十四話
「……それで今の状態に至るわけなんだ」
僕が包み隠さず全てを話すと、神子川はとても険しい表情を浮かべていた。
え? 僕、何かヤバい事を言ったかな?
黙ったままでいる神子川に僕は冷や汗をダラダラ流す。
やがて、神子川は口をゆっくりと開いた。
顔は険しいままだった。
「……矢賀野君」
「ど、どうしたの神子川。何かまずい事があったの?」
「ええ、非常にまずいですね。今の話を聞く限りではこの件は矢賀野君が思ってるよりも大変厄介です」
「僕が……思ってるよりも?」
それは僕が封印されるよりもずっと大変な事態という事か。
そんな事って……あり得るんだろうか。
「結論を言いましょう。
……矢賀野君、あなたはこのままだと死にます。それもそう遠くはない内に」
「……へ?」
フリーズする僕。
神子川は何て言ったんだ?
死ぬ? 僕が? どうして?
「み、神子川。よしてよ、そんな顔しながら冗談を言うなんてさ」
僕の口から乾いた笑い声が出る。
神子川が「冗談です」と言うのを待っていたつもりだった。
だけど、神子川はそれを裏切るように言葉を続けた。
「冗談ではありません。本当の事です。
矢賀野君、あなたはこのままだと死んでしまいます。
あなたが──精霊でいる限り」
神子川がじっと見つめてくる。
「え、ちょっと、まっ……。な、何で……」
「精霊というのは、どういったものだと考えていますか?」
急な質問に戸惑いつつ、考えてみる。
「ランプとか昔からあるようなものに憑いているもの、とか?」
「他には?」
「ええと、魔法を使う?」
「そうですね。では、魔法とはどうやって使えるようになるでしょう?」
「え……もともと魔法の力があって使える、とかじゃないのか?」
「そうでもありますが。実は、勉強すれば誰でも使えるようになることができるのです」
「へぇー。で、何が言いたいんだ?」
「そうですね。分かりやすく言えば、加賀野君、あなたは……」
「借金をして、飛び級をしようとしているのです」
「おお……ん?」
あれ? 全然、意味が分からないんだけど? 僕だけなのか?
神子川はいかにも「分かりやすい説明ができた」という達成感に満ちた表情をしている。
「ええと、とても言いづらいんだけれども」
「何ですか?」
「意味が分からないんだけど?」
「え……?」
神子川が、目をぱちくりさせる。
「本当に分からないのですか?」
「う、うん」
「分かりました。もう一度、分かりやすく説明してあげます」
「あ、ありがとう」
「魔法は、体力的にも精神的にもよくないものなんです」
「え?」
「反動が大きいのです。強力な魔法を使えば使うほど。ほら、ドラ◯エで強力な呪文を唱えるのにMPの消費が激しいのと同じ事ですよ」
「ああ、それなら分かる」
ドラ◯エを例えに出した瞬間に理解出来るっていうんだから、ドラ◯エはやはり偉大だ。
「精霊は、なった瞬間に強大な魔力を持っています。だからです」
「いや、まだ説明が足りてないと思うんだが。魔力を持っていることと、魔法を使うことは別なんじゃないのか?」
「いいえ。精霊になること自体が、強力な魔法を使っていることと同じなんです。強力な魔法を使うと、代償として、使用者は少しずつ生命力を奪われていきます」
「そ、そうなのか?」
「経験を積んでいれば、生きていられるでしょうが、加賀野君はそんな経験あります?」
「いや、ない」
「だから、借金をして飛び級するのと同じなんです。一時は、強大な魔力を得ることが出来るが、その後、死という大きな代償を払わなければならない」
いや、それは誰でも分かんないと思う。
「加賀野君の命は、長くて一ヶ月。短いと一週間持つかどうか」
「どうしたら、助かるんだ?」
「それは……分からないです。精霊から元に戻す方法が分からないんですから」
「じゃあ、本を探すしかないと?」
「ランプを作った人を探すという手もあります」
どっちもどっち……。
「あと……」
「あと?」
「加賀野君がその強大な魔力を操ることが出来る、大魔法使いになるという手もあります」
※※
「はぁ……」
午前の授業を終え、昼休みになっても鬱々とした気分は晴れなかった。
