西方へ――。
西方。
ライヒ大帝国の西方。
切り立った山間が多い地方。
“剣蓮流”の総本山『剣峰山』といった帝国屈指の山脈が連なっている。
西方は古くから修験者や剣士、練士、戦士などが山ごもりする場所で有名な地方でもあった。
特に、伝説の偉人[戦神ヘルト]も修行場として西方に赴いたことがある。
千年前、ライヒ大帝国が王国時代、真っ先に進軍したのが西方である。
自然豊かな東方ではなく、西方を選んだのか。
西方は切り立った山間が多い分、風の気流が複雑であり進軍するのに時間を要する地方である。
何より、西方にはこの世界随一の背丈と武力を有する巨人族の国があったからだ。
巨人族の強さは古き時代から知られており、精霊契約をした人族であっても太刀打ちできず、練度を高めた異種族であろうと相手にならない武力を有していた。
では、“いた”なのか……なぜ、過去形なのか。
巨人族自体は今なお存命している。しかも、巨人族の寿命は数百年。下手し千年以上も生きている巨人族が存在する。
千年以上も生きている巨人族が若い巨人族にキツく言われているかもしれない。
ライヒ大帝国の人間を甘く見るな、と――。
なぜ、そうキツく言われているのか。
かつて、巨人族は小さき生命体にコテンパンされた歴史がある。
巨人族は耳長族や獣族と違い、創造神自ら生み出した異種族。
世界の管理を任じられた異種族である。
自ら生み出した異種族……真人間の管理を命じられた。
同時に誕生した世界の維持・管理を命じられた。
では、なぜ命じられたのか。かつて、巨人族は自ら創造神に喧嘩を売った歴史がある。
今では語り継がれぬ歴史なのだが、ライヒ大帝国には残されている。
世界の深淵はライヒ大帝国にあり、と巨人族の中で言い伝えられているからだ。
なぜ、そう言い伝えられているのか。
巨人族の長老は若かれし頃、ライヒ大帝国が王国時代に初代五大将軍の前に完膚なき敗北を叩きのめされた。
精霊契約を果たした人間程度、巨人族の相手にならない。それはライヒ大帝国歴史にも残されている。
しかし、初代五大将軍は特別だった。まだ幼き“五神帝”を契約していた上に“神器”を解き放ったばかりだった。故に巨人族であろうと圧倒的な力を前に屈服する他なかった。
しかして、歴史において、ライヒ大帝国は巨人族の国に死傷者を出していない、とされている。
ライヒ大帝国はまず最初に交渉という形に味方を得たという歴史書に記されている。否、歴史学者がライヒ大帝国の怒涛の進撃。その序章が西方の巨人族との協定だからだ。
「――と、言う感じでライヒ大帝国は王国時代、巨人族との協定を結び、栄光なる歴史を突き進んだとされている」
考古学の教授が資料と魔法をベースにライヒ大帝国の歴史を語ってくれている。
当然、時期は夏季休暇明け。
西方から帰省中のジノとニナらと合流したズィルバーとティア。
“緑銀城”でカルネスも合流した。合流した日は“緑銀城”で傷を癒やすことにした。
“緑銀城”。つまり、ラニカ公爵家の居城にして、ユージの居城でもある。
居城で休息を取った際、ズィルバーはカルネスに詳細を事細かに告げた。
「“ギーガス山脈”の地下迷宮にて“竜皇女”が完全復活した」
「なっ……“竜皇女”……ドラグル・ナヴァールが蘇ったのか!?」
「正確に言えば、バカユウトに転生した形で復活した」
「なっ……!?」
カルネスもといカルニウスは主・ズィルバーの弁に動揺した。
「ユウト……皇族親衛隊の次世代のエース。転生したとはいえ、復活したことに変わりない。下手したら世界に脅威をもたらしかねない!!」
カルネスの叫びも理解できるズィルバー。
しかし、ズィルバーは別の問題がある。
「カルニウス。ティアは間違いなく彼女の力を継承している。不死鳥が顕現した」
「なっ――!?」
「ハルナもシノもユリスもアヤも不死鳥を顕現させている。しかも、“不死之羽衣”……魔装を発現させている」
「そ、そんな……ティア様はすでにあの御方と同じ力を……」
「他にもある。俺もそうだが、“竜種”が完全に復活した」
「えっ? “竜種”? なんですか! なぜ、ティア様の魂と溶け合った“竜種”……“彩虹竜アルトゥール”様が目覚めるのです!
