忌憚奇譚15
明くる日の午前十時。六朗は旧武道場へと足を運んでいた。
剣術サークルは今日も鶴子一人である。
六朗はそこで今回の報告をする。
直との会話、雪乃の変化、エトセトラ。
「と言う訳なんですよ」
「身も蓋もないな」
当然の反応だった。中二病というのはあまりに身も蓋もない。しかし心当たりがあり過ぎて、六朗としては恥ずかしながら認めるしかなかった。
「そんなもんですよ。僕は普通が嫌だったんです。だって詰まんないじゃないですか、当たり前のように漫然としてるのって」
「漫然と普通は違うぞ」
「僕には同じように感じます。普通を享受するってことが、漫然としているようにしか思えない」
ぼうっとしているようにしか感じない。普通でいることは浪費にしか感じられない。
「まず何を普通と置くかも重要なのだけれど、普通を享受することが漫然としているようにしか思えないのなら、お前はとんでもなく高性能な人間であるということになるぞ」
「いや、だから僕は普通なんですよ。普通だけど普通は嫌なんです。勿論無茶をすればオーバーロードも起こします」
「なるほど。普通を嫌がる普通人。中二病だな」
納得の意を見せる鶴子。
「では、お前はこれから普通に泣いたり笑ったりするのか?」
「いや、別に泣きゃしませんけど……僕って普段そんなに笑いませんか?」
そんなことはないと六朗は思う。流石に楽しければ笑うはずなのだが。
「全然笑わんぞ。この能面お化けが」
竜二からも言われた言葉である。
それはもう笑わないどころか表情が変わらないということではないだろうか。
しかしそう言われるのも致し方なし。言われてみれば確かにあまり表情は動かないかもしれない。
「まあそうですね。笑うこともあるんじゃないですか? っていうか僕は笑うときは素直に笑うヤツですよ」
これは事実。面白いと思えば当然笑う。
「ほう、例えばどんなとき?」
「何かこう、機嫌がいい日とか?」
ぱっとは思いつかないものである。
「まあいい。お前がそういうなら私もしつこくは言わんよ。いやはやそれにしてもだ、あれだけシリアスに悩んでおきながら、こうもあっさり解決してしまうと私としても張り合いがないぞ」
鶴子は若干不満そうにしている。
しかしそんなことを言われても困る。解決自体はいいことではないか。
「それに、えーと何だっけ、多大角薫くんだったかな。彼が心を見通すと言っていたことについてはどう説明する。彼は洞察力の優れた男だったということは話したな。その彼が冴木には心がないと言ったのだぞ? それは間違いだったのかな?」
「鶴子先輩が答えを言ったじゃないですか。僕が能面だから表情が読み取れなかった。だから心がないように見えたって。そういうことだと思いますけど」
六朗が言うと、鶴子は苦虫を噛み潰したような顔で、覚えていたかと呟いた。
「判った。お前が納得したならいいだろう。私が言うことはないな。しかし、悩んでいるお前もそれなりに可愛かったんだがなあ」
サディスティックなことを言う鶴子。それは酷いのではないかと六朗は思う。悩みは解決してこそだ。
「鶴子先輩は役に立ちたい人なんですね」
嫌味を飛ばしてみる。
「そうだ。私は頼られがちさんになりたいのだ」
反応なし。空振りだった。
「冴木は年上にモテるだろう?」
いきなり鳩尾を突くような質問をしてくる鶴子。流石、武道に通じている人間は違う。
「べ、別にモテやしませんけど……」
「あっ、狼狽えた。やはりな。お前は何だか庇護欲とか独占欲とかをそそるところがある。私もお前のそういうなよなよしたところが好きなんだよ。だからお前に頼られたいと思うのさ」
それはそれで酷いと思う。そんなになよなよしているだろうか。確かに友人である宗次郎と並べばひ弱な感もでるだろうが、六朗は身長体重共に平均。中肉中背といったところだ。決して痩せ形ではない。
「僕ってそんなに弱っちく見えますかね」
