終幕
三井三菜子は東口前の予備校付近を散策していた。
三菜子は完全に居場所を失っていた。居場所だけではない。
行き場所も生き場所も失っていた。
昨日、冴木と名乗った彼に、君は一生幸せにはなれないと言われた。そんなことは三菜子自身、百も承知のつもりだったがいざ他人に言われると戸惑うものだ。
他人とまともに会話するのは本当に久しぶりのことだった。あまりに久しぶりだった為にうまく相手に言葉を伝えられたか少し不安だ。
——不安。
不安なんてあるはずもない。自分は世界を否定しているのだから。あんな人間を眼中に入れる必要などないのだ。
三菜子は混乱している。地に足がつかない感覚がある。
このままでは駄目だ。あらぬ方向に思考が傾いてしまう。
人間としての情が残っているからこんなことになるのだ。人間としての三井三菜子を完膚なきまでに殺す必要がある。
どうすればいい。また顔に新しい傷を付けようか。今度は酸で焼いてみるのもいいかもしれない。
否、駄目だ。自傷行為は人間としての自分を顕在化させることになりかねない。
三菜子は迷う。
実際のところ、最高かつ最善で最終の案はもう既に頭に浮かんではいるが踏ん切りがつかない。それは最悪の案でもあるのだから。
これを実行すれば確実に人間としての三菜子を抹殺することが出来る。しかし、口裂け女としての三菜子もまたなくなってしまうかもしれないのだ。
途方に暮れて空を仰ぐ。
首が軋む。
顔をもとの位置に戻すと、三菜子の眼前には女が立っていた。
背が高い。二メートルはあるだろうか。
夏だというのに赤いロングコートを羽織っている。
狐のように細い目に大きなマスク。
これだ。これを使えばいい。これに成り代わればいい。
これが救いになる。
女は猫のような声で問いかける。
————私、キレイ?
三菜子はマスクを取りながら問いかける。
————私、綺麗?
周りには誰もいない。
北東から吹く温い風が、ヒグラシを黙らせた。
口は災いのもと・終了