早すぎますよ……」
「ああ、そのとおりだ」
(カルニウスの言う通り、早すぎた。おかげで守護神が施した封印が解かれている。しかも、アルトゥールめ。前回の二の舞いをしないためにティアの魂への負担を軽減するために魔改造しやがった)
ズィルバーは見逃さなかった。そもそも、“守護神”の“真なる神の加護”保持者。守護神がティアに施した加護を彼女に適合かつ効率良く扱えるように魔改造された。
よって施された封印が完全に壊れたのをズィルバーは感知したのだ。
(クソ。おかげでティアは完全に“女神”の“真なる神の加護”を扱えることだろう。
まあ幸いの救いなのは適合するのに時間を要することか。でも、適合するまでの時間なんて長くないだろう。アルトゥールが覚醒した今、ティアの身体を大事にするはずだ。彼女を死に追いやらせたことを後悔しているはずだからな)
ズィルバーは深く思考した。
同じ轍を踏まないために思考を凝らしてくる可能性がある。
でも……
(しばらくは大人しくしているだろう。俺も俺で戦いから身を引いて学園生活を送りたいよ)
トホホと涙を流したくなるズィルバー。
「――で、あるからして巨人族は今もなお、西方の各地に散らばり静かに暮らしている、とされている。
ここまで聞いて質問はあるかね?」
「先生。巨人族って本当に強いんですか?
巨人族って凶暴な異種族なんですか?」
「そもそも、巨人族ってほんとに大きいんですか?」
「巨人族ってどうして存在しているんですか?」
学院生からの質問の応酬に教授も困っている。そこへついつい言葉をボソッとこぼしてしまうのが――
「巨人族は強い。闇堕ちしたとしてもその強さは変わらない。
闇堕ちした巨人族を相手にしたティアなら一番理解しているだろ?」
「う、うん……」
ズィルバーに話を振られてティアはコクリと頷いた。
「太古の昔、一時期だけど巨人族が世界を席巻していた歴史がある。そうですよね、教授?」
「その通り。今から二千年以上前には巨人族が席巻していた歴史がある。
これはライヒ大帝国西方と南方に残された太古の遺跡に記されていた」
教授が別途の資料を黒板に張り付ける。
「こちらは西方の山間で発見された古代遺跡の壁画で、こっちは南方の密林に隠された古代遺跡の壁画である」
掲示された写真を見せてくれる教授。
「でも、どうして巨人族は生まれたの?」
「そ、それは……まだ解き明かされて……――」
「ライヒ大帝国の南方辺境にある“ドワディアン・ロックス”遺跡……小人族がかつて栄えていた古代遺跡。そこになら巨人族並びに創世神話が記されているはずだよ」
「な、なんと!? ライヒ大帝国の辺境にそのような遺跡が……!?」
「ねぇ、ズィルバーくん。創世神話、って何?」
「この世界の誕生。あくまで小人族が独自の見解で壁画に残した神話」
「へぇ~、公爵家になると、そんなことも知っているんだ」
「まあね。次期当主たるもの勉強しておかないとね」
(実際は千年前に一度見に行ったことがあるからだけど……)
本音は心の中に留めてズィルバーは資料を見つめながらポロポロとこぼした。
「巨人族は強い。特に神話から生きる“破壊神”はな……」
ズィルバーは意味深なことを呟いた。
「破壊神? ズィルバーくん。それは一体……」
「疾うの昔に封印された巨人族の神様。三位一体の神。その脅威は創造神も封印させるほどの破壊神。今もなおどこかに封印されているという話。
あくまで神話上の言い伝えだ」
ズィルバーがポロッとこぼした。
しかして、教授が告げる。
「神話! 考古学! 未知なる疑問に直面したとき、人は知りたい欲が刺激される。それが人間の性である! 諸君らも未知なる道を求めて日々邁進してほしい!」
と、締めくくって考古学の講義の一限目が終わった。
本日は二限目と三限目が考古学の専門講義だ。
そもそも、あの出来事からすでに三年の月日が経過した。
どうして三年か。一気に流れが進んだのか。それは簡単だ。
ここ三年で国内の情勢が大きく変わった。
今の今まで地方の交流が盛んだった。なのだが、今は地方も内側に目を向けて地方再生に尽力し始めた。
理由は簡単。
もうじき控えている“決闘リーグ”があるため、エリザベス殿下の派閥とエドモンド殿下の派閥がしのぎを削っている。
