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蒼空とリウ  作者: 流源太
12/13

父の思い

蒼空とリウは薄暗い倉庫に、再び戻ってきた。

 リウが自転車型タイムマシンに近づき、さっそく説明を始める。

「これが時代往還設定ダイヤルですが、クォーク時計を使用しています」

「クオーツ時計ならわたしも持ってるわよ」

そう言うと、蒼空は左手をぬっと差し出した。

「こっちのは素粒子のクォークを用いた時計で、それはクオーツ。水晶を発振子とした時計です。まったく違います。このクォーク時計は素粒子の振動を基に時間を決めた時計です」

「理屈はいいから、その時計を使って行き来する時刻を設定するのよね」

 蒼空はリウの説明を軽く受け流す。

「理屈はどうでもいいって、蒼空弁理士は本当に大胆ですね」

「特許には理屈や理論は重要視されません。わたしたちの生活にどのように便利に役立つかです」

 リウは釈然としなかったが、そういうことならと説明を続けた。

「このクォーク時計の誤差は、一秒の一〇のマイナス四十一乗です。この精度だと一兆年で千分の一秒の誤差もでません」

「ものすご過ぎてよくわからないわ。その精度がタイムトラベルとどんな関係があるの」

「例えば、タイムトラベルの出発時間と帰還時間とで千分の一秒の空白が生じたとすると、その時間は蒼空さんが存在しません。その後もずーっと、蒼空さんは存在しないことになります」

「まったく異次元のことで実感できないわ」

蒼空はしきりに首を捻っている。

「逆に千分の一秒の間でも重なると、その時間、蒼空さんが二人いることになります。どちらかが消滅しなければなりませんが、一人が消滅するともう一人の蒼空さんも同時に消えてしまいます」

