第七十八話 現王と爺王
シュペールは、中央代表との対談を終えて帰路に就いていた。
広がる草原の中、踏み固めただけの道を馬で駆ける。
ノスロンド王国まで半ばというところで、シュペールは速度を落として馬を降り、頽れた。
「ぐっ……」
シュペールの体を痛みが襲っていた。
全身の力が抜けるような痛みに、地面へと崩れるように膝を着く。
こらえようとするが、冷や汗が流れて止まらなかった。
すぐに後に続いていた近衛兵が駆け寄る。
「これ以上の無理はいけません。どうか休んでください!」
気候が良かったためか最近は穏やかだったというのにと、シュペールは内心ぼやいた。
あちこちへと遠出したせいだろうか、持病が再発したのである。
シュペールは支えようとした近衛たちを押しのけた。
「構うな。歳を取れば、誰しも疲れやすくなるものよ」
「普段は年寄り扱いするなと口うるさいではないですか」
「それはそれじゃ」
ふらつきながらも、どうにか立ち上がる。
「この件が片付くならば、後は口出しせん……行くぞ、最後の闘いにな」
「まったく……少しも偏屈さは変わりませんでしたね。お付き合いしますよ」
「ふんっ、城内でぶらついてるだけのもんに心配されるほどではない!」
水分を取って少しばかりの休憩をした後に、再び馬を走らせた。
シュペールが早々に王の座を息子に明け渡して隠居したのは、戦士として外を駆け回っているほうが向いていると思いなおしたこともある。
だが、英雄などといった威光が長引くほど、息子へかかる重圧が増えるのではと心配したからでもあった。
誰が王であろうとノスロンドが栄えて欲しいと、より個人的な領地であったノスロンド公国を、開拓地域も取りまとめ、統治し易いだろうかと王国へと移行した。
それは前アンシア王であった甥とも話し合い、アンシアを支える傘下の国を増やす策でもあった。
そしてシュペールは、約束通り余計な口出しはせず、ずっと国内のみに注力し静かに過ごしてきたのだ。
だから隠居後も、息子にお小言は聞かせど、表に出ることなく過ごした。
今回動くことにしたのは、迷惑な親心であった。
それまで、確かに波風立てぬようにと教えてきはした。
そういった政策をとってきた。
だからといって戦力についての教えを疎かにしたつもりはなかった。
しかし息子には、あまりに気概がなく見えた。
ゆっくりと死に向かうのが見えていながら、争うよりは朽ちるほうが良いなどと考えているのではないかと思えたのだ。
いざとなれば、民よりも平穏を取るという、本末転倒な事態になるかもしれぬと思案した。
武力を振りかざす時代ではなくなるのではないかと、今まではあまりに平穏無事であることを強調しすぎたかもしれないと後悔し、時には動くことも必要なことを知らせたいと考えたのだ。
(ならん。穏やかに暮らすということは、戦いを放棄することでは断じてない)
現在は、孫の代までも平穏無事でありそうに見えるが、気を緩めた時に限って足元をすくわれる。
中央から何かの危険がもたらされたわけではないが、気が付けば事は済んでいるだろう。
それがあの代表達のやることなのだ。
目の前に変化がないからと、現状で良いと判断すべきではない。
現に、新大陸にからんだ一連の出来事がある。
ただでさえ、ノスロンドは広大な土地を巡回するなどの負担を強いられていた。
そこに新大陸の管理も含まれるのではないかという事態であった。
連合国北部の半分は、今やノスロンド王国の領土だ。
国を興す際に賜った地から、開拓を進めて倍の広さとなったからだ。
土地だけは広いが貧しい国だと見逃されてはきた。
代表側にとっても管理の懐が痛まないと、得な話だった――これまでは。
しかし平和になるにつれ、力を蓄えたことは、誰でも見てとれるだろう。
苦しいながらも、巡回へと人手を割き、逆らうようなことも陳情も一切口にしたことはなかった。
目立つまいと沈黙を貫いたことが、余計に代表らの気を引いたのだと今では思う。
何の野心も見せずにいることが、欲に仕える商人達には理解できないのであろう。
新大陸への入植を勧めていたが、報せは北東部に絞られていた。
国から兵や物資を消費させることだけでなく、構成員そのものから力を削ごうとしていたのだ。
だが、前マグラブ卿が参加したのは偶然だが、そのお陰で危険を察知できた。
中央の思惑がどうであれ、王は己が国を第一に考えねばならぬ。
外にまで首は回らないのだ。
(ならば、わしが動くしかなかろう!)
