二十四話
浩次に何かあったようなので、雪葉さんとティリアに「心配だから、行くよ」と告げ(実際はそこまで心配していない)、そこをあとにした。
早歩きで神子川と共に浩次の後を追うと、
「グエッホッ! ゴホゴホっ!」
丁度、浩次が落とし穴にから出てきたところだった。浩次はまるでバラエティー番組の芸人のように、粉まみれで真っ白になっていた。
思わず、吹きかけたけど、何とか堪えた。
「大丈夫ですか、横橋くん。呪います」
本当に心配してるのかよく分からない感じで神子川が言う。
「あー、大丈夫だ。いやー、バナナが一房あったから取ろうと思って……」
浩次の知能がサル並みだと証明された瞬間だった。
そこまで分かりやすいトラップに引っかかる奴がいるとは驚きだ。というか、バナナでつるという所でトラップの主の発想がおかしいと感じた。猿でも捕まえる気だったのか!? まあ、でもこうして引っかかる奴がいたわけだし……。
「横橋君……」
神子川が今まで見たことのないような冷たい目で浩次を見ている。その気持ちが分からんでもないが、許してやってくれ。バカなんだ、もう病気なんだ。
浩次はそんな視線に気付かず、粉を払っている。
「うし。こんなもんか、じゃあ、行くか!」
すぐに立ち直ることができるところは尊敬しよう。
浩次を先頭に探索を始めようとしたその時、ゴゴゴという音を立てて屋敷が揺れた。
「な、なんだなんだ!?」
浩次が両手で頭を守る。僕も似たようなことをするが、隣の神子川は全く動じず、揺れが収まるのを待っている。
少しすると、揺れが収まった。
「なんだったんだ? 今のは」
「んー、地震じゃね?」
地震でゴゴゴという音はなるものなのだろうか。神子川の方をチラリと見るが、目が合っただけで、何も言ってこない。それはそれで、怖いんだが。
浩次がまた、どんどん進んでいくので、慌ててついていく。
「ん? なんだ?」
少しすると、いかにも怪しい細長い紐が天井からぶら下がっていた。
「よし、引っ張ってみよう」
「ちょっと待てぇっ!」
引っ張ろうとする浩次を必死に止める。
「なんで止めるんだよ」
「いや、いかにも怪しいだろ!? 逆になんで引っ張るのかが知りたいよ!」
「そんなの、そこにヒモがあったからに決まってるだろうが!」
「全然、カッコよくないからっ! ドヤ顔するな! ムカつく!」
「絶対引いちゃだめよ」
その声に僕と浩次は振り向いた。
いつの間にか、ティリアが怖い顔で周りをキョロキョロ見ていた。
「どうしたんだよ?」
「アンタ達なにも気がつかないの?」
「は?」
僕と浩次は周りをキョロキョロ見渡してみる。
うん。不気味な広い屋敷って事以外あまり変わらないけど、どうかしたんだろうか?
