
「悪党には悪党の繋がりがあるからな。怪異因子を作る方法に関しても、その辺りから情報を得たんだろうよ」
「なるほど……。それでお金を出す代わりに自分の身代わりになれ、とでも言ったんでしょうか?」
「ああ。金を渡した時に怪異因子を寄生させ、高畠ソウジに関する事で真実を話せないようにした上で正体をバラしたそうだ」
ミロクは吐き捨てるようにそう言った。その時の事を高畠は「私の正体をバラした時の慌てぶりと言ったら! 実に滑稽でしたよ」なんて笑って話していたそうだ。
「性根が腐りきってやがる」
ミロクはうんざりした声でため息を吐いた。
逮捕されてから高畠は、自分の犯行をぺらぺらと楽し気に、まるで自慢するかのように自白しているらしい。本当にどうしようもない男である。
「その高畠ソウジだがな、どうやらこいつも病気を患っていたらしい」
「病気ですか? ……見えませんでした」
「かなり強い痛み止めを常用していたらしいな。診断した医師によると、もう手の施せない状況で余命一年だそうだ。だからやり残した事を成し遂げようと思ったんだと言っているらしい」
「そんな人生最後の思い出みたいにされてもなぁ……」
「不名誉ですよ、本当に」
双子も揃ってため息を吐いた。げんなりした様子のホノカ達を見て、ミロクとシノブが小さく笑う。
「ま、余命宣告されなきゃ、そいつを身代わりにしたまま逃げ通すつもりだったんだろうな。そしてほとぼりが冷めた辺りで、また同じ事をしでかしていただろうよ」
「そうですね。私も一度取り調べに立ち合いましたが、自己顕示欲とプライドが高そうでしたから。自分のやった事を他人のものにしたまま終わらせるのは、面白くないでしょう」
ミロクの言葉を引き継いでシノブがそう言った。
「あいつの取り調べ、見て来たんだ」
「ええ。私の友人達を苦しめた非道の顔ですから。一度、ちゃんと見ておきたかったんですよ。殴れなかったのだけが心残りですね」
頬に手を当ててシノブはふう、と息を吐く。シノブにしては少々過激な発言にホノカとヒノカは苦笑する。
「本当に、どこまで最低な奴だったね」
「ろくでもないです」
「ああ、そうだ。だが、これでようやく、終わらせることが出来た」
ミロクはそう言うと、机の上に一振りの太刀を置いた。
白く美しい蒸気装備<天照>。双子の父親である御桜ミハヤが愛用していたものだ。
高畠邸でホノカが見たものは、やはり本物の<天照>だった。
あの日、高畠ソウジが切り裂き男であると確定したと同時にミロクが家宅捜査令状を取り、スギノとセツが中へ踏み込んで押収したのである。
「これからも事件の痕跡を辿る事が出来た。<天照>の試験管にホノカの霊力水が入っていたおかげで、あいつの死の間際を見る事が出来たよ」
「――――」
ミロクの話を聞いてホノカは目を見開いた。
「……私の?」
「ああ。高濃度の霊力を間近で受けたから、蒸気装備が誤作動を起こしたんだろうな。ほんの僅かだが霊力水に変換されて残っていた」
「…………」
ホノカが驚いていると、ヒノカが肩にぽんと手を置いた。何だか泣きたくなってきたのを、ホノカはぐっと我慢する。
「ミロクさん、<天照>はこれからどうなるんですか?」
「ああ。持ち主はミハヤのままだから、後で登録を変更してお前らに渡すよ。あいつの形見だからな。過去に帝国守護隊がお前らに何をしたか、今回の事で思い出した連中も大勢いる。だから反対はしねぇだろうなぁ」
「あら。させない、の間違いでしょう?」
「当然だろ?」
シノブの言葉にミロクはニッと笑うと席を立ち上がった。そして双子の方へ近付いて来ると、おもむろに双子の頭をわしゃわしゃと撫で始める。
