第七十六話 黒い歴史
「ない。やはり、ないぞ」
勇者は早朝から木箱の中を漁り、今は出せない故郷宛の手紙がないことを確信した。
「異界へと、旅立ったか……」
そんなわけはなかった。
勇者が城を飛び出すと、すでに竃周りにはコリヌ達が集まり朝食の準備のため、火を起こしていた。
日課の岩場体操すら意識の外で、探しものに夢中になっていたのだ。
「おお勇者よ、珍しいですな。未だ城におられました……か?」
コリヌのご挨拶の横をすっ飛び、倉庫の扉を叩いた。
「新たな希望まみれの朝だぞお! 起きんか行き倒れ!」
勇者の声は殺気をはらんでいる。
「なんと争いか! 我らも手をお貸ししますぞ勇者様!」
「護衛が自ら争いを煽るな! 朝から鬱陶しい」
護衛君達までいきり立ち、コリヌは宥める。
ぎいぃとやる気のない音を立てて、扉は開かれた。
「起きたっす……ぐふぅっ!」
行き倒れ君が姿を現したと同時に、勇者は胸倉を掴み倉庫から引きずり出していた。
「さあ聞こうではないか、貴様の悪辣なたくらみを!」
「んなっなんすか藪から棒にぃ!」
「まあまあ勇者よ、なんだか分かりませんか落ち着いて! 座って話しましょう、ねっ!」
コリヌは護衛達が暴れだす前にと、勇者を竃へと促した。
勇者は両腕を組み、石の椅子に座る。
行き倒れ君は、眠そうにうなだれている。
コリヌはその対比に首をひねった。
普段ならば、勇者がこんな様子であれば、行き倒れ君は焦っているはずだった。
「ええと、それでいかがなされた。勇者よ、膝を揺らして歯軋りしながら苛立ちをあらわにしないでくだされ。落ち着きませんぞ」
勇者は問い詰めようとしていた勢いをそがれたため、どう言おうか一瞬悩み、そして口を開いた。
「あるはずのものが、ない、のだ。行き倒れしか、置き場を知らんはずのものだ」
勇者は向かいに座る行き倒れ君を睨んだが、行き倒れ君は疲れたように答えただけだ。
「だから、そんな曖昧に言われても。なんのことっすか」
「いけしゃあしゃあとどの口が、この口か!」
また飛び掛らんとした勇者に、護衛君二人は嬉々として掴みかかった。
このままではまた乱闘騒ぎであると、コリヌは声を高めた。
「そうですな、明確にしましょう!」
「だから、てっ手紙、だ!」
何故か勇者は言い辛そうに吐き捨て、下を向いた。
「なんだ手紙のことっすか。なら出しましたよ、定期便で」
「えっ物凄い形相だから、へそくりでもくすねたのかと思いきや、手紙を出しただけとな?」
あっさり白状した行き倒れ君に、勇者はまた掴みかかった。
だが、行き倒れ君は怯まなかった。怒らせるだろうことは承知の上である。
「なんだと行き倒れ! やはり貴様か、この前は知らんと嘘を言ったというのか」
「嘘は言ってないっす。誰だって、なにか、なんて曖昧なもんは分からないっす」
「屁理屈を! なんと勝手なことをしたのだ……」
「勝手なのは、勇者さんのほうっす。俺だったら移住のことでなんの相談もないなんて嫌っす」
胸倉を掴む勇者の手から、力が抜けていく。
「わ、分かってない分かってないぞ、俺様のお婆ちゃんを。この、勇者のお婆ちゃんなのだぞ?」
行き倒れ君やコリヌ達は顔をしかめた。
勇者の顔をした、やたらガタイのいい老婆を想像したのだ。
「そ、それもそうっすね……」
何がそうなのかはともかく、つい行き倒れ君は頷いていた。
「いやはや待ってください。勇者よ、移住の話ということは、ただ呼び寄せたい旨を書いただけなのでしょう? 現状では気が早いとの考えは分かりますが、どうするかは、まず村の者達で相談するのではないで……ぐえっ!」
コリヌが勇者の動揺の理由を探ろうと話していると、タダノフとノロマもやってきた。
「おはよう、おーじっ様! 今朝はまだ餌がないじゃないか。お寝坊かい?」
「タダノフ殿、少々お待ちを!」
タダノフに飛びつかれたコリヌから逃げるように、護衛君達は野菜を煮始めた。
大人しく朝食を終えてから、改めてコリヌは切り出した。
