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完徹の勇者  作者: きりま
領地防衛編

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第六十七話 水源

 勢いで倉庫を建ててしまったが、実際かなり便利になった。

 タダノフにはつまみ食いしないようにと厳重注意が必要だったが、野菜の干し場が増えたのだ。

 茶葉や道具類などの他に水樽も置き、護衛君たちは食事の準備をするにも楽になったと喜んでいた。


「ふぅむ、水か」


 勇者は、以前より水源はどうなっているか調べてみたかったのを思い出した。

 タダノフを走らせれば、調べることはできるかもしれない。

 だが、周囲の岩棚と違い、絶壁だらけなのだ。

 わずかでも傾斜がなければ、いかな異能筋肉体タダノフであろうと、駆け上るのは危険があるだろうし頼みづらい。


(普通によじ登ってくれるなら問題はないだろうが、根気がないから無理だろうな……)


 どうやら同水源らしい川が、平地側と村側へと流れているのだ。

 うまいこと崖を削れば、丘の上にも引き込めるのではないかと思えた。

 何も大量に欲しいのではない。

 ちょろちょろっと流れるように出来たらいい。

 ただし失敗すれば、まずいどころではないから慎重にいきたいところだ。


 何はともあれ、仲間に相談だ。


「こんな感じで水を引こうかと」


 勇者は、図を書いた紙を広げて見せていた。

 崖を少しばかり削って水を引きこみ、平地側の滝へと落ちるように溝を掘る。

 そんな案を出したのだが、竃周りから覗き込む全員が、ただ唸って答えに窮していた。


 作業は単純そうだが、これはかなりの大仕事である。

 今までの作業だって危険はあったが、ここまでではないだろう。


 ちらと全員の目はタダノフを見、そして戻される。


「なんだい、みんなして。これはあたしの仕事じゃないの?」


 タダノフが怪訝な顔で、勇者を見た。


「登るには崖が直角すぎるかなぁとだね、心配になってだね……」

「そんくらい平気だよ!」


 筋肉なめんなとタダノフは息巻いている。

 様子を見てもらうだけならば良いのかもしれない。

 問題はその後だった。


 繊細な作業が必要であろう掘削作業を、拳一つで片付けられると困るのだ。

 勝手なことをされては全住民の命が危ない。


 勇者は咄嗟に思いついたことを口にしていた。


「そっそうだタダノフ。俺様を抱えて登れるか」


(やめてくださいしんでしまいます何を言っているのだ俺様の口ぃ!)


