口は災いのもと4-2
雪乃に振られた翌日、夕子は自身が所属しているサークルである軽音楽サークルの部室に足を運んでいた。
足は鉛の玉でも着けているかのように重かったが行かないわけにはいかない。
胸が早鐘を打っている。しかし我慢するしかない。結局いつ行ったところで部長との対峙は避けられないのだ。これ以上サボれば教室に直接乗り込んできかねない。
部室の前に立ち、扉を開ける。
「こんにちはー……」
まだ誰も来ていないようだ。
少し安心する。否、安心は出来ない。
気を紛らわせようと夕子はギターを取り出す。
夕子のギターは叔父から譲り受けたものだ。ぼろぼろのテレキャスタータイプで、ヘッドにはマジックで『ギブンン』と記されている。
所々改造が施してあり、元のメーカーがどこのものなのかさっぱり分からない。しかし、夕子はこのデタラメなギターを気に入っている。クリーントーンで鳴らしてもディストーションで鳴らしても夕子の好みの音を出してくれるのだ。
ギターをアンプに通すと、サボり始める前に覚えた曲を弾いてみる。
不味いことに全然弾けない。暗澹としたのも束の間だった。夕子の後ろで扉の開く音がした。
心臓が喉の奥まで出かかった。危うく吐き出すところだ。
「おいーっす」
鬼神の声がする。
「こ、ここ、こんにちはっ」
続いて吃りドラマーの声。
夕子は心の中で両親と愛すべき姉弟、そして友人達に別れを告げ、振り返った。
「おはよーございます!」
笑顔だ笑顔を絶やすな。産まれたときには泣き、死ぬときには笑う、それが人間というものだ。
鬼神の顔が歪む。
赤いショートヘアが逆立ち、大きな猫目が一層見開かれる。睨まれた夕子は石になったように動けなくなった。
「墓村夕子! てめえどのツラ下げて来やがったんだ!」
「ごめんなさい!」
夕子は半泣きだ。
「え、えと……幼なじみと久しく話してなかったもので、その、休暇を頂いてですね……」
「ああん!? 幼なじみだとお? あれか、世咲雪乃か。それがサボリと何の関係があるんだよ」
威圧の権化と化している。それはそうだ。夕子は流石にサボりすぎた。お怒りは尤もだ。
「でもですね、全然話せなくてですね、結局振られちゃって……」
涙が出て来た。もうだめだ。情けなさと恐怖で訳が分からない。質問にも正確に答えられない。
「な! 泣いてんじゃねえよ、なんだよ、そういうのヤメろよ……」
泣き落としは有効らしい。鬼の目にも涙というやつだろうか。否、これは使い方が違うような気がする。
「ま、まま、まあまあ、桃香先輩落ち着いて。は、墓村さんの話もちゃんと聞いてあげましょう」
ここでやっと吃りドラマーがフォローを入れる。
いかにも気の弱そうな優男では天を衝いている怒髪には近づくことすら出来なかったようだ。
鬼神こと常代野桃香はバツが悪そうにしながらベースを部室の片隅に置く。
「しょうがねえな。おい、道目木太郎、茶でも煎れろ。一先ずコイツを落ち着かせる」
夕子は命拾いしたようだ。
未だに涙は止まらない。
太郎がお茶を運んでくる。
「ど、どど、どうぞ」
「ありがどう……」
うまく声が出せない。
「あー、クソっ! いつまでも泣いてんじゃねえよ……」
「ずいまぜん」
太郎が煎れたお茶を飲む。
相変わらず渋い。
「と、とりあえず、せせ、説明してみたら?」
夕子はここ数日のことを話す。
桃香の顔がどんどん険しくなっていくのが判る。お茶の味の所為だと思いたい。
一通り説明すると、桃香はよし、と言って立ち上がる。
「こんな時は練習だ! 墓村夕子! お前はウジウジ考えるタイプじゃねえだろ。慣れないことすっからワケがわからなくなるんだぜ。お前が嘘つきなのは仕様がねえよ。それがお前の処世術なんだからな。判ったら、オラ! さっさと準備しろ」
夕子は結構ウジウジ考えるタイプなのだが、何故か桃香に押されると納得せざるを得なくなる。
なんだかとても失礼なことを言われた気もするが、確かに落ち込んでいても仕様がないだろう。ここで立ち直らなければ桃香がまた鬼神化してしまうかもしれない。
それだけは回避しなければならない。
夕子は鼻をかむとストラップを肩に掛け、ピックを構えた。
ドラムのスティックがカウントを始める。
日常が戻って来た。それはそれで少し嬉しかった。




