第六十九話 排水路と先王の使者
水を引けたお陰で、生活も便利になった。
その点、丘の上が一番不便だったのだ。
増水時などはどうなるか分からないが、水捌けの問題もなさそうだった。
いつも通り、海へと流れていっているとのことだ。
「ならば固定してしまおうか。石を詰めるぞ行き倒れ」
「うーっす」
「ここは我らも助力します!」
護衛君二人も参加してくれることになった。
さっさと終わらせなければ、コリヌ砦周辺は水浸しの危険があるから当然である。
それは別としても、早く便利な水使い放題の環境を整えたいのだ。
「あたしは石コロを持ってくるよ」
開墾作業時に取り除いた岩石も、全て保存してある。
ひとまず崖沿いに山と積んであるだけだが、使い時はこんな風にままあるのだ。
そう考えれば、もう少し保管の仕方を考えてもいいだろう。
ある程度取り出しやすいように区画を分けて並べてみるか、などと考えながら勇者は溝を掘りなおし始めた。
「うまく流れてくれよ」
その後を行き倒れ君らが丁寧に整え、石の破片を幾層か敷き詰めていく。
さすがに一日では終わらない。
数日をかけて取り組んだ。
「こんなもんっすかね」
平地の小滝壺まで、排水溝が繋がった。
丘から続く溝を眺め、勇者は目を細めた。
さらさらと流れる水から、細かな飛沫でも上がっているのだろう。
微かながら、溝全体が輝いて見えた。
「今日はお天気が良いからでしょうか……どうも、やたらに、きらきらとしとりますな」
手伝いがてら様子を見に来ていた大畑さんらは、目をぱちくりさせた。
「日差しのせいにしては、やけに眩いですね」
護衛君らも困惑顔で眺めていた。
「気のせいだ。そうに違いないっす……」
行き倒れ君は気味悪げに呟いている。
「こんな大仕事の完成に、感動の余り呆然とするのも分かるが、もう一仕事するぞ!」
勇者だけは、いつものようにお気楽で、やる気に満ち溢れていた。
排水量が増える分、滝壺周りを一回り広げておこうと思ったのだ。
現状は滝壺といっても、手桶ほどの深さもあるかどうかで、広さも人が膝を抱えて座れる程度だった。
そこで勇者は、外縁を一回り広げ、段差を一段設けた。
水捌けも悪くないとは聞いたが、一度に流すこともあるかもしれないし、雨での増水した時などを考えればゆとりが必要だろう。
それ以上の増水までは、今から考えても仕方がない。
「このくらいにしておこうか」
勇者は、自身の仕事の出来栄えを誇らしげに眺めた。
「だから、あたしの剣は鍬でもつるはしでもないって! 手荒く使わないでよー」
「おおタダノフ、これのお陰で幾日も必要な工程が省略できたぞ。感謝する」
「感謝とかっ」
「ほれ、おやつだ」
「わーい」
普段は仕事中につまみ食いなどしない勇者だったが、一緒に干し野菜をかじった。
タダノフの便利道具は、餌の消費量が増すのと引き換えに、時間を短縮できるだけなのだ。
便利とはいえ、使いどころは見極めねばならないものだと、肝に銘じることにした。
不審な来客はあったものの、あれ以降は開拓作業のみに傾けられる充実した日々を送っている。
そのせいで、平和が訪れたかのごとく和やかに過ごしていた。
だが今は、収穫に向けて試行錯誤をしているところだという現実を、思い出させられた。
食っていくことは大変だ。
口に出来るものを確保することも、確保するために働くことも。
それだけでも苦労するのに、収穫物を全て払っても足りない現状を考えると、野菜の旨みも苦さに変わっていった。
(領民の笑顔は守りたい。が、俺様までゆるゆるではならんぞ。これを食べたら、もう一働きしようか!)
