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極夜の館―怪物(まよいご)たちのほのぼの日常日記―  作者: 畔奈りき
追憶:孤高の吸血鬼・ジャクソン
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第百二十七話 父親篇――そのニ

 ――え?


 ジャクソンは、アルバートの言葉の意味が理解できず、遥か高くにある相手の顔に目を向けた。口の中を痛めて声が出ず、返事をすることはできない。

 アルバートは、ジャクソンの目を見ながらじっくりとわからせるように言葉を切りながら言う。


「地下学会、あんた、協力しないって言うけど、あんたのパパは、どうだったのよ。彼が、自分で、望んでやったと思ってんの? 好きでやってた殺人で、頭がおかしくなんかなんの?」


 その可能性は、ジャクソンにとって思っても見ないことだった。切り裂きジャックは地下学会に入信したイカれたヴァンパイアで、晩年はものを理解できなくなるほど狂ってしまった、というのが、ヴァンパイア仲間の共通認識だったし、ジャクソンもその経緯を信じていた。

 しかし、ジャックは、「カリス」という名を持つ彼は、最初からイカれていたのか?

 何人もの人間を捉え、贄に捧げることで、彼の何が狂っていったのか? 残酷な所業を続けることに、狂わなければ耐えられなかったというのか?


 アルバートが、ジャクソンの首根っこを片手で掴んで持ち上げた。そうやって、無理矢理に自分の目線の高さまでジャクソンの目を持ってきて、逃れられない彼に、現実を突きつける。


「あんたが駄々こねようが関係ない。あたしたちには、ヴァンパイアの脳みそバカにするノウハウがあるってわからなぁい?」


 父は地下学会に無理矢理殺人をやらされていた?

 ジャクソンは今まで、父について考えるのを拒否していて、父が狂った理由なんて深く考えたことはなかった。

 ジャクソンはもう、父のことで頭がいっぱいで、ハッとした時には、もう彼の体は宙に浮いていた。アルバートがジャクソンをぶん投げたのだ。次にジャクソンが身を打ちつけた場所は、祭壇を臨む最前列に置かれたベンチの上だった。古い木のベンチは、人一人が飛んでいた衝撃に耐えきれず、真ん中からボキリと折れた。


「ジャクソン!!!」


 ジャクソン本人の声が出ない代わりに、ミカが悲痛な声を上げた。

 ミカが暴れるのにも、ベンチが折れたのにも構わず、アルバートは黒ローブたちに呼びかける。


「あれ打ってあげて。子供なら効くから」


 ジャクソンの辛うじて薄く開いた目に、注射針が映った。ミカは、黒ローブの一人が持ち出したその器具を見て、たちまち、昔「博士」に施された実験の記憶が蘇った。極夜の館の黒い幽霊に失った記憶を与えられて、ミカは今、過去の自分がどんな酷い目にあっていたかよく知っている。ミカの狼憑きという病気を治すと言ってミカたち家族を騙した博士は、ミカに治療のためだと、毎度注射を打っていたのだ。注射器の中身は、すぐさま意識が吹っ飛ぶ劇薬だ。今黒ローブが持っている注射針は、博士のそれによく似ている。


 ――あれを打たれたら終わりだ。


「だめだ」


 ミカは大きく息を吸って、出せん限りの大声でこう叫んだ。


「行けえぇーーーーー!!!!」


 ミカが暴れ、試験管の中のクリーム色の光が一際強く光ると、ミカが囚われている試験管だけでなく、その隣に立てられた全ての試験管が、ガラス表面をビリビリと振るわせた。ミカだけではない、それぞれの試験管内で囚われている者たちが暴れているのだ。

 囚われた霊体たちは、ついに、ミカを筆頭に試験管を全て弾けさせた。ガラスが割れた瞬間、クリーム色の光の玉は、ミカの姿に変わって祭壇の前に立つ。他の試験管には吸血コウモリたちが一匹ずつ入っており、三匹同時に、わっと飛び出した。吸血コウモリたちは、ミカとジャクソンが捕まった後、やはり、廃村をくまなく探した地下学会の学者に見つかってしまっていたのだ。