「わ、わ! な、何、ミロクさん!?」
「いやー、ちらっと聞いたんだがよ。お前ら、ウツギの前でボロボロ泣いたらしいじゃねぇか、このこの~」
「誰から聞いたんですか? 後でその人にお話があります」
「ははは、内緒。ウツギじゃねぇぞ」
双子が止めようと暴れるも、ミロクは笑って撫で続ける。とても嬉しそうに、そしてほんの少しだけ眩しそうに目を細めている。
「……頑張ったな、お前ら。本当に、よく頑張ったよ」
そしてミロクはそう言った。驚いて顔を見ると、ミロクの目が涙で滲んでいた。
こんなミロクを見のは初めてで、ホノカとヒノカがあわあわとしなががら、助けを求めるようにシノブへ顔を向ける。だが彼女も同じように泣いていて、ハンカチで涙を拭っていた。
「…………」
「…………」
自分達の大事な人達が、自分達のために涙を流してくれている。
それを見て双子は照れて顔を赤くしながら、
「「……ありがとうミロクさん、シノブさん」」
と小さな声で言ったのだった。
◇ ◇ ◇
ミロク達としばらく話をした後、ホノカ達は桜花寮へと戻った。
茜色に染まる帝都を何となくすっきりした気持ちで眺めながら玄関をくぐると、
「もー! アカシさん!? あなた、本当に雑ですわね!?」
「ああん!? うるせぇな、良い感じだったじゃねぇか!」
……アカシとユリカがまた喧嘩をしていた。
(ああ、日常ですねぇ……)
それを見て呆れ半分、安心半分にホノカは心の中で呟いた。
喧嘩を見て日常に戻ったとほっとするのもどうかと思うが、ホノカがここへ来た日から毎日見ているのがこれである。もしかしたら自分の中で、この喧嘩を見る事がルーティーンの一部になりかけているのかもしれない。
「あ、隊長! おかえりなさい!」
「おかえりなさーい!」
双子が呆れ顔でそれを眺めていると、隊員達が集まって来た。よく見れば、珍しく全員が揃っている。
「ただいま。今日は何で喧嘩をしているの?」
「あはは……。その、食堂の飾りつけでちょっと……」
「飾り付け?」
「ええ。歓迎会のやり直しをしようと思いまして」
ウツギとトウノの言葉にホノカとヒノカが目を丸くする。
歓迎会のやり直しとは何だろうかと思っていると、
「この間の歓迎会は、結局それっぽくないまま終わったからな」
「ほぼ自分達のせいでありますけどね。でも、だからこそ、もう一度ちゃんとやりたいって、皆で話していたのであります!」
スギノとセツがそう教えてくれた。
「うふふ。今日はね、この間とはちょっと違うお料理なのよ」
「はい! 頑張って作りました!」
イチコとヒビキの言葉を聞いて、ホノカとヒノカはぽかんと口を開けた。
歓迎会なんて開いてもらったのはこの間が初めてだったが、それをもう一度行うだなんて、まるで本当に歓迎されているようじゃないか。
(……あ、違う。歓迎されているようじゃないか、じゃなくて。――本当に歓迎してくれているんだ)
それを理解したら、ミロク達の時とはまた違った意味で、双子の顔がぼんっと音が鳴りそうなくらいの勢いで真っ赤になった。
「え、ええーと、あの……」
「そ、それは、どうも……」
ホノカは両手を頬に当てて俯き、ヒノカが慌てて顔を逸らす。
するとその場にいた隊員達の目が丸くなる。アカシとユリカも驚いたのか喧嘩が止まっていた。
「ふ、ふくく……」
それから噴き出すように笑い出す。
「ははは。それじゃあ、食堂、行きましょうか!」
「「ひゃい!」」
動揺のままに双子が揃って噛むと、笑いが大きくなる。
その日、桜花寮では夜までずっと、そんな明るい笑い声が響いていたのだった。
了




