第六十八話 多魔鋼《たまはがね》
「ゆゆ勇者よっ何事かと思いましたぞぉ! 急に水どばーなんて!」
乗り心地最悪のタダノフ号から降り、ぐったりと地面にうなだれていた勇者に、コリヌが詰め寄った。
未だ地面が揺れている感覚の中、岩壁を見上げる。
岩肌の起伏伝いに、筋のように流れ落ちている輝きが目に入った。
「見たところ、どばーっとはしてないようだが」
「恐怖心は全てを大きく見せるのです!」
「はっはっは、いやすまん……俺様一人でも意外と掘れちゃったもんで、つい夢中になってしまったのだ……」
滝と呼んでよいものかという小ささだが、手桶を瞬時に満たす程度の水量はある。
無事にひと仕事を終えたのだと、ほっと息を吐いた。
あれをこんな短時間で、自分が掘ったのだと思うと奇妙な気分だった。
勇者は、崖の上のぽやっとした一時を思い返した。
絶壁の上は、人程の高さのある柱のような岩が密集して生えていたが、掴めるだけ転げ落ちる心配は少なそうだ。
勇者はタダノフから縄を解くと、隙間を縫うようにして、水の湧き出る場所を見下ろした。
「思ったよりでかいね」
後を続くタダノフが言った。
手の触れた岩から、轟音が感じられるようだった。
しましまの岩壁がひび割れて、ぽっかり開いた空洞から、水しぶきが豪快に噴き上げている。
「自然よ、わんだほー、だ」
勇者は道具袋から干し芋を取り出してタダノフに投げた。
「機体の冷却でもしているがいい」
「餌! 機体ってなに」
タダノフの問いには答えず、勇者は懐から紙を取り出すと、輝く笑顔のまま猛烈な勢いで周辺の状態を書きとめた。
「ふひー、済んだぞタダノフ」
楽しく調べまわってしまったが、次にまたここへ来ることを考えると気分が悪くなる。
(削る作業に来るにはどうしたものか。縄でも吊るすにしたって長さが必要だ。太さもいるから材料もかなり消費する)
町側倉庫では、空いた時間を縄や袋類を作るのに充てるとのことだが、それはまだまだ必要な場面が多いからだ。
今後の備蓄用にも作り貯めていかなければならない。
水場については長い目で見たほうがいいか、生活環境の整備だからと優先するか。
故郷の皆を呼び寄せ、人が増えたときを考えれば今の内に準備しておいたほうが良い。
しかし、未だその目処は立っていない。
勇者は途端に、己の我侭のように思えてきた。
とはいえ遠い先のことになるにせよ、情報が手元にあるのとないのでは大違いだ。
それで良しとすることに決め、帰ろうかと勇者は振り返った。
「ぐぴー」
タダノフは岩の狭間に埋まるようにして寝ていた。
器用なと思いながら、叩きおこす。
タダノフは大あくびしながら、辺りを見た。
「んで、掘らないの?」
「言っただろう。繊細な作業が必要だと……今は難しいのだ。ここに来るだけでも、常人には厳しいのだからな」
「あたしだって力自慢なだけで、ふつーの乙女なんだけど。そりゃあ、どじっ娘だから? 繊細な作業は苦手だけどさ」
「きさま、この世の特殊な属性持ちを敵に回すぞ」
「特殊な属性ってなにさ!」
勇者は縄を取り出して、タダノフに渡した。
降りるぞという合図のつもりだった。
だがタダノフは、縄を受け取ると篭手を外した。
「ほら、これ着けて」
勇者は困惑しつつ受け取った。
手首から指の中ほどまでを覆う革製の手甲は、ずしりと重い。
内側は、目の詰まった丈夫で分厚い布が張られている。
タダノフは、簡易のものとはいえ、これらの防具を常に身に付けている。
図体がでかいから合う服がないだけかもれしないが。
勇者は眉を顰めてタダノフを見上げた。
汗臭いのだ。
しかしタダノフは、訓練時にのみ見せる真面目な様子だ。
「そうだ、指突きへんてこ技を使う要領で、装備してみて」
「指突き二刀流だ」
渋々と勇者は従った。
「なんだこれは……じわあっと嫌な感じに熱々なんだが」
「試しに、その岩に指突きしてみてよ」
「そんなことしたら指が付け根から無残なことになるわ!」
あまりに愚かな発言と驚いて勇者は叫んでいたが、素の指で地面を穿つのも大概だろう。
「いったい、なんだと言うのだ」