「えー、そうなのー。時間ってそんなに重要なんだ。それでその誤差というか、時計の精度はどれほどのものが必要なの」

「ぎりぎりで一〇のマイナス三十七乗以上でしょうか。できればマイナス三十九乗以上、いや、四十乗以上ですね。そうすると、量子時間になります」

「量子時間って何?」

「これ以上分割できない時間のことで、プランク時間と呼ばれています」

蒼空は、ふーんと言ったが理解も納得もできないでいた。

「簡単に言うとタイムトラベルをするには、量子時間単位までの精度が必要なんです。量子時間で過去と現在、現在と未来を一致させなければなりません」

「へぇ~、そうなんだ……」

と、蒼空はただ感心するばかりだった。

蒼空はリウの説明もそこそこに自転車を眺めまわしていると、後輪のハブの部分に直径が二〇センチほどの金属光沢を放つ丸い球体を見つけた。

「これは何なの?」

と言いつつ、その丸いものに触ろうとすると、

「ダメ! 触っちゃ!」

リウが大声で制止した。

 蒼空はビクッとして、反射的に手を引っ込めた。

「わかったわよ。触らないからこの丸いものは何なのよ」

「これこそタイムマシンの心臓部とも呼べるタイムワープ装置です」

「この丸いものが……」

と言ってまた触ろうとすると、

「ダメです。下手に触ると身体ごと宇宙のどこかへ飛ばされてしまいますよ」

「こんな小さなもので……」

 蒼空はまったく半信半疑だが、リウは真面目な顔をしてゆっくり、大きく頷いた。

「じゃあ、その理由(わけ)を言ってよ」

「う~ん、企業秘密なので……、お話しできません」

「また秘密ですか……。それを教えてもらえなきゃ、特許は書けないわよ」

 蒼空は挑発するように言った。

「仕方がないですね。特許を書いていただくのに必要ならお話しますが……」

リウは誰もいないはずの倉庫の中を確かめるようにぐるっと見廻し、さらに声を潜め秘密を明かした。

「この球体の中には……」

「球の中には……」

 蒼空は繰り返し、リウの口元に集中し、耳をそばだてた。

「ブラックホールが入っています」

「ブ、ブラック、ホールですって」

驚きのあまり素っ頓狂な声がさらに裏返った。

「シー! 声がでかいよ」

「ごっ、ごめんなさい」

誰もいないはずの倉庫の中をきょろきょろと見廻しながら小声で謝り、リウに顔を寄せた。

「ブラックホールって、宇宙にある、あれ」

蒼空は天井を指し示し、リウはゆっくり頷いた。

「そんなものがこの球に入っているの」

リウは再び小さく首を縦に振った。

「しかし、このブラックホールは目には見えません。ミクロのさらにミクロなブラックホールです」

目に見えないほど小さいと聞いて蒼空は少し安心した。

それを見透かしたようにリウは続ける。

「でもこの球体に触れたり、この中に少しでも入ったりすると一瞬のうちに吸い込まれ、最悪の場合、蒼空さんはブラックホールから出られなくなります」

「タイムマシンってそんな危険なものなの。それだったら人が簡単に触れないようにしておくべきでしょう。何かでこう囲うとかして……」

 蒼空は身振り手振りで円を書くようにして見せた。

「そうですね。今後の改良点です」

リウはあっさり認め、腕組みし、左手で顎を撫でながら考え始める。

「それはそうと、この球体とブラックホールの役割は何なの」

 リウは蒼空の問いにハッと我に返り、

「タイムワープするために使います」

「タイムワープ? それってどういうこと。もっとわかりやすく言ってよ」

リウは、わかりました、と言い説明を続けた。

「この中にあるブラックホールは、今は回転していません。ブラックホールに回転を与えると蒼空さんとわたしの居る場所がブラックホールの強力な引力圏に入ります」

「その回転を与えるのがこのペダルなのね」

 蒼空は頷きながら指差した。

「そうです。それでブラックホールに飲み込まれる寸前にホワイトホールから吐き出してもらうのです」

「ブラックホールの引力圏から脱出するわけね」

「ブラックホールの反対側はホワイトホールになっていて、ブラックホールで吸い込んだ全ての物質を吐き出しています」

「ホワイトホール? よくわからないけど、入口と出口の役目がそれぞれにあるってことね」

「うーん。まあ、そういうことです。このブラックホールとホワイトホールをつなぐのがワームホールです。タイムスリップするためにはこれらをつなぐタイミングも重要なファクターになってきます」

「それをどうやってコントロールするの」

 うす暗かった倉庫のような部屋全体がほんの一瞬だがピカッと白い光に包まれた。

「キャー、今度はいったいなに」

 蒼空は驚き、叫んでいた。

そして、背後からどこかで聞いたバリトンが聞こえてきた。

「もうそのぐらいでいいだろう」

 蒼空はハッとして振り返った。

「お父さん……」

「リウ。特許を取る必要はないんだ」

 リウの父、ケイはまっすぐ息子を見つめていた。

「でも……、……。」

「それって、どういうこと……なんですか」

 蒼空は二人の顔を見比べながら、どちらにともなく尋ねた。

「わたしからお話します」

と、リウが覚悟を決めたように事情を話し始めた。

「父が完成させたタイムマシンの技術は、盗まれたのです」

「盗まれた……」

蒼空は呟くように繰り返した。リウは小さく頷き続ける。

「犯人は長年一緒に研究していた父の上司でした。父がタイムマシンの特許は出さないと言いだすと、その上司は父のタイムマシンの技術をコピーし、自分の名前で特許を出願してしまったのです。父はその上司を信頼し、いろんな事を相談していたそうです。それにもかかわらず裏切られたというわけです。父はそれを知り、失意のどん底だったのでしょう。研究室にこもったきり出てこようとしませんでした。わたしは父の気持ちを想うと」

「もうよさないか」

リウは父が止めるのも聞かず、高ぶる気持ちを抑えきれず怒りを爆発させた。

「わたしは……許せない。だからお父さんの代わりに過去に行って、一番最初に特許を取ろうとしたんじゃないか」

「お前の気持ちは痛いほどわかるし、嬉しく思う。しかし、この時代にまだタイムマシンの理論すらできていない。この時代に特許を出しても大きな混乱を引き起こすだけだ。科学者として、いや親として、お前にそんなことをさせる訳にはいかない」

「僕はただ、先に特許を取って、盗んだその上司が特許を出願できないようにしたいだけなんだ」

 蒼空は意外な展開に戸惑っていた。

ケイが言った。

「蒼空さん、驚かれたでしょうね。できるなら身内の問題にあなたを巻き込みたくなかった。でも、あなたはいろんな事を知り過ぎてしまった。リウのこともタイムトラベルしたことも忘れて欲しい。その方があなたのためだ」