「弱っちくみえるな。指先一つで体内から爆破させることが出来るんじゃないかと思える程弱っちく見える」
六朗は髪型を確認する。普通の髪型だった。モヒカンではなかった。
「鶴子先輩がもともと強いから、そう見えるだけかもしれませんよ」
「前田慶次郎だな」
「いえ、ネタを放り込んだつもりはないんですけど……」
何時もより食い付きがいい。食い付かなくてもいいところにまで食い付いてくるのには少しばかり閉口するが。
「まあそうだな。弱いからというわけでもないんだ。こればっかりは雰囲気だよ。説明は難しい」
雰囲気か。まあそんなものだろうと六朗は適当に納得する。
鶴子は宙を仰ぎ、何やら考えている。そしてこんなことを言った。
「話はガラリと変わるが、冴木は人の好意に応えることを覚えた方がいいぞ。振るにしても振り方というものがある」
「何ですか? 恋の話ですか?」
と言いつつも六朗は察する。鶴子は間違いなくひるまから情報を得ている。何時聞いたのかは判らないがここまで言うのだから間違いない。
中学時代の六朗の素行までバレている。
「まあそんなところだ」
「振るとか振らないとか言ってるってことは、ひるまさんから全部聞いたんですね」
「何のことやら。噂というのは火のあるところに立つものだ。この主人公体質が!」
意味が判らない。鶴子はモテるモテると囃し立てるが六朗が告白を受けたのは数人だ。たったそれだけで主人公体質と言われても困ってしまう。
六朗は鶴子にそう伝えた。
「それを荅川の前で言ってみろ。お前の噂は七十五日では済まなくなるぞ」
「知りませんよ。何日になるって言うんですか」
「二七三九四日」
「随分長いですね……えっと二七三九四日……って、一生モンじゃないですか!」
七十五年である。
「計算が速いな」
「鶴子先輩が言えたことじゃないでしょう」
「暖めておいたギャグなんだよ」
用意周到だ。
六朗は理系のクラスだ。それだけに計算が速い。
「冴木はモテるんだよ。だから噂も広まる。いい加減認めろ。中学の時分は随分酷い振り方を繰り返していたらしいじゃないか」
何が酷い振り方で、何がよりよい振り方なのか判然としないだけに首を傾げるしかない。
「酷いだなんて心外ですね」
「いやあ、『君誰?』はないだろう……」
そういえばそんな振り方もしたなと今更ながらに思い出す六朗。
「本当に知らなかったんだから仕方ないでしょう……」
「冷血漢だな。お前の血は何色だ」
確かにあれは酷かったと思う。泣きながら去って行く某さんの背中は悲し気だった。泣いていたのだから当たり前だけれど。
「でもほら、中学生の頃の話ですから。今はからきしですし、僕も色々勉強しましたからあんな悲惨なことはもう起きませんて」
高校での一年半、告白を受けたことは一度もない。中学時代は所謂モテ期というやつだったのだろう。
「いや、どうかな。実は密かに人気があったりするのかも。ひるまに訊いておくかな……」
小さく呟いたつもりらしいが、六朗の耳には届いていた。
「やっぱりひるまさんに聞いたんですね」
「む、聞こえていたか。まあそうだな。あいつは沢山情報を持っているから何でも答えてくれる。中二病をパワーにして偉業を成し遂げるタイプの人間だよ。全く感服する。冴木も見習え。あれこそ中二病のあるべき姿だ」
そういえばひるまは六朗の話を聞いて悶えた人間だった。なるほど本人は改善したと思っているらしいが未だ闘病中なのか。
「お前とひるまの違うところは行動力にあると思うよ。私がまたDVDを見繕ってやる。今度はちゃんと使って、男女の何たるかを学ぶといい。そうして今度は女性と付き合ってみるのもいいだろう。今私に出来る手伝いはそれくらいだな」
六朗も受け身というわけではないから行動はしているのだが、好意は受け取っておこうと思った。
「判りましたよ。おっと、そろそろ行かなきゃ。じゃあ僕はこの辺で失礼します」
「おう。また来いよ」
六朗は頷き旧武道場を後にした。