「だって繊細な作業ならソレスのが得意じゃん? まあ訓練を思い出して、試してみてってば」
過去に自分から頼んだこととはいえ、訓練のことは思い出したくなかった。
河原で小石の上に正座をし膝に岩を乗せられて長時間耐えさせられたりなどの、血反吐を吐くような過酷な日々の記憶が、ぐるぐると目を回す。
「ええい失せろっ悪霊めっ!」
かっと目を見開き、勇者は悪夢を消し去るべく腕を振りぬいた。
「へ……」
粉塵が、吹き上がる風に攫われていく――。
ちょうどタダノフほど高さのあった岩の柱は、突いた場所から粉砕され、上部が消えていた。
あわあわと震えながら、勇者はタダノフを振り返る。
「へへん分かったでしょ。ただの力自慢なあたしが破壊の女神に見えるのは、装備の強化力のお陰なんだって」
色々とタダノフの発言を訂正したかったが、それよりも、こんな身近にとんでもない道具があったことに度肝を抜かれていた。
(なんの変哲もない薄汚い貧乏装備だと思っていたというのに、だ! 俺様が見抜けなかったとは)
落胆したのは、道具の性質を見極める天性の才を持つに違いないと自負していたのに、まったく気がつけなかったことだ。
(くっ……やはり、人の目には映らぬ第三の目など、存在しなかったのだ……)
「なんでへこんでんの。ほら次にいくよ! 要領分かっただろうから、はいこれ」
差し出された超長剣を両腕で抱え、勇者の頭はますます混乱していた。
こうなったらと、言われたとおりに岩に刃を当てた。
「ぬ、削れる。簡単に削れるではないか!」
使っているのは剣だから、削るというよりは突いている感じだ。
「なにこれ面白いように作業が容易いぞ! くふ、はは、ははははは!」
でこぼこ岩の合間に、幅の狭い深めの溝を掘っていき、崖から落ちる手前の岩辺りを斜め下方にくりぬいた。
勇者は振り返り、水の湧き出る側に立つタダノフに叫んだ。
「岩をどけろ、タダノフ!」
「あいよー」
タダノフは、水を堰きとめていた岩を持ち上げた。
(動かざる山の精霊よ、放てよその聖水を!)
念じてどうにかなるものではないが、はらはらと勇者は様子を見守った。
溝を伝い、岩壁の側面から小さな滝となり、崖を滑り落ちていく。
「うまくいったか! 水浸しになる前に降りるぞタダノフ」
そっと頼むという勇者の声はかき消されていた。
そうして戻ってきたのだった。
膝の震えが治まり、勇者は立ち上がる。
「ちょっと剣を貸せ。ささっと側溝を掘ってしまおう」
「ソレス、鍬じゃないんだよ」
「すぐ済む」
落ちる水を流す先を作らないと、コリヌ砦まで被害を受けそうだった。
崖沿いに溝を掘っていく。
丘を下り平地側の小さな滝壺まで繋いだ。
大畑さんらに事の次第を話し、数日ばかり水捌けの様子を見てもらうよう頼んで、ようやく仕事を終えたのだった。
(こんな大事業。それが、わずか半日で終わってしまうとは、恐るべしタダノフアイテム)
その日の晩飯は、静かだった。
勇者が異様な様子で、黙々と食事を貪っていたのだ。
「まるでタダノフ殿のような食べっぷりですなー」
「やめろノロマ」
どうやら、タダノフが必殺技を使ったときと同じことが起きたようである。
勇者も異常な空腹感に眩暈を覚えていた。
「なるほど、な。これは腹が減る」
知ってどうなるというタダノフ生態の解明に、また一歩前進してしまった。
食べ終えると、勇者はようやく話をする気力が戻ってきた。
「少し崖の縁から距離があるし岩山だし。その内、縄を束ねて吊るしてもらおうかと思うが、しばらくは用もないだろう」
二度とタダノフ移動は御免だった。
青褪めた勇者に、それは仕方がないと皆が頷いてくれていた。
「そんな時間かかることしなくても、あたしなら簡単に登れるのに」
「他の用事を頼んでいるときに、何事かあるかもしれんだろう。いいかタダノフ、何かあったとしても勝手に見に行くなよ」
「むぅそこまで言い張るなんて珍しいね」
「こればっかりは許さんぞ。もし勝手なことをしたら、餌がどうなるか……」
「やんない! やんないから変な餌期間はやめて!」
勇者が何かを仄めかした途端、タダノフはへたりこんで懇願していた。