「忘れるなんて、そんなこと……、絶対無理です」

 蒼空はケイをまっすぐ見ながら(かぶり)を振った。

「それならこちらとしても強硬手段にでることになるが……」

「……。」

 蒼空はピクリと体を震わせ、何が起きるのかと身を硬くした。

 ケイは息子の方を向くと静かに言った。

「リウは蒼空さんにタイムマシンのことを教えたばかりか、江戸時代にまで行ってしまった。蒼空さんは江戸時代の多くの人に見られ、その上、騒動まで起こしている。これはあってはならないことだ」

「それは、成り行きで……。まったくの偶然で、仕方がなかったのです。それに歴史は変えていません。たぶん……」

 リウは必死に訴えた。

「例えそうだったとしても、蒼空さんがタイムマシンに乗って過去に行くことなど、それ自体があってはならないことだ」

 ケイの言葉は薄暗い倉庫の中に冷たく響いた。

「蒼空さんには何の罪もありません。特許を書いてもらうために、蒼空さんにタイムマシンの性能を知ってもらう必要がありました。だから僕が勝手にやったこと。蒼空さんには関係ないことです」

 リウは片手で蒼空を庇うようにして父の前に立ちはだかった。

「リウ。何故そんなに特許にこだわるのだ」

「それは、お父さんの名誉と技術を守るためじゃないか」

 蒼空は不思議に思った。ケイは特許を取る必要はないと言い、リウは父のために特許を取りたいと主張している。親子でも特許に対する考え方がまったく違っている。弁理士として大きな疑問が生まれていた。

ケイはひとつひとつの言葉をかみ締めるように説明した。

「発明品は、わたしたちの日々の生活に役立ち、便利にし、より豊かなものにし、それを用いることで、人びとに幸せをもたらすものでなければならない」

「もちろんそうなんですが……」

 蒼空は自分が特許について思い描いていたことと大きな違いは感じなかった。それが故にケイの言葉の真意を掴みかねていた。

 ケイはそんな蒼空の思いを感じたのだろうか、長年抱いてきた自分の思いのたけを話し始めた。

「勿論のこと、わたしは情熱を燃やしタイムマシンの開発に携わってきた。それで、偶然にも誰よりも早くタイムマシンを完成させることができた。しかし、このタイムマシンという装置は、人類に、いや地球全ての生命に計り知れない影響を及ぼすとても恐ろしい技術だ。そのような技術を、『特許』という狭い世界の枠内に押し止めてもいいものなのだろうかと思うようになった。本来、特許を取るということは、新たに開発された技術から得られる利益と発明者の名誉を守ることにあるが、タイムマシンの技術をこれまでと同じような特許の概念の枠内だけに押し止めてはいけない。タイムマシンは特許で保護されるより、人類みんなの技術、財産として共有されるべきではないかと。そこから生ずる課題を解決するために、数多(あまた)の学者や多くの技術者の頭脳や知恵を結集させる必要がある。それが人類の皆の幸せにつながるとわたしは信じている。タイムマシンの開発は、一つのミスも許されない」

 ケイはいったん言葉を切り、間をおいた。

 リウの脳裏でさまざまな思考が交錯し、絡み合っていた。蒼空はその意味を十分に理解できないでいた。

 しばらくの沈黙の後、ケイは厳しい、硬い表情で続けた。

「タイムマシンを使って過去の、そうだなあ、例えば手紙や美術品が未来の世界に持ち込まれたらどうなる。これ自体許されることではないが、新たな歴史的な発見として世間を騒がせることになるだろう。それどころか、もっと恐ろしいことが起きるかもしれない」

「恐ろしいことって、どういうことですか」

 蒼空が心配になり尋ねた。

「例えば、未来の世界から最新式の武器を持ち出し、それらを使って過去の世界を支配しようとする独裁者が出てこないとも限らない」

「SFに出てくるような、地球を支配するということですか。そんなことになったらそれから先の歴史が目茶苦茶です」

「当然、いま現在も未来もなくなってしまうだろう。わたしもリウも生まれていないかもしれない。蒼空さんだって……」

リウは父の想いや深い苦悩をやっと理解できたようで、父の偉大さをひしひしと感じていた。

 弁理士蒼空は一つの疑問を口にした。

「タイムマシンの技術を公開すれば、確かに多くの人によって改良研究やモラルをどうするのかが研究されるでしょうが、だからといって、それで世界を守ることができるのでしょうか」

