十三話
次の日の事だった。
僕は目覚ましではなく、携帯の着信音で目が覚める事になった。
こんな朝早くに誰だ……?
非常識な着信相手に苛立ちを覚えながらも、重い体をずるずる引きずって携帯を開く。
着信相手は──不明だった。
間違い電話か?
思いながら通話ボタンをプッシュする。
「もしもし」
『おはようございます、呪います』
「結構です」
通話を切った。
そうしたら、また着信がきた。
仕方なく通話ボタンをまたプッシュする。
「もしもし」
『……矢賀野君。どうしていきなり通話を切るんです? 呪いますよ?』
再びの神子川の声。
朝一番には聞きたくない声だ。
「……色々と言いたい事はあるんだけど、僕の携帯番号をどこで知ったの?」
『横橋君から拷も……呪って聞き出しました』
「今、拷問って言いかけなかった? 何、浩次に何をしたの?」
『横橋君なら私達の心の中で生き続けていますから安心してください』
「安心出来る要素が何一つとしてないんだけど!?」
『まぁ、それは置いといて……』
「置くなよ!?」
僕のツッコミも虚しく、本当に浩次の話は置いとかれてしまった。
哀れ浩次。後で手厚く弔ってやるからな……!
『話があります』
「話? それは僕の携帯番号を聞き出して、朝早く通話してくる程の用なんだよね?」
『それについては呪いながら深くお詫びしたいと思います。しかし、大事な話なので』
「呪うな。今じゃないと駄目なの? 話があるのは僕もなんだけど、今だと……」
ぐーすかと寝ているティリアに目を向ける。
流石に起こすのはマズイ。
『それなら今から学校にこれます? 屋上になら誰も来ませんし』
「話の内容によるよ。話って、そんなに大事な事なの?」
『ええ。矢賀野君の呪いについてですから。とても重要な事だと思いますよ』
思わず携帯を取り落とした。
え? 今、神子川は何て言った?
僕は慌てて携帯を拾い上げた。
「神子川、お前は知っていたのか呪いの事!?」
『ええ。私は多少の霊感を持ち合わせていますからね。昨日の矢賀野君から感じたのは人間でも霊でもない、そんな風に感じ取れましたからね。差し詰め、矢賀野君自体が守護霊か何かになったと考えるのが妥当でしょうか』
「惜しい、精霊だよ」
『そうですか。しかし、大体当ってはいるそうですね。それで、返答は?』
「行くよ。今からだよね」
僕は即答すると、通話を切った。
通話を終え、ある程度の準備をする僕。
朝から神子川の顔を見るのは正直嫌だが、呪いを解く為ならば背に腹は代えられない。
それに神子川の言っていた大事な話が非常に気になるし。
現在時刻は午前5時56分。
神子川が指定してきた時刻は6時半。
ホームルームが8時半から始まるので、8時前に家を出るくらいで丁度いいかなと思っていたのだが、入学二日目のまだ習慣化していない時期にまさかの早朝待ち合わせだ。
約束時間からホームルームまで二時間もあるが、そんなに長くなる話なのだろうか。
それにしても、本当に他人の迷惑を考えないで電話してくるな、アイツ。
僕はまだ開ききらない目を擦りながら、ソファーからむくりと起き上がる。
まだティリアが寝ているのでカーテンは開けずに身支度を整えて、生あくびを噛み殺しながら玄関を出た。
外に出ると早朝特有の冷たい空気が肌を刺し、僕は少しだけ肩を丸めて寒さに抗う。
カアカアと鳴くカラスの声が響く。
僕はその鳴き声を聞きながら。自転車のハンドルを学校に向けて走り出した。
※※
「早かったですね」
「お前もな」
待ち合わせの10分前である6時20分には僕らは既に屋上で顔を合わせていた。
神子川は普段通りの雰囲気で佇んでいるのだが、目の下には酷いクマが出来ている。
徹夜でもしたのだろうか。
このクマの正体が、夜を徹して浩次を拷問にかけた為に出来たものではない事を願うばかりだ。
神子川という女は、美少女の皮を被った変人だからな。
浩次が既に蝋人形に変えられていたなんて事もあり得る。
「なんか今とっても失礼な事考えてませんでしたか? 呪いますよ」
「いや、気のせいだろ」
僕はどうやら思ってる事が顔に出易いようだ。
パシッと自分の頬を叩き、改めて神子川に向かいあった。
「それで? こんな早くに呼び出しておいて何の用なんだ?」
僕がそう言うと、神子川は懐から何やら怪しい札みたいなモノと十字架、それに香水のような小瓶を取り出す。
まさか……変な儀式で僕を蝋人形に変えてしまうなんて事はないだろうな?