弁当も食わずに自分の机に突っ伏していると、不意に頭に軽い衝撃。
見上げると、そこには風呂敷に包まれた弁当をブラブラさせる浩次の姿が。
「よっ。今日は朝から元気がねぇな」
「……まぁ、色々あってね」
残念ながら、今はクレイジー・ザ・浩次なんかに構ってる余裕はない。
再び机に突っ伏す。
「お前、何かあったのか? 南方さんに嫌われたりでもしたか? ざまあみろ」
「……浩次。突然、余命があと一ヶ月だと宣告されたらどうする?」
「あ? なんだ突然。不治の病にでも罹ったのか?」
「……いや、何でもないよ。変な事聞いて悪かった」
「……お前、本当に大丈夫か?」
「駄目かも」
その場を去る浩次は最後まで僕の事を本気で心配していた。
……浩次に心配をかけるなんて、一生ない事だと思ってたんだけどなぁ。
まさか、本当の事を話しても信じてくれそうにないし。
「……困ったなぁ」
誰に呟くわけでもない。
ただ、自分の命の危機を口にして実感を持たせたかっただけだ。
僕が助かる方法は二つ。
本かランプを作った人を探すか……。
僕が大魔法使いになるか。
このどちらが出来れば、僕は死なずに済む。
だけど出来なければ……。
一ヶ月、または一週間で僕は死ぬ。
死んでしまうのだ。
僕だって死にたくはない。
15年しか人生を楽しんでいないのに、精霊になって何故か死にました、なんて死に方、家族の顔向け出来ないし。
でも、本やランプを作った人を探すには手がかりが少な過ぎて、捜索は困難だ。
と、なると残るは僕が大魔法使いになる方法だけど……。
「……無理」
大魔法使いになる方法。
『願い事で主人に僕を大魔法使いにしてくれるように頼む事』
神子川から聞いたそれは、僕を絶望に陥れさせるには充分だった。
だって僕は……願いをあと一つ叶えたら、ランプに封印されてしまうんだから。
その帰り道、僕はまたも大きなため息をついた。
いつもより、周りは静かで寂しく感じるが、これは心境のせいなのだろうか。
「いっそのこと、どこかの映画みたいに、死ぬ前に好きなことをこう、ぱーっとやっちゃうとか」
独り言のつもりで呟いたその言葉は、意外と大きな声だったらしく、
「し、し、死ぃ!?」
と、可愛らしい声がすぐ後で聞こえた。
しまった、と思って振り向いてみると、少女が俺を見つめ、ブルブルと震えている。見た目からすると、小学校高学年のように見えるが、
「し、死ぬなんて、だ、だ、だ、ダメですよっ!」
少女は、目をぎゅっと瞑って訴えてきた。
さて、どうしたものか……。話す、訳にもいかないし。
「いや、違うから」
「死ぬって、いうのはですね、一番やっちゃいけないんですよ! 殺人と同じですから! そんなことやっても誰も報われないんですよ!」
全く、聞く耳持たず……。
「いや、まあ、落ち着いて」
「原因はなんですか! いじめですか! そんなのガツンといってやればいいんですよ! ワレ、なにさらすんじゃー! っと!」
な、何か、凄い子に会ってしまったらしい。
その後、五分ほど僕は少女の話を聞かされ続けたわけで……。
話している間、ずっと目を瞑っていた少女は、言いたいことを全て言い切ったのか、ほっと、ため息をついて、目を開けた。すると、
「あっ」
と僕を見て、声を発した。
「そ、その制服……」
「え、何?」
「兄と同じ制服です」
「そ、そうなんだ。って、ん?」
今、ピンっときたような。もし、僕の直感が正しければ、この少女は、もしや。
「お兄さんの名前は?」
「よ、横橋、浩次ですけど?」
浩次の妹きたー!? マジかよ! こんな偶然ってあるのか!?
というか、浩次の妹といえば「誕生日会」だよな?
「あの、僕、浩次君の友達なんですが」
「ぬなっ!? 本当ですか!いつも兄がお世話になっております!」
「最近、誕生日会、開きました?」
「な! そ、そ、それは、わ、忘れてください。黒歴史です」
な、何があったのか、凄く気になるんだけど!
クレイジー・ザ・浩次の妹は思ったよりも可愛かったが、浩次の妹という情報を聞いた途端、何というか浩次のように残念なオーラが見え隠れしているような気がしてならない。
「兄がお世話になってます! 私、無奈って言います!」