二十八話
これは嬉しい収穫だ。なんと浩次は鎧を撒くと同時にラスボス発見という見事なダブルプレーをやってのけたのだ。
浩次に対する態度を改める必要があるかもしれない。
「横橋くん。その家主はどこへ?」
「あっち」
神子川の問いに浩次は指を真上に指した。
……?
「いやー、お前らとはぐれちゃったし、何か腹も減ったから冷蔵庫ないかなと思って探してたらなんかいい匂いして来たんだよ。なんつーの? ウィンナーを炒める時の香ばしい匂い?」
浩次のダブルプレーは間違いなくファインプレーだ。
しかし、鎧に追われている状況で腹が減って冷蔵庫を探し始めるあたり、彼がクレイジーであるという断固たる根拠が出来上がってしまった。
やっぱり僕の親友はクレイジーだ。
「そんでさあ、キッチンみたいな場所に出たのよ。そしたらロン毛の男が上裸にハーフパンツ姿でウィンナー炒めながら鼻歌歌ってんの。何の歌だったと思う? その鼻歌。オレの大好きなバンド、ナイトスライサーの『ABCに罪はない』だったんだぜ!」
神子川が大きなため息を吐いた。僕も吐いた。
「そんでオレ言ってやったのよ。『その曲いいっスよね!』って。そしたらソイツ『わかってるな!』とかなって意気投合して一緒にウィンナー食ったの。んで、色々話しながら食ってたらソイツここの家主ってわかってさ、握手してもらっちゃった」
僕と神子川の肩がふるふると震えているのは、なにも寒いからではない。
「握手したらソイツが変な顔して『あれ? 君って人間?』とか妙なこと聞いて来たから『当然っスよ』って言ったら『侵入者?』って聞かれて、オレそこでピンと来たんだよ。こりゃ試されてるなってね。だからオレは『そっス!』って元気に答えたんだよ。そしたらなぜかここに落ちて来たわけ」
それは、落とされたんだな。
僕と神子川はやり場のない感情をとりあえずため息に変換して、なんとか排出する。すると少しばかり落ち着きが戻ってくる。
落ち着いて周りを見渡すと、この部屋はだいぶ広くなっている。
天井も妙に高い。
浩次が落ちてここに来たということは、この真上がキッチンということか。そうなると家主の生活圏内にようやく突入したって言うことになる。となればゴールは近い。
「突然落とすなんてヒドいですよねえ」
浩次の後方から、声が聞こえて来たのは突然だった。
同時にガシャンガシャンと、聞き覚えのある不吉な音が鳴り響く。
僕は全身の毛穴が開くような感覚をおぼえる。きっと神子川も同じだろう。
だって、声のしたほうには、さっきまで浩次を追っていた鎧がいたのだから。
ガシャンと重厚な金属音を響かせて、浩次の隣りにやって来た。
浩次は全く動じていない。もしかしたら落ちた時に頭でも打ったのかも知れない。
「本当にひどいよなー。もっとナイトスライサーの話で盛り上がりたかったのに」
「私はあのウィンナーを食べたかったですよ」
「お前、鎧だから食えないだろー」
「ああ、そうでしたね! アッハッハ!」
身構えていた僕と神子川は状況を全く飲み込めず、ポカンとした。
え? マジで一体どういうこと?
二人で楽しそうに談笑している鎧と浩次。僕らの怪訝な顔を見て、鎧がハッとなり頭をガシャガシャ掻いた。
「ああ、申し遅れました。私、先ほどここまで皆様をご案内いたしましたドライバー、富岡でございます」
「あ……ああ」
「先ほどまで憑依させてもらっていた浩次さんの体に忘れ物をしたので、取りに戻ったら鎧に襲われているじゃありませんか。よく見ると鎧の中身は低俗なネズミの亡霊で動いていたので、私が一肌脱いで追っ払ってそのまま鎧に入り込んだのです」
「そ、そりゃ……」
まさかの亡霊ドライバー、富岡さんが鎧となって僕らのパーティーに再び加わったのだった。
※※
一方その頃、ティリア・雪菜組はどうしていたかと言うと……。
「ここも何も無いわね。さ、次の部屋行きましょうか」
「は、はい……」
主の気まぐれか何なのか、二人が選択した右の部屋にはこれと言って罠や仕掛けが無かったのである。よってティリアはテキパキと、雪菜さんはおどおどと部屋の中を調査してはすぐに隣の部屋に向かっていたのである。
決して油断しているわけではないが、五回連続で何もない部屋が続くと緊張感は嫌でも減っていく。せいぜい静電気に注意を払ったぐらいのティリアが大きく音を立てて開け放ったドアの向こう側──そこは──。
「うわあ、面倒な部屋」
「と、図書室の様ですね」
雪菜さんの言った通り、そこには天井まで届く本棚が沢山そびえたっている立派な図書室だった。
はあーっと溜息を吐き、ティリアは腰に手を当てて言った。
「パッと見魔力がありそうな物はないけど、一応全部確認しなきゃ駄目よね……」
「頑張りましょう、ティリアさん!!」
これからしなければならない作業の不毛さに頭を抱えるティリアと、魔力が無いと聞いて急に元気になる雪菜さん。対照的な二人は、しかし同じように一つ一つ本を棚から取ってはその内容に目を通して行った。
「かーっ! どうしてこんな、小さい文字の分厚い本ばっかりあるのよここには!」
「ファンタジー、SF、歴史……。 この部屋にはあらゆるジャンルの物が揃っているのですね! 主はもしかして、読書好きなのでしょうか」
「知らないわよそんなこと」
ぼやくようにそう言って、ティリアは確認済の本を棚に押し込んで行く。その後ろで雪菜さんは、いつのまにか小説の世界に旅立っていた。そんなこととはつゆも知らず、ティリアはどんどん確認作業を進めていつしか部屋の奥へとやってきていた。本棚が防音壁の代わりを為すそこは、とても静かな場所だった。それまで黙々と作業をこなしていたティリアは、ふっと取り出そうとしていた本の背表紙に手を沿わせ、そのまま腕を体の横へと下した。
「黙って女の後ろに立つなんて、あんた趣味悪いわよ?」
「ふふふ。 自分に会いたかったくせに、何て素直じゃないんだ君は」
ゆっくりと振り返ったその先には──“主”その人が立っていた。
ティリアは突如として現れた男の姿を頭から足の先までまでゆっくり眺めた。
腰まで届くようなロン毛。
衣服を纏わず露となっている上半身。
柄の悪いハーフパンツ。
男の姿を確認し終えたティリアはうんうんと頷く。
「あんたがこの屋敷に住む精れ──変態ね」
「……何で今言い直したのぉ? 当たってたのに……」




