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メリル 1



 少女は空っぽの牢の前で、立ち尽くしていました。

 その牢の中には、村を見殺しにした憎たらしい邪神が捕まっているはずでした。その邪神を粉々にぶち壊す準備が出来たので、少女は、牢から邪神を引きずり出してやるところだったのでした。

 けれど牢屋の中にはなんにもありませんでした。

 傾きかけた陽が、空っぽの石牢の中を、見当違いの方向に照らしているだけでした。

 少女は立ち尽くしていましたが、目の前が赤くなったり、青くなったり、紫になったりするのを眺めていて、忙しいのでした。息が苦しくなって、体ががたがたと震えて、砕けそうなほど奥歯を噛み締めていました。

 怒りでした。

 目も眩みそうなほど鮮烈な怒りが、少女の小さな身体中を支配しているのでした。

 あらゆるものを、あの邪神につぎ込んできました。食べ物や財産を捧げてきました。すべて村のため、家族のためでした。けれど、母も弟もついぞ良くなることはありませんでした。ただむなしく死んでいきました。

 少女はもう訳がわかりません。

 空っぽの牢屋があることがわかりませんでした。

 自分からあんなにたくさんのものを奪っておいて、取り返しのつかないものを奪っておいて、償いもせずに邪神は逃げ出しました。邪神だからでした。罪の意識なんてこれっぽっちも持っちゃいなかったに違いありませんでした。

 あの顔で嗤うのでした。

 あの、何も知らない女の子みたいな顔で、少女のことを嗤うに違いないのでした。

「そうだよ、きっとあの顔で嗤うよ」

 誰かの声がしました。

 少女は目も向けませんでした。

「あの憎たらしい、なんにもわかりませんって顔で、実際、君のことをばかにして嗤うんだよ」

 誰かの声は、少女のすぐ後ろから聞こえるのでした。

「ねえ。憎いよねえ」

 空っぽの牢屋を前に、誰かと少女は立っているのでした。

 空っぽの牢屋の中に、誰かの声が空虚に響くのでした。

「追っかけようよ」

 少女の肩に手が置かれました。

 どうやら、男の人でした。

 夢のように甘い声の、男の人でした。

「逃げたんだから、追っかけようよ。追っかけて、ぶっ殺そうよ。君にはその権利があるよ」

 少女の視線が、初めて動きました。

「権利……?」

「そうだよ。権利があるよ」

 どんよりと動いた視線の先に、

 暗がり、斜陽に照らされた、

 うさぎ頭の男がただ、立っているのでした。

「何もかも奪われたんだから、何もかも奪うべきだよ」

 白うさぎが、もにょもにょと口を動かしました。

「あいつは供物も無駄にしたし、信仰にも唾を吐いただろ? 村人をたくさん殺したし、これからも村人はたくさん死んでいくよ。そんな重罪人が、裁かれずに逃げ出したなんてあっていいことじゃないよね?」

 少女は怒りのあまり血に染まりそうな視界の中に、うさぎ頭を入れたまま、首をかしげました。

「あなた、だれ?」

 うさぎは笑いました。

 笑ったんだと思います。

「イードウーロ」

 そう名乗りました。

「あれを放置してたらまた別のところでたくさん人が死ぬよ。そうに違いないよ。だから今度は君が助けなきゃ。君があいつを壊して、ほかのたくさんの人を助けなきゃ」

「どうしたらいいの?」

「ぼくが手伝ってあげるよ」

 そう言って、イードウーロは少女に手を差し伸べました。

 手だけが生々しく人間でした。

「ぼくは魔法使いイードウーロ。きみの『怒り』と『憎しみ』を導いてあげる。その根源が破壊し尽くされるまできみに手を貸してあげる」

 少女は怒りに染まった視界の中に、うさぎ頭をおさめました。赤く明滅する視界に、イードウーロはやさしげに佇んでいました。

 うさぎ頭の人間の手が、少女にまっすぐに伸ばされています。

 少女は怒りのあまり握りこんだ手を、ゆっくりと開きました。

 そしてイードウーロの差し伸べる手を、

 ゆっくりとつかんだのでした。

 うさぎは満足そうに息を吐きました。

「きみのなまえも教えて?」

 メリルは、震える声で、自分の名前を名乗りました。

 


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