何故踊る2-2
辺りは闇に包まれている。
醍醐は食事を終えると、暇つぶしに暗闇を見ることに挑戦してみようと思った。
蔵のある方へと目を凝らす。小屋から蔵までは少し距離がある。醍醐は近くにあるものならば容易に認識できるが、遠くにあるものがよく見えない。とは言え、暗闇は得意だ。
近くにあるものならば人間よりはよく見えている。
ジッと暗闇を睨みつけていると、蔵の輪郭が姿を現す。それが像を結ぶと、いつも見えている蔵が醍醐の視界に出来上がった。
成功だ。
達成感に包まれる。
「醍醐、起きていますか?」
またいきなり声をかけられた。今日は最後までこんな調子だ。自分は警戒心が欠けていると醍醐は自省する。
声の方へ目を移すと、あの不遜な娘が立っていた。昼間に会った時より表情が柔らかく見える。口調が穏やかなせいだろうか。
醍醐が振り向いたかと思うと、笑顔まで見せた。
調子が狂う。
娘はやっとこちらを見てくださいましたねと言うと続けて話し始めた。
醍醐は耳を傾ける。
娘は醍醐の知らない言葉や価値観で話しかけてくる。ただ、娘が醍醐との良好な関係を望んでいるということは伝わった。
しかし、人間を見るたびに吠えていた時代の醍醐が人間を怖がっていたという分析には納得がいかない。納得はいかなかったが全面的に否定するだけの自信はない。
醍醐は目を細め、曖昧な表情を作ってみる。人間が犬の表情を読み取れるとは思わないが、これもコミュニケーションとかいうやつだ。
すると雪乃は少し驚いたような顔をした。
まさか伝わったのか。否、気のせいだろう。
そろそろ眠くなって来た。
この辺で切り上げようと醍醐は体を起こし小屋へと戻る。後ろで雪乃が挨拶をするのが聞こえる。
通じるはずもないが喉を鳴らしてみる。
おやすみ、と。
*
疲れて雪乃との会話を打ち切った醍醐だったが、あれやこれやと考えているうちに時間が経っていた。
醍醐は不安を感じていた。耳をくすぐられている様な不快感に似た、ムズムズとしたものを感じていた。
醍醐は耳がいい。故に聴きたくない音まで耳に届いてしまうことがある。
例えば、家の中から押し殺したような悲鳴が聞こえることがある。
例えば、家の中から床の軋むような音が聞こえることがある。
それらは醍醐の不安感を煽るものだ。これが恐怖というものなのだろうか。ぼんやりとしていて正体の掴めない感情ではあるが、とにかく不気味なのだ。
正体の分からないものに醍醐は怯える。
早くこの意識がどこかへ飛んで行ってしまえばいいと思う。思うが、思えば思うほど眠気は遠ざかる。
振り子時計の音に怯える子供のように醍醐は身を縮める。
毛が恐怖で逆立つのを感じながら醍醐は夜を越したのだった。