どこまでが懸念で、隠居の楽しみだろうか。
シュペールは意気揚々と、次の行き先へと気持ちを切り替えた。
◇◇◇
シュペールの、息子に対する心配は杞憂であった。
『国の安泰が一番、平和は二番』
現ノスロンド王であるマニフィク・ノスロンドの口癖だが、そう呟くのは国に危機あらば武器を取るという覚悟の表れなのだ。
平穏な日々が続くからこそ、心掛けようと口癖にしていた。
そんなマニフィクだからこそ、中央の迂遠な策と、ノスロンドに関わる何かについて考えないなどありえないことだった。
だからこそ、新大陸からの書簡に目を通し、わずかな時間を玉座の上で考え込んだ、その時点で気が付いていたのだ。
新大陸、いや新領主率いる開拓民を囮とする有用性に。
(ノスロンドに向けられた目を、かの地に向けられれば、その間に策を講じる時間を稼げよう)
そして、マニフィクもシュペール同様のことを考えていた。
前マグラブ領領主が居るのは幸いだったと。
(しかし、囮とあらば、もう少し派手にいってくれねば困るな)
マニフィクは、側に佇む侍従に指示を出した。
「調べは進んでいるか。現状を報告せよ」
何の、どこの、誰の調べとは口にしないが、侍従は一礼しすぐに部屋を出た。
担当官へと連絡をつけるためだ。
そうしてもたらされた、新大陸に関するもの、一見では関わらないものなどの情報に目を通した。
新たな土地のことだ。大した量はなかった。
「手紙を出しているな。これは使えよう」
シュペールの懸念の一つは当っていた。
民を食い物にするのかということだ。
だが、国を出たというならば、庇護下にはない。
そして、現マグラブ領主は父の企みは知らなかったし、命令とあらば進軍する心積もりである。
それを言質とし、行動を起こすつもりでいた。
あくまでも今までと同じように、自主的には行動しない。
中央からの要請があったからこそ、動くのだというように見せるつもりである。
例え領主ほどの地位にあった人間がいようとも、庇い立てする気はなく、その者がノスロンドが送った者ではないと証明する。
そうして新大陸へと鎮静部隊を送ることで、中央への反逆の意志はないことを見せつつ、ここぞとばかりに手柄を強調する思惑もあるのだ。
それなのにと、うなだれる頭を片手で支える。
「きぃ! 父上め。なにやら掻き回しおってからに……」
問い詰めようと幾度か呼び出したのだが、隠居旅行だとかいってあちこちを巡っているようであり、依然として掴まえられないでいた。
(あからさまな嘘を言いおって! 隠居して何年経つと思っているのだ)
あの日は迂闊だったと歯噛みする。
マグラブ卿の来訪と、その後の展望に気を取られ、シュペールとの面会の予定を記憶のかなたに追いやってしまったことだ。
いつも碌な話にならないし、大抵は第一王子である息子――シュペールにとっては孫を甘やかしにくるだけの頭の痛い行事である。
慎重なマニフィクだが、いかんせんうんざりしきっていたのだ。
そんな時ほど、こんなことが起こるというのに。
「向こうが避けているならば、致し方ない。侍従」
「では計画を」
「始めよ」
(内に不確定要素がある。それを隠すならばなおさら、さらなる要素を追加するほかなかろう……)
侍従が冗談めかして揶揄するように、玉座に根が生えたのではないかというマニフィクだ。
シュペールのように偵察を送り、話をつけて回るようなことはしない。
今回も、噂を立てるよう手配しただけだ。
それでも、マニフィクにとっては大きな行動だった。
(新大陸に、叛乱の兆しあり。そう噂が立てば、中央も反応せずにはいられまい……)
マニフィクは心の内で、強い言葉をあえて選んだ。
たわいもない噂を流すだけと捉えてはならない。
自ら蒔くならば、予想だにしない方向に育ったとしても、対処する心構えでいるためである。
実際に流す噂は、自治の気概に溢れており独立でもしそうな勢いらしいといった、酒の肴になる程度のものだ。
しかし根拠薄弱な嘘出鱈目では、庶民すら騙せまい。
マニフィクも、対外的には積極的な行動を取らないとはいえ、国内の把握には努めている。
新大陸が起こした行動に、移住者が町へ出てきて、元の集落へと手紙を出した情報などが届いていた。
王国や中央宛に届けられたものなども踏まえれば、かなり能動的な連中であるのは確かなのだ。
書簡を転送したのだから、中央もその点についての疑問は挟まないだろうと考えていた。
マニフィクの思惑はこうだ。
――新たな地への移住者が、開拓がうまく進んだ高揚に調子に乗ったのだ――。
そんな程度の噂が中央へ届き、話し合いという名の制圧要請が得られれば、ノスロンドから派兵することになる。
開拓民達にはなんの恨みもないが、相手は丸腰に等しいだろう。
それに、名目通り、まずは話し合いの場を作るものだ。
背後に兵の一団をチラつかせながらであろうとも、いきなり襲撃はしない。
常ならば、向き合った時点で抗うまでもなく降伏する。
大事になる前に治め、被害も出さずに、ノスロンドの貢献には数えられることになる。
北部の国では中央への不満が高まっている、などの噂を払拭するまではいかなくとも、薄められはする。
民がどう考えるかではない。
中央がノスロンドをどう見るか、それが問題なのだ。