言葉としては、餌と言っただけなのだが、過去に同じような制裁が行なわれたのだろう。
「変な餌……想像したくないですなー」
タダノフへの注意を終えると、早く作業が済んだ経緯を話した。
「それにしても便利な装備だ」
「変わった鉱石が採れる島があるんだよ。それを砕いたり焼いて溶かして混ぜて叩いたりだかで作った塊を、多魔鋼って呼ぶんだ」
タダノフの言葉に、勇者とノロマは興味を示した。
「ほほぅ、特殊な素材なのかね」
「ほほー素敵にいかがわしい響き。その鉱石は手に入りませんので?」
「いやぁ変わってるってくらいだから採れるのも少ないし、何より危険だからね」
「……どう、危険なのかねタダノフ」
ノロマは顔を輝かせたが、勇者は青褪めた。
今まで何年も知らずにいた。
どんな危険が振りまかれていたのかと思うと心底恐ろしい。
「毒とかじゃないって。鍛えてない人間が触ったら火傷するだけで……」
「そんな危ないもん晒して歩いていたのかタダノフぅ!」
「だっだから、革で覆ってるじゃん!」
「俺様に、何も言わず使わせただろうが!」
「だってソレスはあたしの流派で鍛えたし!」
今さらながら、気が付かされた。
もともと故郷でも、崖の上り下りなんかで鍛えていたし、身体能力に自身はあった。
だが、タダノフに鍛えられてからというもの、体の内に巡る力を把握できるようになったのだ。
うまく言葉には出来ないが、その流れを意識的に操作できるような感覚だ。
(えっ、では俺様が指先に集中し、力を放出できるような感じになったのも、タダノフ式鍛錬のお陰……?)
不意の事実を知った衝撃は、じわじわと腹を抉られたように効いてきた。
自力で編み出した必殺技のつもりでいい気になっていたのが、タダノフのお陰だったのだ。
「なんだいそのふて腐れた顔。故郷の奴らだってなかなか習得できないんだよ。ソレスは珍しいんだ」
勇者の顔は輝きを取り戻した。
「そっそうだろうとも。さすがは勇者となるべく生まれた、俺様だけのことはあるな!」
「単純で羨ましいっすね」
行き倒れ君の呟きに、勇者は単純な手に引っ掛かるところだったと気づいた。
「いや騙されんぞタダノフ! 流派と多魔鋼とやらがどう運命的な出会いを果たしたというのだ!」
「えぇと、なんだっけな。師匠が何か言ってたけど、座学は苦手だったから……思い出すから待って」
勇者が焼き芋を渡すと、タダノフはそれを飲み込んで、ぽんと手を打った。
「確かそうそう、鍛冶職人さんが気がついたのが始まりらしいんだ」
タダノフの故郷、大陸南の海を超えたさらに南にある諸島の国。
遠い昔、どのくらいかは分からないがその昔に、熱を放つ固い地面を持った島が見つかった。
今では諸島一帯が、この地面と同じものが含まれていると分かったが、砂粒程の大きさが散らばっているだけで、当時は気が付くことはなかったのだ。
触れると、肌が焼けるほどの熱だが、湯気は出ていない。
土ほどは柔らかくもないが、岩というほど固くもない。
その不思議な土塊を持ち帰り、鍛冶屋に何か作れるかと渡したらば、なかなか丈夫な農具や刃物ができたという。
「ふむふむ、それで」
問題は、熱を冷ました後も、触れれば肌は焼けることだった。
人々は多くの魔が宿るとして、多魔鋼と名付けた。
扱いづらいものだ、使い道はないかと思われた。
だが鍛冶師が刃先を砥いでいる際に、その熱さを感じにくいことに気がついた。
その鋼の持つ流れを整えるようにと集中することによって、刃の性質と人の性質が合致する奇妙な現象だった。
しかも合致した状態で刃を振るうと、威力が増したのだ。
「でね、なんやかんやで渦流れ流っていう近接戦闘技術が完成したのさ!」
「省きすぎだろ!」
それでもタダノフにしては、十分に伝えられたほうだろう。
「その人並みはずれ過ぎた能力が、装備の性能も含まれていることは分かった。一応は、人間なようで安心したとも」
「一応じゃなくて、ただの人間だって。普通は岩砕いたりとか出来ないよ、当たり前じゃん」
そこには大いに疑問を差し挟みたいところだ。
が、勇者たちは、ひとまず納得することにしたのだった。
(なるほど……一応は理屈めいたものがあったのだな)