 吸血コウモリたちは、一目散にジャクソンの元に飛び込み、まずは注射器を持っている者、それから周囲の全ての黒ローブたちに襲いかかった。黒ローブたちは、蜂に集られたかのように頭上で腕を振りまわす。

 ミカも遅れを取らず、喉をグルルルと唸らせながら狼に姿を変えた。しなやかで逞しい四つ脚を踏切り、ジャクソンのそばに、彼を庇うように着地した。突然狼を前にした黒ローブたちは恐れ慄き、震えて後ずさる。


 部下たちの醜態に見かねたアルバートが、巨体を振り乱して駆けてきた。新しい試験管を片手に構え、壁際に寄り集まった部下たちを背後に庇って立つ。


「ほんとバカねあんたたちは! 相手は霊体なのよ。あたしたちに触れられるわけないじゃない!」

「舐めるな! 俺らはモノを持ったり飲み食いしたりもできるんだぞ! お前らを喰えるかどうかも試してやる!」


 アルバートが部下を嗜める言葉に、ミカは勢いだけですぐさま吠え返した。アルバートは顔を引き攣らせ、ミカをキッと睨みつける。冷静な言葉を口にしながらも、人狼の霊体という未知の存在を警戒しているようだ。


 場が混乱した隙に、ジャクソンはなんとか起き上がり、ミカの後ろで体勢を整えた。吸血コウモリたちが、まるで主人を心配するかのように、恭しく、甲斐甲斐しく、見上げてくる。ジャクソンはまだ、眷属など作ったことはない。しかし、その先長く生きるなら、一匹ぐらいは相棒を作ってもいいかもしれないと思った。

 「大丈夫だよ、心配いらない」と、吸血コウモリを宥めていたジャクソンは、ふと違和感を覚える。この場には、吸血コウモリが三匹しかいない。ミカが連れていたコウモリは四匹いたはずだが、一匹は捕まらずに済んだのだろうか。でも、祭壇を振り返ると、先ほどミカたちが飛び出してきた試験管は、全部で五つ割れていた。吸血コウモリ三匹と、ミカの分で四本。では、もう一本に入っていたのは?


 その時、礼拝堂内にいる彼らの頭上に影が差した。誰もが天井を見上げる。そして、この時ばかりは、目の前の人狼も、危険な注射器の存在も忘れ、そんなものとは比にならない脅威に言葉を失った。

 礼拝堂の天井を覆っていたのは、黒い渦だった。黒い煙のような、とぐろを巻く蛇のように動き、天吊りの照明を完全に隠している。小窓から入っていた夕陽はいつの間に沈んだか、いや、黒い渦が窓を覆い隠しただけか、周囲は真っ暗になっていた。


 コウモリの悲鳴かと思うような、つんざくような金切り声。


「キィァーーーーーーーーーーー」


 実際には、複数の女性の悲鳴が混ざったものであった。それは黒い渦から発せられ、皆が思わず顔を顰めて耳を塞いだ。ただし、アルバートだけは黒い渦を見つめ続けて、我を失ったかのように高笑いした。


「ふふ、あはははははっ! よくもやってくれたわね! 始めるしかないじゃない!」

「始める!? 何をだよ! てか、あれ何なんだよ!?」


 耳の良いミカは堪らず人間の姿に戻り、耳を抑えてうずくまっていた。それでも、アルバートの動きが怪しいことに気づき、すぐさま噛み付くように尋ねた。

 そんなミカを、アルバートは勝ち誇ったような笑顔で振り返った。違う。彼が見ているのはミカではなく、ミカの後ろにいるジャクソンだった。

 アルバートの目の合ったジャクソンが、ヒク、と喉を鳴らす。

 アルバートは顔を上気させ、堪らないと全身を震わせて言った。


「何をですって? 坊ちゃんを虜にさせる、血の女王の祭典に決まってるじゃなあい!」

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