ズィルバーらは最初からエリザベス殿下の派閥に手を貸すことで話を済ませている。
本来、風紀委員会は生徒会長決定戦に手を貸す義理がない。
それは絶対であり、ズィルバーが定めた方針だからだ。
だけど、今回だけは特例として認めたのだ。
例年通りの“決闘リーグ”なら良かったのだが、今回の“決闘リーグ”だけはきな臭いことが起きるんじゃないか、という前兆をズィルバーは感じ取った。
レインに確認を取らせたら、カズもユンもユージもユーヤも似たような啓示やら虫の知らせやらを感じたそうだ。
同じ穴の狢なのか直感が働いてしまったのだ。
故に、ズィルバーは特例的に認めさせたのであった。
おかげでティアや“四剣将”、“豪傑”あたりは“決闘リーグ”の準備に四苦八苦していた。
ティアからは準備の手伝いをしろと言われているけど、ズィルバーは学園の教員らや来賓客への対応している。
むろん、姉らに頼まれた以上、断ることができない。
なので、準備にティアたちに押し付けて自分は教員と来賓のチェックをしているのだった。
しかし、あくまで準備は放課後に行われる。生徒会役員の大半が卒業を控えていること以外は基本、自由登校期間なので準備もそうだが、派閥の強化に尽力している。
結論、“白銀の黄昏”が講義の合間に“決闘リーグ”の準備をしている。
長期的に見越してズィルバーが三年前から準備を始めるように促した。
きっかけは西方から帰還したあとのことだ。
ライヒ大帝国は地方間の移動は極めて大変だ。
西方から北方、南方へ帰還するのも危険である。厳しい環境もそうだが、越境には強力な魔獣が生息している関係上、越境を抜けるのは危険。よって導き出された答えが中央を通っての帰還であった。
しかし、帰還する前に斯様な御方が西方へ赴かれた。
それは今でもズィルバーは憶えている。
「こ、皇帝陛下!?」
「お父様!?」
皇帝陛下直々に西方へ赴いてきたことに驚きを隠せないズィルバーたち。
公爵家次期当主とはいえ、皇帝陛下へ礼儀を尽くすのが自然の道理。故に臣下の礼をして頭を下げるも――
「顔をあげよ。このような場で頭を下げられては叶わぬ」
「かしこまりました。
――して、皇帝陛下。此度はこのような場へ?」
「うむ。先日、“聖霊機関”いや“七大天使”に事の次第を聞き、西方へ赴いた次第だ」
「わかりました。ユージ」
「うん。陛下。居城へお連れします」
「うむ。よろしく頼む」
ユージの案内で一行は“緑銀城”へと赴いた。
ユージの居城にして、ラニカ公爵家の居城――“緑銀城”。
街全域に展開された魔法陣が今もなお淡く燐光を発している。
「やれやれ、ユージ。少し力を抑えろ。街のみんなが驚いているよ」
「……ごめん。まだまだうまくコントロールできていないみたいだ」
「そっか。ヴァン。フォローしてやれよ」
ズィルバーがユージの相棒に言い放つ。
「仕方ないわね。ユージ。ちょっと風を吹かすよ」
「う、うん……」
フーっとヴァンが軽く風を吹くと街全域に及ぶ淡い燐光も静まる。静まったのと逆に穏やかな風が吹いていた。
「おぉ~、いい風だ。“風帝”と言われるだけの大精霊よ」
「お褒めに預かり光栄です、陛下。
では、こちらへ――」
ユージとユリスの案内で“緑銀城”の中へ皇帝一行を迎え入れるのであった。
“緑銀城”の一室。
大会議室。大きな円卓を囲むように座るズィルバーたち。
「さて、此度の一件を話していただけるかな?」
ラニカ公爵家のメイドらが用意してくれた紅茶を口にしつつウィッカー皇帝陛下が問いかけてくる。
「一件と申しましても……その……」
皇帝陛下との謁見が少ないユージにとって緊張する場面。カズもユンもユーヤも緊張で言葉が出てこない。
正確に言うなら口から言葉が出てこない。緊張で口が渇いていくのを感じていた。
「陛下。みんな、この空気に圧し潰されそうです」
「ん? そうであったか。それは申し訳ない。では精霊を召喚してくれんか?」
「精霊ですか?」
「うむ。今ここに、五大公爵家の跡取りが揃っている。ならば、守護する精霊の顔をこの目に――」
「それはお断りします」
『――!?』