「ええ、それではですね、問題を解決しておきましょうか。手紙の内容は、呼び寄せる計画のこと。知らせ時というのもありますから、行き倒れ殿の行動への腹立ちは理解できます。時期尚早だから、それを出してしまったことに困りはてていることも」
勇者は居心地が悪そうにもじもじとしている。
気持ちが悪いので、コリヌはどうにか内容に集中させようと試みる。
「聞いてますか勇者よ。すでに送り出してしまったのですから、ここは前向きに捉えたほうが良いかと思いますぞ。というか、いつもの勇者ならばそう考えているでしょう……ええい、先ほどから一体何をくねくねと見苦しい!」
なだめようと試みるはずが、コリヌの苛立ちはもれていた。
コリヌも意外と短気だったことを思い出し、勇者はのっそり立ち上がった。
「俺様という勇者が、お婆ちゃんに宛てた風の……領地を得て、華やかなりし英雄的活躍によってこの地を束ねっ、故郷の村を救うだろうといった物語仕立ての内容だったのだよっ!」
勇者は真っ赤になって、最後には叫ぶように言い切った。
これには、行き倒れ君も目を丸くした。
きたる日のために焦らないよう、前もって準備したと勇者は言い切っていたのだ。
真っ当な手紙だと思っていた。
それが、誰にも知られたくない黒い歴史を強制開陳してしまったのだ。
「うわぁ……それは、その、まじでごめんなさいっす……」
行き倒れ君は、自分の子供時代を思い出すと、恥ずかしさの余り我が事のようにいたたまれなくなった。
今や村人への同情は、勇者への申し訳なさに傾きつつあった。
だが勇者が恥ずかしがっているのは、痛々しい書き方を知られるせいではない。
(ふあおおおぅどどどうしよう! 未だ計画中なのだ。書いてたことと事実が違うとか、情けないではないかね!)
どうやら勇者自身は、物語の通りに華々しく開拓事業を進めている気でいるようだ。
目の前で、顔を赤くしたまま両拳を固く握り、両脇を閉めたり開いたりとしつつ上半身を揺らしている勇者。
コリヌは、どうしようこの壊れ勇者と眺める。
勇者の焦りをどう捉えたのか、コリヌは飲み込めた情報を元に提案した。
「落ち着いてくだされ。勇者の故郷、北の山中村への交通の便は最悪です。なれば、手紙が届くのは何ヶ月も先のこと。それまでに目処が立てば、なにかしらの対応は可能かと思いますぞ」
勇者はぴたりと動きを止めた。
呼び寄せたいことを伝える。
ただそれだけのことができない問題については、コリヌはよく理解しているつもりではある。
未だこの地は宙ぶらりんな状態なのだ。どういった取り決めをして、運営されていくのか、最終的な形が見えない段階である。
徴税官の無茶は目に余るが、どのみち中央とは現実的な腺を話し合うことにはなるだろう。
そこからようやく、一自治領としての歴史が始まるのだ。
村を治めるどころか自身の畑などを持ったことすらないという勇者が、ここまで様々なことに理解が及ぶほうが珍しいことだった。
勇者の行動は突飛にしか見えないが、コリヌは頭が固いほうで仕事ぶりは生真面目そのものだったから、常人には到達できない思考法でもあるのだろうと考えていた。
己の治めてきたマグラブ領時代を思い返せば、勇者に限らず、若く短期間で事を成す者には特有の、そういった感性が備わっているように思える。
単に理解不能だったから、そんな風に片付けていたともいえるのだが。
だからこそ、隠居し第二の人生を歩もうと決めたとき、そんな人物の中で特に突飛だった勇者の移住への誘いに乗ったのだ。
(実際に見よ。この短期間に様々な計画に実行する力。そして人材を見極める先見の明や、素晴らしい運にも恵まれているではないか)
半ば自身に言い聞かせるべく、良い部分を並べていった。
己が判断に間違いはなかったと心を補強するためである。
たまにはコリヌも、残りの人生を賭けた先が良かったのかどうか、不安になることはあるのだ。
(ふむ徴税官か……現状ではなんの対策のしようもないことに、私が思うよりも気に病んでいるのかもしれん)
コリヌは摘んでいた口髭から指を離し、勇者から話を聞くことにした。
勇者は羞恥暴風をどうにか退け、腕を組みなおすと、じっとコリヌの様子を窺った。