勇者の元を訪れた不審者は、依頼者の元へと報告に戻っていた。
依頼者は、ノスロンド城の謁見の間にて、聞き耳を立てていた者だ。
そして自らも行動を起こしマグラブ領へと赴いた者。
先王、シュペール・アンシア・ノスロンドだった。
勇者の予想は、おおよそは正解である。
ことは現王とは無関係に運ばれた。シュペールの独断で近衛兵を送ったのだった。
シュペールの過ごす一室に、怒号が飛んだ。
「それにしても、使えん奴らよ!」
優男どもには荷が勝ちすぎたかと、シュペールは首をふった。
近衛兵らは、頭を垂れたまま報告を続けた。
「ただちに明からにされてしまい、申し開きのしようもございません」
だが続いた内容に、顎が引き締まる。
「捕らえずに追い出しただけだと?」
ただの下調べのつもりだったとはいえ、その場で見抜いたというのか。
新たな地の領主は名ばかりと思いきや、すぐさま看破し、対処した。
並大抵の精神ではないだろう。
「面目もございません。しかしっ、しかしですね! 我らはこの平穏無事な城内を優雅に歩き回るのが仕事。訓練は積めども、戦場どころか争いごとを鎮めたことすらありません。精々が警備の真似事にすぎないのですうぅ!」
実に情けない近衛兵である。
こう見えて、厳しい鍛錬を積んできた、戦闘技術だけはそこそこ高い連中である。
だが、実際の経験がないのだ。
なりふり構わない戦い方に、機転が利くかどうかは分からない。
喧嘩慣れした町のゴロツキ共に負けたとて、驚きはしない。
「そんな兵士らしくないところが、良いかと思ったんだがのう」
シュペールの嘆きに、涙目の近衛兵は愚痴を零した。
訓練仲間である。
私室内での気安い態度は、慣例となっていた。
「大体ですね、突然すぎますよ。旅行がてら新大陸を見物してこいだなんていって、訓練もなく忍び込むなんて」
「はて、突っ立ってるだけの仕事には飽き飽きしていたと喜んでおったろうて」
「ぐっ……それはもう、道中は楽しく過ごさせていただきました、はい」
「まあ良い。状況を知ることはできた」
考えたより多くのことをだ。
手紙にはなかったが、領地の統一を果たしていたのだという。
中央のやりそうなことを考えれば、そのようなことは望んでいないはずだった。
足並みが揃わないだろう、ならず者の開拓移民を集めて送り出したのだから。
しかもそれを強化すべく、協力などさせぬように領主の座という餌を撒いたはずだ。
欲をかいた者達が互いを牽制しあうようにと。
そこまでしたにも関わらず、気が付けば纏め上げた者がいる。
驚異の手腕である。
「たかが平民と侮れんな」
これでは目を付けられても当然といえた。
「しかしマグラブ卿の縁者がいるとは、ややこしいことになってきたのう」
くそがつくほど真面目な家系だった。
初代の領主の教育方針が実ったのか、代々そうなのだ。現在は四代目となった若い領主でさえも。
少なくとも公の部分においてはだ。
そのような者が、何をとち狂ったのやらと考える。
現領主とて、血縁だからと庇い立てすることはないだろう。
そうでなければ、開拓が主とはいえ最も大きな領地を任せはしない。
しかし、中央から見れば、これも内輪の事情に過ぎないと断じられることも無きにしも非ず。
だからこそマグラブ卿は、自ら報告に来た。
父の身を案じてだけではなかろうことは、短い間だが膝を合わせたことで理解できた。
関係者であるというだけで、マグラブ領へ飛び火することを懸念しての行動であった。
「見上げたものよ……それに比べて我が息子の地味で大人しいことと言ったら……ああ情けなや」
「……またはじまった」
近衛兵らの囁きを無視して、シュペールは溜息を吐いた。
マグラブ卿に比べれば、いささか不甲斐ない我が息子を思うと、愚痴もこぼれようというもの。
育て方を間違えたのだろうか。
単に穏やかな母親に似たか。
そんな気持ちへと流されていくのを、押しとどめた。
「いかんいかん歳のせいかのう。すぐに感傷に浸ってしまうわい」
「満足なされたでしょう。この件からは、そろそろ御手を引かれた方がよろしいかと」
おずおずと進言する近衛兵を、鋭い視線で射抜く。
「傍観というわけには、行くまいよ。些細な隙とおろそかにすれば、そこから喰われることとなる」
そうしてシュペールは、新たな指示を近衛兵に下した。
密かな面会を取り付けるべく、中央へと使者が出された。
正確には、代表の一人に宛てたものだ。
シュペールの兄の忘れ形見であった甥には、一人息子がいる。
その又甥が今や、中央の一角を成し、五人の代表の末席にあった。
出身地でもあるが、うま味の少ない北東の管轄だ。
(末席である男に、どれだけの権限があるのかは分からぬが)
さらにいうなれば、一人の戦士であることを貫いた我が身と、商人として歩んでいる者との隔たりは幾ばくのものであろうか。
又甥の誕生時と、跡目を継いだ日を祝って面会したことはあるが、それ以外の面識はない。
あちらにはなんの思うところもないだろうが、シュペールにはあった。
成人してからは、より兄や甥の面影は強くなっているだろう。
これを機会に、親族と顔を見て話をしたいといった、素朴な気持ちが芽生えているのにも気が付いていた。
そして、又甥の治める町へと向かうべく、旅支度に取り掛かった。