「ティリアさんのいう通りです。呪います」
神子川があちらこちらを指差しながら「見えませんか?」などと聞いてくる。
その表情はティリアと同じく真剣そのものでふざけているようには決して見えない。
といっても神子川はふざけるようなキャラじゃないんだが。
「ど、どうしたんですか?」
後ろの方で小さくなっていた雪菜さんが、恐る恐ると言った体で真剣な顔の二人に聞いた。
「さっきの地震よ。あの後から屋敷の様子が変わったわ」
「その通りです。玄関が無くなったというだけでも怪奇現象なのに妙な声まで聞こえてきました。あれはこの世のものの声ではありません」
「それから、あるものが無くなって、無かったものが出て来たわ」
「流石はティリアさんですね。呪いません」
性格的に対極にいる二人が、妙に気が合っている。
てか神子川、「呪いません」っていうパターンもあったのか。
「もぐもぐ、そんで何がどう変わったんだ?」
「ちょっと待て浩次。お前何食ってるんだ?」
「さっきのバナナだよ」
こいつのマイペース加減は度肝を抜かれるが、ティリアはそのまま話を続けた。
「家具の配置や天井の高さ、数えたら切りがないけど変わったわ。全く別の建物になったと言っても良いわね」
「そのとおりです。霊気も先ほどとは比べ物になりません」
確かに言われてみれば、建物内部の様子が少し違っているようにも思える。
おそらくは大きな変化なんだろうけど、人間は初めて来た場所になにか変化があっても気づき辛いというし、僕にはよくわからなかった。
「とりあえず慎重になったほうがいいわね」
ティリアがそう締めくくると、僕たちは帯を締め直すように気持ちを集中させた。
まだこの屋敷の全容が見えてこない以上、しらみつぶしに探索するしかない。
僕が人間に戻れる手がかりを見つけられれば一番良いが、まかり誤っても死んだりは出来ない。
まあ命に関わるイベントが待ってるとは思わないが、細心の注意を払って進む事にしよう。
「よし、じゃあこの紐は無視だ。先に進もう」
と、みんなで一歩踏み出したその時だった。
「あひゃ!?」
後ろで雪菜さんの素っ頓狂な声が上がった。
どうしたと思って振り向くと、雪菜さんのスカートがめくれて中の下着が丸見えになっていた。
体勢のせいだ。何かに滑ったのか足をこっちに投げ出して仰向けに倒れそうになっている。
かなり危険な滑り方だったが、間一髪で雪菜さんは紐に捕まって上手く姿勢を整えていた。
「だ、だいじょうぶ!?」
僕は雪菜さんの下着がバッチリ見えてしまったので顔が真っ赤になったが、それでも雪菜さんに駆け寄った。
醜態を晒してしまった雪菜さんは「うん」と控えめに小さく頷く。
足下を見ると、バナナの皮が落ちていた。
浩次め。ゴミはゴミ箱に捨てろよな。
「おい浩次!」
僕は一言言ってやろうと思い、浩次を睨みつけたが、その視線を受けている浩次はまるで僕の事が見えてないかのように宙を眺め口をぱくぱくしている。
浩次の後ろのティリアも神子川も、浩次ほど馬鹿面じゃないが、似たような顔を作って呆然としていた。
その時どこからかカシャンという乾いた音が聞こえて来た。
「お、おい……マズいんじゃないのか?」
「そうね、これはマズいわ」
「絶体絶命ですね……呪います」
カシャン……カシャン……。
音はだんだん近づいて来た。
浩次とティリア、神子川の三人は僕の後方をじっと見ていた。
「……ごめんなさい」
「へ?」
雪菜さんは真っ青な顔をしながら僕に謝った。
ふるふると震えるその手には、天井から垂れていた紐が握られている。
「さっき転んだ時に引っ張っちゃって……」
「あ、そういえば」
カシャン!
乾いた音は僕のすぐ後ろで止まった。
なんだかただならない気配を感じる。
「京、逃げた方が……いいぜ?」
浩次は依然として僕の後方を向いていた。
僕と雪菜さんもゆっくりと振り返る。
「!?」
そこには鎧があった。
今まで無かった鎧が、突然現れたのだ。
中世の騎士のような鎧で、手には諸刃の禍々しい剣を持っている。
明るいところで見れば、見事な芸術品とか精巧な美術品だと思うかも知れないが、こんな薄気味悪いところで見たらただの不気味な鎧だ。
ガシャン!!
二メートルはあるだろうか。
しかも勝手に動いて剣まで振り上げるなんて、正気の沙汰とは思えない。
よく見ると甲冑の隙間からのぞく鎧の内部は、びっしりと人間の目がこちらを見ているんだから気味の悪いなんてもんじゃない。
もうホラーだよ。ホラー。
…………はは。
「にげろぉぉぉぉおお!」