口髭を引っ張ったりねじったりしているのは現在考え中の表示である。
「コリヌよ、企みごとはしまいかね」
「最近は、勇者の考えをお聞きしていないなと。以前は、つぶさにお聞かせくださったというのにと、不思議になりましてな」
勇者は僅かに視線を泳がせていた。
それが答えである。
あえて避けていたのだろうことがうかがえた。
コリヌがあえて言わなかったことだが、役人のことを言っているのだろうことは勇者にも伝わった。
「特に隠し立てなどしていない。なるべく話題に上らないよう、避けているだけだ」
「おおっと開き直りよったー……」
行き倒れ君は小さく抗議した。
抗議というほどの気持ちはないが、合いの手を入れることが癖になっている。
勇者は気にせず続けた。聞かれたからには、答え時なのだ。
「せっかく良い具合に明るく、皆の気持ちがまとまっているのだ。不穏な噂で台無しにしたくなかろう。やれることはやった。他に出来ることといえば……直談判くらいのものだが、それこそ中央やノスロンドの反感を買うだろう。まだこの場を俺様が長期間空けられる段階でもない。現実的ではないな」
やや話が飛んだ気もするが、なんとも真面目な切り返しにコリヌは戸惑った。
「おかしいですな。もう少し面白いことを考えているのではないかと……いえなんでもござません! そうでしたか、勇者お一人で気に病んでいるのではないかと、心配になっていたものですから、余計な口を出しましたな」
しかしコリヌは眉を顰めていた。
どこか以前の反応と違和感がある。
日々成長しているからだと思ったが、どこか深刻さが薄れているように見える。
次の勇者の言葉は、それを裏付けた。
「相談事なら役人どもに限らず、他に幾らでもあるではないか。それに、気に病む理由も減ったのだ。それで良しとすることに決めた」
「はて、理由がなくなったのではなく、減った? 失礼ながらお聞きしましたかな。うたた寝中だったならばご容赦ください」
「おや、話してなかったかね。最近話したと……ああ、そうか。あれは南の開拓民にぺらぺらと話したのだ。いやそれほど当たり前のことと思い込んでいたようだな」
コリヌと行き倒れ君は、「えええー」とあんぐり口を開いている。
「すまん。重要なことすぎて、話していて当然と思い込んでいたのだ。大した話ではない。そもそも行き倒れは聞いていただろう」
「なんとなくしか、理解できてなかったっす……」
そうして勇者は、己が辿りついた結論を話した。
以前よりノロマから、思い込んだらプランAばかりだと指摘を受けていたこともあり、他の状況とか条件を色々と加味して考えたつもりだ。
「なんですとぉ! 領主を追い出したいのだろうとは薄々と感じていたが、代表者を残すのでもなく、全ての領主を排除し後から管理者をよこすですと! ありうる……ありえますな」
コリヌは立ち上がってそわそわと歩き出した。
「コリヌも悪徳役人の腹積もりで考えれば、貴重な働き手であるこの場所に慣れた領民を追い出したいなんて思わんだろう? だから、皆が楽しそうな今、このまま穏やかに暮らしていて欲しいのだ。そうすれば、この地を追われることもなかろう」
コリヌはすぐに落ち着いて座りなおした。
「考えれば、それが普通のことですし、初めからそうしても良かったはずですな」
「手っ取り早く住民を集めるためだろう」
「ううむ、しかし中央が催した特典ですぞ。それが剥奪されるとなると、今後の企画にも影響するでしょう」
「ふぅ……やれやれ、やはりそこに気付くのか……だから話したくなかったのだよ」
勇者は口元だけの笑みを浮かべ、両腕を天に向けて肩をすくめながら首を振った。
癪に障るが、真剣な話の中である。
「さっさとお聞かせください!」
余計に癪に障ったコリヌは叫んでいた。
「残った領主に、罪をかぶせて放逐すればよいではないか」
ふふんと鼻から息を吐きだし、勇者は軽く言った。
青褪めて固まるコリヌ達を見て、意味が分からなかったのかと言葉を重ねる。
「安心したまえ。俺様が、追い出されるだけだ」
そして親指を立てると、にっと笑った。