「これらが何だかわかりますか?」
「いや、オカルトチックなモノだってのは何となくわかるけど……」
「これは退魔破邪の霊符、これは純銀の十字架、そしてこれは聖水です」
「お、おう……」
何やら色々持ってきているみたいだが、僕は悪霊や何かじゃないからね? と心の中で突っ込みつつも、本格的な物品に少々面喰らってしまった。
「これらを見て何か感じますか?」
「いや、別に?」
神子川は一人で納得したように「ふむ」と頷くと、僕の側まで歩み寄る。
そして、それら三種の物品を僕にぎゅっと押し当ててきた。
「何ともないですね?」
「は?」
「……どうやら本当に精霊のようですね」
「どういう事?」
オカルトグッズを懐に戻しながら神子川が言う。
「昨日の矢賀野君から感じたのは人間でも霊でもないような雰囲気を感じました。それに関して矢賀野君は『精霊になった』と言いました」
「ああ、その通りだ」
「私は守護霊か何かになったのだと思いましたが、守護霊というのはどんなに強力な力を持っていようと、実体を持ちません。
今こうして矢賀野君が私の前にいるという事は、矢賀野君自身が守護霊になったというの仮説は消えます」
神子川は酷く真剣な表情で話を続ける。
「なので私は『矢賀野君に強力な悪霊か何かが憑いた』と仮定しました。これが可能性としては一番あり得る仮説です。
もしも、私のこの仮説が当たってたとしたら大変危険です。なので昨日の晩に退魔方陣をここに仕込み、これらの退魔グッズを装備して、今朝あなたを呼び出したというわけです」
僕は神子川から地面に目を移すと、巨大な魔法陣のような複雑怪奇な紋様が描かれていた。
これを作る為に徹夜したのか……。
って、事は……神子川は僕を助けようとしてくれたってこと?
「いいですか? 精霊になるというのは生半可な事ではありません。精霊というのは神に準ずるもの。つまり、神のような強大な力を持ち、さらに実体の有無にかかわらず存在する事の出来る者です。
しかし、精霊になるには神同様の力を持つ者、あるいは物と”契約”を交わさなければなりません。
これは一番現実的ではありませんが、悪霊説の消えた今、もうこの可能性しかないのです。
ですがこれはコレで危険です。精霊というのは役目があり、それを終えると封印、または消滅というのが定説ですから」
神子川はクマの酷い目で僕をすっと見据えて問う。
「矢賀野君、もう一度聞きます」
僕はごくりと唾を飲み込んだ。
「本当に精霊になったのですね?」
この神子川の質問に、僕はゆっくりと首肯した。
「……ああ、そうだ」
朝日は一層高くなり、巨大な方陣の描かれた屋上に春の風が吹いた。
すると、神子川は手を顎に当て、「ふむ……」と唸り始めたかと思うと、その顔をすぐに上げた。
「ちなみに精霊になった事情を聞かせてもらっても?」
神子川のその台詞に僕は少しだけ考えたが、
「……分かった。けど、あまり人には口外しないでくれ」
僕の為に色々としてくれてるというのは分かったので、躊躇う必要はなかった。
そもそも、ランプの中に封印されてしまうかもしれない僕に体裁なんて構っている余裕はない。
既に浩次にも話してるし。
「私、そんなにお喋りに見えます? 呪いますよ」
「確かにコミ障には要らない言葉だったね」
「知ってます矢賀野君? 呪詛で人は殺せるんですよ?」
「ごめん。冗談だから何かブツブツ唱えるのを止めてもらえる?」
呪詛とか、神子川がやると洒落にならない。
本気で呪い殺されそうだ。
僕はゴホン、と咳払いをした。
まずは引っ越しの事だろうか。
僕はあの日の事を出来るだけ思い出そうしながら、話を切り出した。
「まず、これは引っ越しの時にあった話なんだけど……」




