第七十七話 犯人はヤスリ
竃を囲む全員が、のけ反っていた。
勇者から告げられた重い言葉と、裏腹の軽い態度。
(キラッとか歯を光らせてる場合か!)
そう内心叫んでいたのだ。
「軽すぎるっすー!」
どうにか行き倒れ君が持ち直した。
「そ、そうですぞ。なぜにそのような結論に……私などが聞いても分からないかもしれませんが」
次にはコリヌが態勢を立て直し、尋ねていた。
「あれだけの情報を提示されてまだ不十分かね。よかろう、なぜ俺様だけが追い出されると思うのか、もう少し噛み砕こうではないか」
勇者は大げさなほどに溜息を吐き出すと、両腿に手を置くようにして石に座りなおした。
「彼奴らは領主身分を剥奪したい。できれば都合のよい者を残したかったのだろうが、役人などの実情を知るような者でないと、使う側も勝手が違い面倒なことだろうからな。丸め込みやすい輩を擁立しようにも、情報もなかろう。なぜ、初めから手先を紛れ込ませなかったのか、疑問はあった。だが、二度目の訪問時に見せた役人の態度で、中央の計画ではないなと思ったのだ」
行き倒れ君や護衛君たちは戸惑いの声を上げる。
話の途中ながら、コリヌは度肝を抜かれて、つい立ち上がっていた。
「よもや、手先の役人と中央が違う目的を持つなどとの深い考えに、このコリヌ震えましたぞ!」
「えっそうかね。いやあ、そうだろうとも」
勇者が微妙に言いあぐねて避けていたことに、コリヌも考えが追いついたようである。
役人と中央が別の目的を持って行動している可能性にだ。
勇者は、送り込まれてきたのがマグラブ領の者ではとコリヌが心配していた様子だったので、言及を避けてきたのだ。
中央の計画であれば、何かしらノスロンドへも命令があり、さらにはマグラブ領へと指示があっても不思議はないと考えたからだ。
しかし納得し驚くなら、そこにではなく、なぜ中央から偵察が送られてきたのではないと、はぐらかしたところにしてほしいものだった。
今はそのことを脇に置き、続きに集中すべく咳払いした。
「聞いてくれ。だから、度々疑っていたのだよ……コリヌをな」
それまで感激に輝いていたコリヌの顔が、そのまま固まった。
そして驚愕に変わる。
「ほっ本当ですな……勇者の猜疑心が得た情報と推理によると、内部に入り込み情報を得て工作や誘導ができ、最終的に領主の座を奪うのに合致する人材。そんな優れた経験者は私しかいないではないか!」
護衛達は、やや残念そうな視線を主に向けていた。
冷や汗を拭うコリヌに、勇者は申し訳ない気持ちを口にした。
「そこそこ長い付き合いだ。コリヌは妄想力に乏しいし、したたかに役人に媚を売って、うまいこと顎で使われるような性格ではないと分かっている。勇者としては、冷酷であろうと可能性を無視するわけにはいかんのだ……すまん」
「とんでもない。恐らく私でも、疑うべきときはそうします」
勇者とコリヌは頷きあうと、そのことはこれでお終いと納得することにした。
今は領地全体に関わる話し合い中なのだ。
そして勇者は、中央と役人を切り離すことで、役人に絞った考えを続ける。
「それでだね。移住者の中から手駒になりそうなものは、現状では存在しない。だからといって、正式に運営が始まってから挿げ替えるのは、領民から反感を買いそうだ。できれば、正式に徴税を始める三期目までに状況を変えたいのだろうと思うのだ」
わざわざこんな不透明な状況の新大陸へと選抜された役人だ。今までも散々に、村や民を手玉に取ってきただろう。
だから三期目までに、中央へも不審を抱かせないように、無理な追い込みをせず時間をかける手立てでいたのだと考えた。
そこは、勇者にとっても勝機ではあった。
真偽はどうあれ、何か動きがあるのだということが、勇者の手紙によって中央へも知らされた可能性があるのだ。
そもそもが中央からの指示だとしても、役人がやりすぎたことを知れば足きりされることもありうる。
だとしても、中央の動きは遅い。動きがあるなら全てが起こった後、こちらの状況が落ち着いてからだろう。
だからこそ、みなには温和に過ごしていてほしいと言ったのだ。
例え悪徳役人の下で、暫くは苦しむことがあろうと、正常化されるまでの辛抱なのだ。
それに、あの役人は勇者以上に姑息だと判断した。
すなわち、中央に動きがなかったとしても、無駄に搾り取るような真似はしないだろうということだ。
勇者としては、どの可能性を検討しても領民への被害が少ない――そう結論に至ったことで、この問題は良しとしたのだった。
対立する問題に、落とし所は必要なのだ。
ならば、この地や民に対して、勇者自身の身一つで全てが収まるというならば上々である。
(まさに、勇者の所業……!)