「いいねそれ! ちょっと待ってて」

「ま、待てってなんだタダのっ……!」


 タダノフはどこかへすっ飛んでいった。

 勇者の体から血の気が引いていく。


「あのぅ、勇者よ。本気なのですか」

「しまったって顔ですなー」


 どうしようか、どう説得すべきか、それとも漏らすか。

 勇者は小心者能力を全力で解放して答えを探そうとしたが、眼前には魔が聳えていた。


「ほら、縄もらってきたんだ。さあいくよ!」


 勇者は顔まで真っ白になった。

 その間に気が付けば、勇者はタダノフの背に、背中同士くっつけて固定されていた。


「まままだ、こここ心の準備が」

「口閉じてな。舌かむよ」


 タダノフから振り絞られる筋肉の動きが伝わってくる。

 すでに心臓が口から飛び出そうだった。


「勇者に敬礼!」

「お達者でー」

「勇者の偉業は、後世まで伝えますぞ」

「これが勇者の精神というものか!」

「畑は見とくっす」


 地面に重い衝撃が走り、勇者を乗せたタダノフ号は打ち上げられていた。



「まっ待ちたまへああああああああああぁ……っ!」



 勇者にとって幸いだったのは、急激な負荷を身に受けたために気を失ったことだった。

 人前で漏らす失態を免れたのである。





 勇者が、星の勇者様になっている頃のマグラブ領領主居館の様子。


 コリヌン・マグラブは、新大陸からの使者である屈強班を、護衛その二君に訓練に放り込むよう命令を下していた。


「おっ俺達はじゅうぶん鍛えてますしぃ」

「そりゃもう強いですからぁ」


 今にも泣きそうな顔で言われても説得力がない。


「ほう、護衛一人にも敵わないと聞こえたが」

「こっ心意気の話でさぁ!」

「ならば、手ほどきを頼む」

「そんな殺生な!」


 コリヌンは、騒がしさにうんざりし、それだけ言い残すと執務室へと戻った。

 ようやく静かな空間に腰を落ち着けると、目を閉じ頭を整理する。


 あの騒がしい連中が来るよりも少し前に訪れた、ノスロンド王国からの来訪者との会話が思い出された。

 あの時も同様に騒がしかった。




 その日、来客を告げたのは管理頭ではなかった。


「たっ大変です! ノスロンドからの使者が訪れているのですが、その」


 用件のみを手短に伝えるべき護衛隊長ともあろう者が、この慌てようは只事ではない。

 苛立たしく思いながらも、コリヌンは表へと急いだ。


「一体なんだというのだ」


 奇襲でも受けたかというような慌てぶりだ。

 しかし使者だと言った。

 この辺境の地に、国王がいきなり出向いてきたとしても、これほど慌てるだろうか。


 全開の両開き扉の外へ踏み出し、そこに立つ姿を認めるや、コリヌンは動きを止めて弾かれたように跪いた。


 一目で、その姿はコリヌンの目に焼きついていた。

 肩まである、元は黒々としていたであろう髪は今や白く、まだらに灰色が混じっている。

 顔には深い皺が刻まれてるが、その御歳でさえ、所作には鋭さが残る。

 全身を革鎧で包んでいるのだが、部分的にとはいえ重い金属板が打ち付けてあるものをまといつつも、背筋をぴんと伸ばして立っているのだ。


 驚きのあまり正式な挨拶を省いてしまったことに冷や汗が出るも、失態を詫びる言葉は出ず、顔を上げることすらできなかった。


「そう、畏まるな。マグラブ卿」

「建国の英雄が、遠路遥々、このような地に如何様な……」


 想像だにせぬ来客であった。

 建国の英雄と呼びはしたが、先のノスロンド王でもある。

 砂漠の国々との大戦を勝利へと導き、この地に建国を果たした、誰もが憧れ敬う存在だ。

 言葉が喉につかえる。


「そち自ら、書状を届けたと聞いた。お返しと思え」

「一報も入れず押しかけた、不躾な振る舞いを罰しに……」

「おぉもうよい! そんな堅っ苦しい国でなし。話が進まん。立て」

「はっ! では、こちらへ」


 コリヌンはまた弾かれたように立ち上がり、応接間へと案内した。


 応接間の側には、管理頭が頭を下げて待っていた。


「お飲み物の用意は出来ております」


 それで護衛隊長が現れたのか助かったと、コリヌンはさっと視線で示し、客とその衛兵が部屋へ入るのを待って後を追った。


「席を外せ」


 先王は衛兵を外へ出した。




「偶然、城にて居合わせ内容を聞いてしもうてな」

「まさか、既に中央より指示が?」


 コリヌンの疑問は乱暴に払われた。


「せっかちじゃのう。距離を考えよ」


 考えはしたが、緊張に口が滑っていた。

 目の前には、武人ならば誰もが指針とするだろう、かつての英雄が座しているのだ。


「手紙の内容は?」

「もちろん存じ上げません」


 内容を確かめるなどしてはいない。

 そんな細工など簡単に見破れるものだ。

 例え見ていたところで、それを白状するもしないも証明のしようがないことは互いが認めていた。


「では命令を下す。東側領境の警備だ。報せを待て」


 その方が気が楽だろうからのぅと付け加えて、先王は立ち上がった。

 コリヌンは、自分自身に落胆していた。

 先王は、会話の中で、己がやるべきことを提案してほしかったのではないかと思えたのだ。


「必ずや、お言葉通りに」


 コリヌンは、感情を飲みこみそう言うのが精一杯だった。

 せめて指令通りの行動を徹底する。

 それが自身に課せられたことだろう。


 コリヌンは、その短くも長い一時を幾度も思い返しては、まだまだ精進が足らんと己を諌めた。





「もぅゆうしゃおなかいっぱい」

「起きてよソレスぅ。いつまで寝ぼけてんの。起きないとこのまま逆立ちしちゃうよ」

「逆さにしても何も出んぞ! はっ、ここはどこだね」


 勇者の足元にあるはずの地上は、はるか下だった。

 みぞおち辺りを掴まれたようにひゅんとする。


「地球は蒼かった……」

「なに言ってるのさ。腹減ったから早く用事を済ませてよ」

「うぷ……そうだな、手早く調べよう。逆を向いてくれ」


 下ではなく、崖の上を見渡す。

 平らな場所はなく、ぎざぎざとした岩山が遠くまで連なっていた。

 その途中にある岩山の合間から、水しぶきが見えた。

 平地側と村側の山並みが交差する辺りだ。


「ふふ俺様は冴え冴えだな。予想はあたっていたか。川を見つけたぞ、あっちまで移動してくれ、今度はゆっくりなああああああっ」


 奇しくも勇者は、コリヌンと同じく、もっと鍛えていれば良かったと後悔していた。



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