ズィルバーが突っぱねた。ティアたち一同、驚きを露わにする。
全員の視線がズィルバーへ集中する。しかし、ズィルバーの視線が胡乱げなものだった。
「久しいな、白の女王。部下を兵士に化けさせて俺らの動向を探っているつもりか?」
「…………」
表情から感情が消えるウィッカー皇帝陛下。
しかして、ズィルバーはレインを呼び出すのと同時に“聖剣”へ変化させて握る。
「「「「ッ――!?」」」」
ズィルバーに倣ってカズ、ユン、ユーヤ、そしてユージも契約精霊を召喚して武器を握って構える。
「…………」
ウィッカー皇帝陛下は無表情のままズィルバーらを見渡す。
「さすが――」
声色が男性の声色から女性の声色に変わっていた。
「さすがですねぇ。“原初の赤”の好敵手。一目で見抜きますか」
「見抜いたわけではない。直感というものだ。原初共の擬態が、どんな異種族だろうと見抜けるものか!」
(だから、直感が働いたんだ)
「なるほど。直感でしたか。ですが、それを見抜いたきっかけを教えてくれますか?」
ウィッカー皇帝陛下? の問いかけにズィルバーは答えなかった。
「それを教えると思う、“原初の白”」
正体を告げるズィルバー。
正体を告げられてはウィッカー皇帝陛下? は不敵に微笑む。
「ウフ、ウフフフフフ。ええ、教えてもらいなさいと仰っていません。むしろ、そのまま仰られてはこちらとしてバカとしか言えません」
擬態していた相手が姿を現した。
艶のある白髪に真紅を思わせる紅玉の瞳をした美女。
一見してお淑やかな女性に見えて、実は――
「相変わらず、女王として君臨する苛烈さだ」
「褒めています?」
「ああ、褒めているとも」
「ウフフフフフ」
「アハハハハハ」
笑い合うズィルバーと“原初の白”。周りからすれば波乱の空気に浴び続けている。
しかも、“原初の白”の部下はハラハラ・ドキドキと心拍数が跳ね上がっていく。
「アルクェイドから聞いてるよ。もっとも、アルトゥール経由なんだけど、随分とトリストラムを介して姿を現したそうじゃないか」
「あら、ご存知でしたの?」
「それで今回は何用で顕現した。まさか、南方で起きた悲劇を再現するつもりかい?」
「あら、そのようなこともありましたわね。ですがそれはライヒ大帝国が王国時代、南方へ進軍する前の話でしてよ?」
「砂漠を真っ赤に染めた悲劇は今なお語り継がれている。いや今はそこまで語り継がれていないか。“赤砂の事変”を引き起こした女王様が何しに来た」
ズィルバーはあえて問い返す。
旧知の間柄とかではなく、一方的に知り得ているだけにすぎない。むろん、その実力もさることながら強者であることを承知の上で……
「うーん。そうですわね」
可愛らしく振る舞うもズィルバーには通じない。
しかし、もしかしてと思いズィルバーは言葉を吐く。
「あっ、もしかして最近運動していないとか言いませんよね? 過去数百年顕現しておらずお茶ばかりしていて体重を増やしてしまったとか?」
「…………」
ズィルバーの煽りを受けても“原初の白”の表情は変わらない。しかして、彼女の機嫌が徐々に悪くなっていく。
「私をおちょくっています?」
「心外だな。褒めているんだよ」
どんよりと空気が徐々に重苦しくなっていく。
ズィルバーが如何様な手を用いて、“原初の白”の機嫌を損ねて帰らせようとしている。
この中で彼女の実力を一番知っているのはズィルバーだ。
好戦的な彼女が動かれては困るのでさっさと帰らせたいのが本心だ。
(さっさと帰ってくれないかな)
内心、冷や汗を掻きまくっている。
彼女とこんなところで戦いたくない。それは彼女も承知の上なのか動く気配すらないのが証拠だ。
「いいでしょう。今回ばかりは顔合わせとしておきます」
「ならさっさと帰ってくれる? 俺はキミと戦いたくない」
「ええ、私も受肉を果たしていませんので大人しく帰らせてもらいます」
「ああ、さっさと帰れ!
しっかり運動してこい!」
「うざったいガキですね」
「ありがとう。そう言ってくれて」
「褒めていません」
という感じで“原初の白”は配下を連れて異界へと消えていくのだった。
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