 ケイは苦虫を噛み潰したように顔をしかめた。

「それは、わからない。タイムマシンをどのように使えば人類の幸せにつながるのか、人道的、倫理的な問題も含めその明確な解答が得られるまでには、まだまだ多くの時間がかかるだろう。少なくとも蒼空さんのこの時代には、タイムマシンを理解する科学的理論や製造技術、タイムマシンの存在を受け入れる理念そのものがない」

「確かに今の時代ではそうかも知れません。お父さんやリウの未来の時代では可能なのですか」

 蒼空は懸念を口にした。

 ケイはさらに苦渋に満ちた顔をし、

「残念だがそれもわからない。タイムマシンはできたばかりで、まだまだ多くの改良が必要です。試作のタイムマシンを使って試運転するにしても新たなルールを決めたり、多くの人の同意と間違いが起きないようにする監視体制も必要になってくるでしょう。だから念には念を入れた慎重さが必要なのです。ただ単に特許を出すだけですむ話ではない。タイムマシンを利用するとどういった問題が起きるのか、そして何が許され、絶対してはいけないことは何なのか。人類や他の生命体への影響も考えなければなりません。これらを含めいろんな人がもっともっと深く考え、研究する必要があるのです」

「そうなんですね。越えなければならない課題は山のようにあるのですね」

と、蒼空は頷いた。

 ケイは技術を盗まれた苛立ちもあったのだろう、語気を強め話を継いだ。

「金儲けだけを考え、特許を取ったり利用したりする強欲な人間が必ず出てくる。そこには全ての人々が幸せになるという根本原則が抜けている。現にわたしの上司も結局はそういう人だった。お金のために科学者として最も大切な魂とプライドを捨ててしまった。悲しいことだが、これが現実だ」

「そういうことか。それならもっと早くにお父さんと話をしていれば、蒼空さんを巻き込むこともなかったのに……」

リウは、初めて父の科学者としての覚悟をかいま見、熱い思いに触れた。そして、蒼空の目を見つめながら申し訳ないと頭を下げ、ぼそりと言った。

「タイムマシンの特許の出願は諦めます」

リウの父は、「それに言い忘れていたが」と言って、付け加えた。

「上司が出願した特許だが、わたしのデータを盗んだ証拠の数々を添えて、裁判所に訴状を提出している。わたしの訴えは認められ、偽特許として無効とされるだろう」

 蒼空は弁理士として質問した。

「それで決め手となった証拠は何だったのですか」

それは、とケイが言うと、ニヤリとして頬を緩めた。

「わたしがタイムマシンの発明に携わり、重要な実験に成功した日、その喜びを共に分かち合おうと日付入りで彼のサインをもらっていた。彼はそのことをすっかり忘れていたのだろう。それが決め手となった」

「さすがは親父だ。本当によかった。でも、もっと早くにそのことを知っていれば……」

 リウは肩の力が抜けたのか、ほっとして苦笑を浮かべた。

「それを話そうとしていた時にお前がいなくなり、まったく焦ったぞ」

「えー、ぼくの独りよがりの行動だったなんて……。でも特許を取っていたら、大金持ちになれたのに」

「それは残念なことをしたなあ」

 と、ケイとリウはお互いの顔を見合わせ、久しぶりに声を上げて笑った。

 その隣で蒼空弁理士はひとり、左手を顎に当て考え込んでいた。

「タイムマシンの特許は取らない。そうねえ、それがいいよね……。えっ、待てよ、特許は取れるのに取らない方がいい……。そうだ、そういう手があったのか。なるほど!」

 蒼空は何かが閃いたのか、ぶつぶつ呪文のように独りごちていた。

 最後にケイが言った。

「リウも、蒼空さんもすべてのことは忘れることだ。いいね」

「蒼空さん、僕もこれで未来に帰ります。お別れです」

 と言ったが、深い思考の海に沈んだ蒼空の耳にはケイの意見も、リウの別れの言葉も届いていなかった。

 ケイはタイムカプセルに姿を消し、倉庫の中が白一色の光に包まれた。リウも自転車型タイムマシンに跨り、ペダルを強く踏み込んだ。閃光と共に正面から突風が吹き、カールストレートボブヘアが逆立った。


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