「勇者さん寝ないで下さい。にやけてるっすけど、大変なことなんすよね……?」
行き倒れ君の怪訝な呼びかけに、はっとした勇者は目を開けた。
勇者は顔を引き締めるべく、片手で顎を撫でながら口を開いた。
ここが重要なことだった。
「役人にとっては都合が良いことに、俺様が領地を統合した。だから、追い出せばいいのは、俺様だけだ。そうだとして、俺様が領主身分を返上すると言えば、丸く治まると思うかね」
コリヌは目を伏せ、溜息を吐いた。
「先ほどのお話ですと、でっち上げだろうと罪を以って追い出さねば、中央に面目が立ちますまい……」
勇者は頷いた。
ようやく理解してくれたようだと判断し、重要な役目を頼むことにした。
「腹黒役人も、元領主を無碍にはしまい」
「勇者よ……何を言い出すのです」
「万が一の策も用意しろとは、コリヌにもノロマにも指摘されたではないか。ついでだから、今言っておく」
勇者は静かに立ち上がり、コリヌを真正面から見据えた。
「俺様がこの地を去ることがあれば、皆を頼む」
勇者は頭を下げた。
浮ついていたり、芝居がかっていない。
至極真面目な態度だった。
コリヌは跳びあがった。
想像以上に深刻な状況を、勇者は想定しているのだ。
あんなにお気楽に過ごして見えたために、すっかり安心していた。
進言すべきは経験者の自分であるべきだったと、恥ずかしくさえ思った。
勇者はただ最悪の状況を考えて、伝えただけだろう。
しかし期限はまだ先だ。最悪の方向に比重が高まるには、早すぎる。
「そんな弱気な……嫌ですぞ、せっかく逃げ出してきたのにまた責任被るなんて!」
「ちっ……! さらなる領主技能を磨ける機会と思えばよかろう」
「ああっいま、舌打ちしましたな! そんな技能はありませんぞ!」
「ええい、じたばたするな。埃が立つ」
勇者が、まじめに頼み事をしている。
そのことに、行き倒れ君と護衛君たちも唖然としていた。
「そうっすよ、ようやっと色々とはじまったばかりじゃないっすか!」
「我らも、この大地には石頭の主より、面白勇者様の方が向いていると考えます!」
「なんだと護衛よ! 敬われていると思ってたのに!」
勇者は困り顔で、静まるようにとなだめた。
「念のためだ。最後まで引く気はない」
緊急時の役割を円滑にするために、序列というわけではないが決めておくことは大切だろう。
どのみち勇者が留守にすることがあれば、決めておかねばならないことだ。
改めて、勇者が留守時には、領主代理をコリヌへ。コリヌも不在時には行き倒れ君へ、次に大畑さん、族長と定めていった。
「なななんで俺がそこに含まれるんすかっ!」
「次点はコリヌではなく、行き倒れでもいいんだぞ」
泡食っている行き倒れ君を無視して、勇者はその話を閉めた。
あくまでも勇者の妄想であるが、起こったことの断片だけをとっても、何かしらの動きはありそうだと感じている。
考えすぎだとしても、いざという時に慌てるには、とんでもないことすぎるのだ。
勇者は話を終えようとしていたが、行き倒れ君は言いすがった。
今聞いたことは、ただどういう状況だと思うかである。
勇者はどうなるのか、どうするのか。
そこを、はぐらかしていると勘が働いた。
「もしそんな日が来たら、どうするんすか!」
「あ、それ聞きたいですな」
仕方がないかというように、勇者はまた座りなおした。
「罪の理由にもよるが、重い処罰である永久追放だとしたら、ましな方だろう。その、ましなことが起こるならば、俺様は山に帰るだけだ」
追い出されるなら、故郷の山脈に残される村の跡地で暮らすことに決めていた。
そう、跡地だ。
ノロマに指摘された、勇者は初めに定めた一つのことに注意を向けすぎるため、他の案も複数用意したほうがいいということ。
その一つが、何も故郷の者達と共にある必要はないというものだった。
例え役人がこの地を奪おうとも、その後はまた領民を増やしていく必要がある。
勇者は去るが、故郷の者らはこちらで暮らせれば良い。
その姿を見ることは叶わないだろう。
だが、それで勇者の夢であり目標は、達成されるのだ。
(お婆ちゃんにだけは、苦労させるだろう……)
それだけが心残りだった。
頑固だから、戻ると言いかねないのを、騙してここまで連れてくる。
そして出て行かねばならないのだから。
最も重い罰である、命が消えることに関しては口を閉じた。
言わずとも想像はつくだろう。
タダノフとノロマは普段と変わりなく、盛り上がる勇者達を他人事のように見ていた。
「なんで、タダノフさんとノロマさんは見てるだけなんすか」
行き倒れ君は、二人の様子に気が付き、不機嫌に言った。以前からの仲間だったろうと思うのに、落ち着きすぎているのを訝しく思ったのだ。
「なんか白熱してたからさ。餌がたくさん食べられて幸せだよ」
「下手に絡むと面倒なこと押し付けられますからして」
へらへらと笑う二人に、コリヌも渋い顔をした。
「あぁんおーじ様、怖い顔しないでよ。あたし達には小難しい話は分かんないんだ……それに、ソレスに任せるって決めてるからね」
「俺達に出来るのは、無理難題を押し付けられた際に、さらっと格好良く片付けるくらいのもんです。ソレス殿は、どんな無茶でもやり遂げる男ですからして」
暢気な二人なりに、勇者を信じきっていた。
共に旅した仲間なのだから、勇者の起こす騒ぎはいつものことだと慣れきっていたせいでもある。
それでも勇者は鼻高々になっていた。
「さ、さすがは勇者のお供だ。分かっているようだな!」
勇者は余計なことも話しただろうかと居心地が悪くなり、長すぎた朝食会議をお開きにした。
妄想を爆発させるなら、楽しいことのほうが良い。
その日は黙々と畑を耕した。
掛け声のない作業風景は初である。
やや不安げに見る行き倒れ君から、勇者は離れて仕事をした。
皆に話したことから、さらに思考を深めていたためだ。
役人は、二期目以前にも度々訪れると踏んでいたのだが、なんの音沙汰もない。
偵察が役人から送られた者であれば、もう少しはっきりと決め付けることもできたのだがと、勇者は眉根を寄せた。
なんせ、どう見ても一度目と二度目の来訪は、近場に潜んでいるとしか思えない間隔だったのだ。
それが手先すら寄越さないのは、企みの一環か、他にも仕事を抱えているかだ。
役人の、細く酷薄な目を思い出す。
「徴税官か……金ヤスリのように、癇に障る男だ」




